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アルパカ通信 幻冬舎部

2025.12.27 公開 ポスト

アルパカ通信 2025年末特別編【第1回】

昭和100年の節目の2025年、どんな小説が話題に? 映像化作品、海外で評価された作品が目立った1年!アルパカ内田(ブックジャーナリスト)/コグマ部長

年末恒例の「アルパカ通信幻冬舎部年末特別編」。今年2025年は、文芸の、書店界では、どんな1年だったでしょうか?

ブックジャーナリスト・アルパカ内田さんと幻冬舎営業局のコグマ部長が、この1年を振り返ります。(全3回)

まずは、今年大きく話題になった小説の話から始まります――。

(構成:篠原知存)

左:アルパカ内田さん 右:コグマ部長

*   *   *

アルパカ内田さん(以下アルパカ)  二〇二五年は〝周年〞を迎えた作家の方が目立ちましたね。東野圭吾さんは四〇周年。マスカレードシリーズの『マスカレード・ライフ』を刊行されました。刑事を辞めた主人公がホテルマンに転職。そのホテルで新人文学賞の選考会が開かれ、候補者の一人が、ある死体遺棄事件の重要参考人という設定だけで、もう十二分に面白いです。

『マスカレード・ライフ』
集英社 2200円
ホテル・コルテシア東京で開催されることになった、『日本推理小説新人賞』の選考会。当日、文学賞受賞の候補者として、ある死体遺棄事件の重要参考人が会場に現れる!? 警視庁を辞め、コルテシア東京の保安課長となった新田浩介が、お客様の安全確保を第一に新たな活躍をみせる!

コグマ部長(以下コグマ)  四〇周年を記念し、一五年ぶりに東野さんの作品の人気投票が行われました。上位に『容疑者Xの献身』『白夜行』『手紙』と名立たる作品が並ぶなか、幻冬舎の『白鳥とコウモリ』が九位に。会社全体が沸き立ちました。

『白鳥とコウモリ上・下』
幻冬舎文庫 上・下とも880円
2017年、東京竹芝で善良な弁護士、白石健介の遺体が発見された。捜査線上に浮かんだ倉木達郎は、1984年に愛知で起きた金融業者殺害事件と?がりがある人物だった。 そんな中、突然倉木が二つの事件の犯人と自供。事件は解決したと思えたが……。「あなたのお父さんは?をついています」。 被害者の娘と加害者の息子は、互いの父の言動に違和感を抱く。

アルパカ 伊坂幸太郎さんは二五周年を迎えられました。結婚して変貌した夫を妻が殺してしまう事件で始まるミステリー『さよならジャバウォック』を刊行。二五周年記念にふさわしい本当に面白い渾身作です。

『さよならジャバウォック』
双葉社 1870円
結婚直後の妊娠と夫の転勤。その頃から夫は別人のように冷たくなった。彼からの暴言にも耐え、息子を育ててきたが、ついに暴力をふるわれた。そして今、自宅マンションの浴室で夫が倒れている。夫は死んだ、死んでいる。私が殺したのだ。もうそろそろ息子の翔が幼稚園から帰ってくるというのに……。途方に暮れていたところ、2週間前に近所でばったり会った大学時代のサークルの後輩・桂凍朗が訪ねてきた。「量子さん、問題が起きていますよね? 中に入れてください」と。

コグマ 幻冬舎からは『マイクロスパイ・アンサンブル』が二五周年を記念して文庫化されました。単行本のときから短編を一つ加えてくださった、読者にはたまらなくうれしい文庫作品。刊行から三カ月、ずっと売れ続けています。

『マイクロスパイ・アンサンブル』
幻冬舎文庫 792円
見えていることだけが、世界の全てじゃない。知らないうちに誰かを助けていたり、誰かに助けられたり。失恋したばかりの社会人1年生と、元いじめられっこのスパイ1年生。2人は、さまざまな仕事やミッションに取り組むが、うまくいくことばかりではなくて……。

アルパカ 朝井リョウさんは一五周年。『イン・ザ・メガチャーチ』は本屋大賞にノミネートされそうな作品です。はやくも一〇周年を迎えた小川哲さんは小説ではないのですが、ご自身の小説執筆の過程を明かす『言語化するための小説思考』を刊行。従来の創作術とは一線を画す、出版関係者はもちろん、そうでない人も楽しめるもの凄い作品です。小川さんは同時期に二一二五年の火星と地球に住む人間の対立を描く小説『火星の女王』を刊行。NHKの一〇〇周年を記念したドラマの原作本でもあるんです。

『イン・ザ・メガチャーチ』
日本経済新聞出版 2200円
あるアイドルグループの運営に参画することになった、家族と離れて暮らす男。内向的で繊細な気質ゆえ積み重なる心労を癒やしたい大学生。仲間と楽しく舞台俳優を応援していたが、とある報道で状況が一変する女。ファンダム経済を​仕掛ける側、のめり込む側、かつてのめり込んでいた側―世代も立場も異なる3つの視点から、人の心を動かす“物語”の功罪を炙り出す。
『言語化するための小説思考』
講談社 1210円
小説――それは、作者と読者のコミュニケーション。誰が読むのかを理解すること。相手があなたのことを知らないという前提に立つこと。抽象化と個別化、情報の順番、「どこに連れていくか」を明らかにする……etc.小説家が実践する、「技術」ではない、「考え方」の解体新書。
『火星の女王』
早川書房 2090円
地球外知的生命の探求のために人生をかけて火星にやってきた生物学者のリキ・カワナベは、とある重大な発見をする。いっぽう火星生まれの少女、リリ-E1102は、地球への観光を夢みて遠心型人工重力施設に通っていた。様々な人の想いが交錯する人間ドラマ。

映像化作品のヒットが完全に復活

コグマ 映像化と言えば、吉田修一さんの『国宝』は二〇二五年最大のトピックですよね。上下巻が飛ぶように売れました。こんなのは久しぶりだと、書店さんから聞きました。

アルパカ 誰がこんな大ヒットを予想できたでしょう。一時は品切れ状態でした。映画もロングランになって、邦画全体にもいい流れが生まれて。

コグマ そうですね。あれ以降、例えば呉勝浩さんの『爆弾』にしても、ちゃんと店頭も準備して臨んでいる。映像メディアをきちんと活用することの重要性が改めて認識されたと思いますね。

アルパカ 原作ではなくてノベライズですが、川村元気さんの『8番出口』もヒットしました。ここ最近、映像化されても本が売れないと感じていたんですけれど、二〇二五年に限って言うと書籍の売り上げにつながっていますね。

『8番出口』
水鈴社 977円
小説『8番出口』は、映画の監督と脚本を務めた著者による書き下ろし。地下通路という閉鎖的な空間のなかで、行くか引き返すかの無限の2択を繰り返すというゲームをもとに、驚嘆さえ覚える深みと広がりでその世界を解釈し物語を生み出した著者。人生観、死生観、現代人に共通する罪の意識を、読むもの観るものに深く突きつける。

コグマ 『国宝』は、映画を見てからまた本を読んだんですが、さらに深みが感じられて楽しめました。

アルパカ 映像で完結しないっていうのは、すごく大事ですよね。小説が読みたくなるし、歌舞伎に行きたくなる。次のエンタメへの道筋がつながっていくのは素晴らしいですよ。口コミもうまく広がって、書店も活気づきました。

コグマ 元阪神・横田慎太郎さんの半生を描く映画『栄光のバックホーム』が幻冬舎フィルムの第一回作品として公開されます。原作は脚本家の中井由梨子さんが書き下ろしました。とても感動的な作品です。多くの人に観てもらいたいですし、原作も読んでもらいたいです。

『栄光のバックホーム 横田慎太郎、永遠の背番号24』
幻冬舎文庫 792円
脳腫瘍の後遺症に苦しむ中、引退試合で見せた「奇跡のバックホーム」。伝説のプレーから4年後、横田慎太郎は28歳でこの世を去った。阪神はその年に38年ぶりの日本一。歓喜の中心で舞ったのは、横田選手のユニフォームだった。人々に愛され希望となった青年の生涯を、母親の目線で描く。絶望と挑戦、そして絆。感涙のノンフィクションストーリー。

アルパカ ここ数年、映像化コーナーからガンガン売れるっていう空気があまり感じられなかったのが、二〇二五年は完全に復活しました。映像作品と原作の関係は難しいところもありますが、うまくお互いを高め合っている作品が何点か続いている。今後も楽しみですね。

昭和一〇〇年、節目の小説続々

コグマ 二〇二五年は昭和一〇〇年、戦後八〇年という節目にあたり、それを意識した作品も多かったです。

アルパカ 四つの家族の視点から昭和という時代を描く奥田英朗さんの大河小説『普天を我が手に』が刊行されました。一二月刊行予定の第三部までの作品。テレビ番組や新聞、教科書などメディアはいろいろありますが、この小説作品以上に昭和のことが分かるものはない、と確信できるほど圧倒的でした。

『普天を我が手に 第一・二・三部』
講談社 いずれも2695円
壮大な昭和史サーガ三部作。親世代の視点を中心に、大正天皇の崩御から太平洋戦争開戦までを描く第一部。たった7日間しかなかった昭和元年に生まれた4人が、第二部では互いの運命を交差させながら、新たな時代を切り拓き、第三部で感動のクライマックスを迎える。

コグマ 奥付を見ると二〇一五年に連載を開始しているんですよ。小説現代で一〇年前から書き始めている。もちろんそれ以前から準備しているはずです。これができるのってやっぱり出版社しかないと思うんですよ。一〇年以上かけて作品が出てくるっていう懐の深さ、奥行きの底知れなさに、圧倒されました。

アルパカ 伊東潤さんの『鋼鉄の城塞 ヤマトブジシンスイス』も素晴らしかったですね。これまでも戦艦大和はさまざまに描かれてきましたが、造る人たちという視点が面白かった。伊東さんならではの見せ場づくり、ドラマづくりで読ませてくれます。

『鋼鉄の城塞 ヤマトブジシンスイス』
幻冬舎 2420円
第二次世界大戦目前、大艦巨砲主義から航空主兵主義へと戦略思想が移ろうなか、米英海軍に対抗するため計画された世界最大最強の戦艦建造。絶対不可能と目され、54名の殉職者を生むこととなった大プロジェクトに、若き造船士官たちは何を夢見ていたのか? 泣いた、笑った、恋もした……そして切なる願いは次代へ託された。戦後80年を機に、歴史小説の第一人者が万感の思いを込めて描く感動の青春群像小説。

コグマ 壮大なプロジェクトで、国家財政を揺るがすぐらいの金を使って船を造るんだけれども、全てを秘密裏に運ばなきゃいけない。官吏たちが知恵を絞るんですね。

アルパカ 伊東さんが、特別な思いを込めてこれを世に出したことは、読めば一発で分かりますよね。この作品に限りませんが、節目の年ですから、読者が読みたいというのもあるでしょうし、小説家のみなさんも書きたいという熱が強かったんじゃないかと思います。

コグマ 「このミステリーがすごい!」四位、「週刊文春ミステリーベスト10」三位、「本の雑誌が選ぶ2025年度ベスト10」で一位になったのが伏尾美紀さんの『百年の時効』です。昭和一〇〇年、戦後八〇年という節目に合わせて企画された作品です。

『百年の時効』
幻冬舎 2310円
嵐の夜、夫婦とその娘が殺された。現場には4人の実行犯がいたとされるが、捕まったのは、たった1人。策略、テロ、宗教問題……。警察は犯人グループを追い詰めながらも、罠や時代的な要因に阻まれて、決定的な証拠を摑み切れずにいた。50年後、この事件の容疑者の1人が、変死体で発見される。現場に臨場した藤森菜摘は、半世紀にも及ぶ捜査資料を託されることに。上層部から許された捜査期間は1年。真相解明に足りない最後の1ピースとは何か? 刑事たちの矜持を賭けた、最終捜査の行方は――。

アルパカ 伏尾さんは江戸川乱歩賞を取られていて、もちろん書ける人なんですけど、この作品はまた化けた印象がありますね。大家が書いたような風格を感じさせる、特別な作品だと思います。

コグマ 編集者が作家と一緒に作り上げたということも評価したい。こういうコンテンツを生み出す力が出版社にはあるし、企画力を持った編集者を育てなきゃいけない。優れた作家さんと何を作るかっていう時に、やっぱり編集者のアイデアも大事だと思います。小説家に書きたいって思ってもらえるような企画をいくつも温めておきたいですね。

アルパカ 昭和を振り返らせてくれた作品では、増山実さんの『あの夏のクライフ同盟』も良かったですね。もうドンピシャ世代なんでね。どんなスポーツもリアルタイムで中継が見られるいまとは違って、サッカー番組も数少ない時代でした。あの頃の空気を存分に体験させてくれました。

『あの夏のクライフ同盟』
幻冬舎 1980円
しっかり者だがどこか流されがちなぺぺ、気弱なオカルト好きのツヨシ、運動神経抜群で人気者のサトル、ムードメーカーのエロ番長・ゴロー。北九州に住む中学生4人組は、いつでも一緒のサッカー仲間だ。そんな彼らのもとに歓喜と絶望のニュースがやって来た。4人が大ファンで、雑誌で見かけてはサッカーの「神」と崇めてきたヨハン・クライフ。彼がオランダ代表で出場するW杯が日本で初めて生中継されるが、九州は放送地域外だという。馬鹿馬鹿しくも時に切ない日々を過ごしながら、4人は“クライフ同盟”の名の下に秘密の計画を進めていく。大型台風が接近する中、放送を見届けることはできるのか?

日本の作品、海外でチャンスも

アルパカ 文芸界のトピックスというと、第一七三回芥川賞・直木賞が「該当作なし」になりました。書店の売り上げが減るんじゃないかとか、マイナスイメージが先行しましたけれど、意外にそうでもなかった、と僕は思っていて。

コグマ そうですね。受賞作がないなら、うちの書店ではこれを売ろうとか、そういう傾向が見えましたよね。

アルパカ 書棚の一等地がぽっかり空いて、書店員にとっては腕の見せ所になりましたね。業界だけではなくて、一般ニュースとして話題になりましたし。

コグマ 両賞が該当作なしだったのは、一九九七年下半期の第一一八回以来。じつに二七年ぶりの出来事だったんですが、その時の直木賞候補って、北村薫さん、折原一さん、京極夏彦さん、桐野夏生さん、池上永一さん。で今回、該当作なしの選考結果を説明してくださったのが京極さんでした。

アルパカ そういう巡り合わせも含めて話題になってよかったですよ。一般人が賞を選考する「かってに芥川賞・直木賞」もSNSでバズってました。面白がる材料になったと前向きに考えたいです。

コグマ 売り上げの増減については、どんな本が受賞していたかにもよるので、ちょっと分かりませんが、話題的にはマイナスにはならなかった。

アルパカ イメージとしてはプラスだったかもしれない。賞レースは本気なんだって、改めて気づかされたし、そもそも両賞がどういうものなのか、原点に立ち返って見つめ直す機会にもなった。選評をちゃんと読みたくなったっていう声も聞きましたね。

コグマ 最近では一番読れた選評だったかもしれない。

アルパカ 王谷晶さんの『ババヤガの夜』が、世界最高峰のミステリー文学賞と言われる英国のダガー賞(翻訳部門)を日本作品として初めて受賞しました。日本の文学各賞の基準ではなかなか評価し切れなかった作品です。それが由緒ある文学賞を獲得したのはうれしかったですね。

コグマ どう英訳したんだろう、と思うような言葉もいっぱい出てきますよね。

アルパカ 受賞のニュースをきっかけに読んだ人が、こんな作家がいて、こんなに面白い作品があったんだって感動していました。

コグマ 出版人としては、河出書房新社の力強さを改めて教えられた気がしました。

アルパカ 海外での高評価が日本にフィードバックされたのは、柚木麻子さんの『BUTTER』もそうです。英国で文学賞を取って、フェミニズム小説として絶賛されています。

コグマ 海外で翻訳出版される小説が増えていますよね。マーケットがシュリンクしているとか、そんな言い訳をしていたらダメですね。あるエージェントが「いま日本の小説がブームでしょう」って言うんですよ。国内ではそういう感覚を持てないんですが、海外版権を扱っている方にとっては、日本の小説は売れ筋なんですね。

アルパカ 反響の良さは伝わっていますよ。逆輸入じゃないですが、『BUTTER』も海外での評判がきっかけで売れ出した。もともと力のある作品でしたけど、バズったのは海外で評価されたのが影響しています。日本文学は世界から愛されているし、求められている。それは誇っていいし、世界中に日本文学の読み手がいるということは、もっと噛み締めなきゃいけないと思います。

(第2回へ続く)

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アルパカ通信 幻冬舎部

元カリスマ書店員で、POP職人でもある、ブックジャーナリストのアルパカ内田さんが、幻冬舎の新刊の中から、「ぜひ売りたい!」作品をピックアップ。
書評とともに、自作の手描きPOPも公開。

幻冬舎営業部のコグマ部長からの「オススメ返し」もお楽しみください!

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アルパカ内田 ブックジャーナリスト

内田剛(うちだたけし)。ブックジャーナリスト。約30年の書店勤務を経て2020年2月よりフリーランスに。NPO法人本屋大賞実行委員理事で創立メンバーのひとり。文芸書をメインに各種媒体でのレビュー、学校や図書館でのPOP講習会などを行なっている。これまでに作成したPOPは6000枚以上で著書に『POP王の本!』『全国学校図書館POPコンテスト公式本 オススメ本POPの作り方(全2巻)』あり。無類のアルパカ好き。
Twitter @office_alpaka

コグマ部長

太田和美(おおたかずみ)。幻冬舎営業本部で販売促進を担当。本はミステリからノンフィクションまでノンジャンルで読みまくる。アルパカ内田(内田剛)さんとは同学年。巨人ファン。
Twitter @kogumabuchou

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