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魔法律学校の麗人執事

2026.01.05 公開 ポスト

#12 あの椿という男は、もしかすると、もしかするのか?新川帆立

『このミス』大賞(『元彼の遺言状』)、山本周五郎賞(『女の国会』)受賞作家・新川帆立の最新作は、恋と魔法の学園ファンタジー『魔法律学校の麗人執事』!

12月24日『魔法律学校の麗人執事3 シーサイド・アドベンチャー』の発売を記念して、試し読みを全12回でお届けいたします。

*   *   *

 

 マリスはテラスの手すりの上に腰かけていた。冷酷な眼差しをこちらに向けた。

「お前、今、何をしようとした? 魔法も使えないくせに、俺に反撃しようとでも考えたのか。呪文一つでお前なんて殺せる。分かってるのか。ああ?」

 マリスが右手をこちらに向けてかざした。禍々しい空気が集まり、手のひらが赤黒く染まっていく。

「野々宮椿は、入学早々に失踪した。魔力がないことを気に病んで、学園から逃げ出したのだろう――と、処理しておく」

 星空を背に負いながら、ぞっとするほど美しい笑顔でこちらを見おろしている。この状況を心から楽しんでいるのだと分かった。

「ほら、命乞いしなくていいのか? 泣き叫んで、忠誠を誓え。絶対の忠誠か、孤独な死か。今、選ぶんだよ」

「……殺せません」声を振り絞って言った。「あなたは私を殺せない」

 マリスのこめかみがピクリと動いた。みるみるうちに青筋が立っていく。

 私は痛む腹を抱えながら、まっすぐマリスを見すえた。恐怖を通り越して、妙に冷静で、挑戦的な気持ちが芽生えていた。

 雑草のように生きてきた。このくらいのことで負けてたまるか。

『雇用契約書』第二条、乙は、甲の生命の安全を保障する。あなたは主人として、私の生命の安全を保障している。つまり、あなたは私を殺すことはできません。契約は絶対なんですよね?」

 マリスの口元が歪むのが見えた。

 この論法が効いている証拠だ。反論の隙を与えずに続けた。

「雇用契約は、お父様がマリス様の代理人となって、契約したものです。その契約を、マリス様の一存で破るとなると、お父様の顔に泥を塗ることになる。それでもいいんですか」

 マリスがかかげた右手が鮮やかな紅色に染まった。星の光を集めるように、紅色はどんどん明るくスパークしていく。

 え、えええ? 説得失敗? 

 本当に殺す気なの? 

 やばいやばいやばい。こんなはずじゃなかった。

 日本一の名門校で勉強しながら働いて、修道院の子供たちを助けるつもりだった。私が死んだら報酬ってどうなるんだっけ。労災っておりるのか。生命保険に入っておけばよかった。修道院は、子供たちはどうなるの? 

 一瞬のうちに様々な思考が駆けめぐった。声を出す余裕もなかった。ただ茫然と、目の前のルビーのような輝きを見つめていた。

「やめなよ、マリス」

 宙から声が落ちてきた。

 急に赤い光が消え、暗闇に戻る。

 声の主を探して振り返ると、窓から伊織が顔を出していた。窓枠に片肘をおき、頬杖をついて、欠伸を嚙み殺している。

「そんなパンピー殺したって、魔力の無駄遣いだよ」

 マリスは鼻白んだように顔をそむけると、「それもそうだな」と言った。

「まったく馬鹿らしい」吐き捨てるように続けた。「『雇用契約書』第一条、甲は、乙の命令に従う。お前は、俺の命令に従う。契約は絶対だ。その手紙の返事は、お前が書け。これは命令だ」

 マリスはひらりと身をひるがえすと、テラスの手すりから外に飛び降りた。私はほふく前進をして手すりに近づき、下を見た。マリスの姿は跡形もなく消えていた。

 もしかして、命拾い、した? 

 テラスに尻もちをついたまま窓を見あげた。伊織は身じろぎもせず白い顔を向けていた。

「助けてくれたんですか?」

「別に」伊織は抑揚のない調子で答えた。「うるさいのが嫌なだけ。テラスで騒がないでよ」

「す、すみません。ありがとうございます」

「どこでスイッチが入るのか分からないけど、あいつ、たまにキレるから。君も事情があって執事なんかやってるんでしょ。マリスには逆らわず、テキトーにやり過ごせばいいじゃん」

「でも……」

「もう助けないから」と言って、伊織は中に引っ込んだ。

 足元に落ちた桃色の封筒を拾いあげる。そっと中を開くと、丁寧な文字で、思いの丈がびっしり書いてあった。脱力してテラスに寝転がり、月光にかざして読み通した。マリスに憧れ恋い慕う想いが等身大の言葉でつづられている。

 (こんな言葉、あの男にはもったいない)

 いかに本人が望もうとも、琴子の恋は叶わないほうがいい。なるべく優しい言葉で、断りの手紙を書こうと思った。

5 マリス

 

 灯りを消した部屋のベッドで寝返りを打った。もう片方の壁に寄せて置かれたベッドに、意識を向ける。

 新しい執事、椿の寝息が、一定のリズムで聞こえてきた。

 あいつ、なんでケロッとした顔で寝ているんだ。

 胸のうちに、再びむかつきが込みあげてきた。

 大講堂のテラスでやりあってから三十分後には、椿は寮の部屋に戻ってきた。

「先ほどは失礼しました」と頭をさげ、一通の手紙を差し出した。「ラブレターへの返事です」

 念のため、朗読させて文面を確認したが、なかなかの出来だった。

 というか、それよりも。

 蔓で思いっきり腹を打ちつけたはずなのに、椿は平気な顔をして歩き回っている。状況が理解できなかった。常人であれば、あの攻撃で肋骨が折れていてもおかしくない。怪我を理由に退職に追い込もうと思っていたから、手加減はしなかった。

 それなのにあいつ、ちょっと痛いなという感じで、腹をさすっていただけだ。肋骨にはヒビも入っていないだろうし、おそらく、実質的なダメージを与えられていない。

 強すぎないか? 

 魔法が使えないぶん、何らかの特殊体質を持っているのだろうか。だから執事として雇われたのだろうか。父は「今度の執事はとっておきだぞ」とニヤけた顔で話していた。だが、具体的な採用理由を訊いたわけではない。

 そもそも執事の採用理由なんて俺は興味がない。

 働かせてみて使えなかったらそれで終わりだ。

 俺は何も、いたずらに執事をクビにしてきたわけではない。ある者は作業の詰めが甘く、ある者は裏でサボっていた。指示を待つばかりで気が利かない者もいた。条ヶ崎家のブランドを目当てにすり寄ってきただけで、忠誠心の欠片もない。そんなやつらに俺の背中を任せるわけにはいかなかった。

 だけど、あの椿という男は、もしかすると、もしかするのか? 

 魔法が使えないのはこれ以上ないほどの欠陥だ。けれども雑事をやらせるぶんには魔法の力は必須ではない。

 少しだけ期待している自分が嫌だった。

「……早緒莉ちゃん」

 椿の寝言だった。

「久しぶり……わー、早緒莉ちゃん、可愛いワンピース……」

 俺は寝返りを打って、「なんだよ」とつぶやいた。

 早緒莉というのは、一般地区に残してきた彼女だろうか。年頃の男だし、顔もまあ整っているから、恋人の一人や二人いてもおかしくはない。

「まったく庶民は気楽なもんだな」

 わざと大きい声で言ってやったが、椿からは寝息だけが返ってきた。

*   *   *

この続きは書籍『魔法律学校の麗人執事1 ウェルカム・トゥー・マジックローアカデミー』でお楽しみください。

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新川帆立

1991年生まれ。米テキサス州ダラス出身、宮崎県宮崎市育ち。東京大学法学部卒業後、弁護士として勤務。第19回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞し、2021年に『元彼の遺言状』でデビュー。他の著書に『先祖探偵』『令和その他のレイワにおける健全な反逆に関する架空六法』『縁切り上等!』『ひまわり』『目には目を』などがある。『女の国会』で第38回山本周五郎賞受賞。

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