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棺桶まで歩こう

2025.12.23 公開 ポスト

最期まで「生きる目標」を失わなかった人たち ― 緩和ケア医が見届けた、あっぱれな最期萬田緑平(在宅緩和ケア医)

不健康寿命が延び、ムダな延命治療によってつらく苦しい最期を迎えることへの恐怖が広がる今、「長生きしたくない」と口にする人が増えています。先行き不透明な超高齢化社会において、大きな支えとなるのが、元外科医で2000人以上を看取ってきた緩和ケア医・萬田緑平先生の最新刊『棺桶まで歩こう』です。

家で、自分らしく最期を迎えるために、何を選び、何を手放すべきか。本書から、一部をご紹介します。

*   *   *

頼もしい訪問看護師、ヘルパー、ケアマネジャー、訪問薬剤師

59歳のみどりさんもまた、一人暮らしをしながら穏やかに亡くなった方です。

みどりさんが訪問診療を開始したのは、2017年7月のこと。みどりさんは前年にわれわれと夫を自宅で看取り、そのすぐ後に自身もがんと診断されたのです。半年間外来通院した後、訪問診療を開始しました。

訪問看護ステーションの看護師、ヘルパー、ケアマネジャー、訪問薬剤師など、そして妹さんや友人たちがやって来て、一人暮らしのみどりさんを支えていました。

10月には日帰り旅行もできましたが、次第に外出は難しい状態になりました。そんなみどりさんに、親友の薫ちゃんが、すごい提案をしました。

「還暦の自画像」という、北海道の菓子メーカー六花亭主催の企画に応募しようというのです。絵のジャンルを問わず、応募作品はすべて4月下旬から10月中旬まで北海道のなかさつない美術村に展示されるという公募展。薫ちゃんは、

「これに応募して、北海道に行こう!」と、みどりさんに次なる生きる目標を提案したのです。

しかし僕は、北海道に行くのは現実的には難しいだろう、と思っていました。そこで……ある提案をしたのです。公募展のチラシを見ると、賞金がある! 最優秀賞は60万円。優秀賞は30万円、入賞でも10万円です。

「よし、入選して、賞金でみんなでパーッとやろう!」

僕は勝手に目標を変えてしまいました。

しかし、絵心のないみどりさんが普通に描いても入選は難しい。そこで僕はちょっと考えました。

「鉛筆で自画像のデッサンをいっぱい描こう。毎日1枚描きましょうよ! 日付はちゃんと入れてね!」

そして30枚くらいのデッサンを集めて、並べて一つの絵にしようというものです。

みどりさんは、それから真剣にデッサンに取り組みました。見せてもらうと、いい味があります。

週1回の訪問診療の時、絵を見せてもらうことがお決まりになりましたが、3週目、だんだん絵のバランスが悪くなり、福笑いのようになってきました。

僕は「ああ、もうすぐなんだな」と思いました。絵を描く意識が弱くなってきているのです。

絵を描き始めてから1カ月ほど経った頃、みどりさんは亡くなりました。最後までポータブルトイレに行くことができ、おむつを使ったのは1日だけでした。

みどりさんの絵は僕が預かったものの、どう仕上げるか途方にくれました。すると、ちょうどその頃診ていた女性の患者さんがデザイナーだと知ったのです。その方にお願いして作品に仕上げ、なんとか締切に間に合いました! みどりさん、薫ちゃん、みんなの思いを預かっていた気分だったので、心底ほっとしました。

そして1カ月半、忘れていた頃……電話を取った妻が、「みどりさんが……優秀賞とったよ!」と涙しています。まさか、ほんとうに賞がとれるとは思いませんでした。30万円です!

約束どおり、5月に「みどりさん主催の宴会」が開かれました。参加者17人。関わったスタッフとその家族全員が集まって焼肉店で飲み放題、食べ放題。もちろん、遺影のみどりさんがうれしそうに見守りました。

実は、僕は応募用紙に「亡くなる1月前から数日前のデッサンです」という内容を書きました。入選するために重要なポイントだと思い、真剣に書いたのです。優秀賞はその文章が効いたのだろうと、僕は勝手に思い込んでいました。ところが、入選の手紙にはこう書いてありました。

「故みどりさんの入選おめでとうございます。……なお審査員には作者が亡くなっている事実は伝えずに審査した結果でございます」

なんと、みどりさんは実力で優秀賞をとったのです。

みどりさんは一人暮らしでしたが、信頼できるスタッフや友人たちに囲まれ、あっぱれな最期を迎えました。

しかも、亡くなった後、僕たちになんともすてきなプレゼントまで残してくれたのです。

一人で身体の声を聴き、好きなことをする

僕がご自宅で看取った一人暮らしの方は、女性が断然多いのですが、こんな男性もおられました。

その方は膀胱ぼうこうがんを患っており、自宅での看取りを希望して僕の診療所にやって来ました。離れて暮らす家族はいましたが、一人暮らしです。診療所に初めて来たときは、全身がよろよろで今にも死にそうな状態。無口でまったく話もしませんでした。ですが、ゆっくり時間をかけて話を聴いてみると、どうやらお酒が大好きで大酒飲みのようです。

しかし主治医から固く禁酒を言い渡され、「もう長いこと飲んでいない」と寂しそう。心の状態が下がっていると感じました。僕の方針は、「本人の好きなようにさせること」「身体の元気より心の元気」ですから、息子さんを説得し酒を解禁することにしました。ただし、家族やヘルパーに協力してもらい、一度に飲みすぎないよう、小さなボトルに週7日分の焼酎を小分けにして用意したのです。

すると、気分が明るくなり、生きる気力が湧いたようで、血尿も止まり、体調がよくなったのです。歩けなかったのに、コンビニに酒を買いに行けるようになりました。彼は、最終的にそれから1年半以上、焼酎を楽しみながら生きながらえました。

もし禁酒を守ったままだったら、生きる気力もなく、寂しく逝っていたことでしょう。無口な人なのに、朝から飲んで萬田診療所に来る時は別人のように饒舌じようぜつで楽しそうでした。

むやみに恐れず、身体の声を聴いて、自分の好きなことをする。これも、自宅だからできたことです。

*   *   *

最期まで自分らしく生きたい方、また“親のこれから”を考えたい方は、幻冬舎新書『棺桶まで歩こう』をお読みください。

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棺桶まで歩こう

体力も気力も衰えを感じる高齢期。「長生きしたくない」と口にする人が増えています。
不健康寿命が延び、ムダな延命治療によって、つらく苦しい最期を迎えることへの恐怖が広がっているからです。そんな“老いの不安”に真正面から応えるのが、元外科医で2000人以上を看取ってきた緩和ケア医・萬田緑平先生の最新刊『棺桶まで歩こう』です。

家で、自分らしく最期を迎えるために――いま何を選び、何を手放すべきか。
本書から、一部をご紹介します。

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萬田緑平 在宅緩和ケア医

「緩和ケア 萬田診療所」院長。1964年生まれ。
群馬大学医学部卒業後、群馬大学医学部附属病院第一外科に勤務。手術、抗がん剤治療、胃ろう造設などを行う中で、医療のあり方に疑問を持つ。2008年から9年にわたり緩和ケア診療所に勤務し、在宅緩和ケア医として2000人以上の看取りに関わる。現在は、自ら開設した「緩和ケア 萬田診療所」の院長を務めながら、「最期まで目一杯生きる」と題した講演活動を日本全国で年間50回以上行っている。
著書に『穏やかな死に医療はいらない』(河出書房新社)、『家で死のう! 緩和ケア医による「死に方」の教科書』(三五館シンシャ)などがある。

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