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魔法律学校の麗人執事

2026.01.04 公開 ポスト

#11 「手紙の代筆はできません。ご自身で返事を書くべきです」新川帆立

『このミス』大賞(『元彼の遺言状』)、山本周五郎賞(『女の国会』)受賞作家・新川帆立の最新作は、恋と魔法の学園ファンタジー『魔法律学校の麗人執事』!

12月24日『魔法律学校の麗人執事3 シーサイド・アドベンチャー』の発売を記念して、試し読みを全12回でお届けいたします。

*   *   *

 

 背後を振り返り、琴子に手を差し伸べた。

「大丈夫ですか?」

 えっ、と思った。琴子が熱っぽい目をこちらに向けていた。

「大丈夫? 熱でもある?」本気で心配になってきた。ぼんやりと、身じろぎもせずに私を見ている。動けないほど体調が悪いのだろうか。

「寮まで運びましょうか?」腰をかがめて、琴子を抱きあげようとした。

 すると慌てたように琴子が首を横に振った。

「大丈夫です。てっ、て、手紙、やっぱり椿君からマリス様に渡してください。私、緊張しちゃいそうだから」

 返した手紙を、私の手に押し戻し、哲学広場のほうに逃げていった。

 やってしまった。自分が男であることをまた忘れていた。急に抱きあげようとして、嫌な気持ちにさせたかもしれない。

 手元に残された手紙をまじまじと見て、ついたシワを丁寧に伸ばした。せめて手紙をマリスに届けるくらいはやってあげないと申し訳が立たない。

 舞踏会会場に戻ってマリスを探した。

 らせん階段をのぼっていったから、中二階にいるのかもしれない。面倒ごとは執事に押しつけて高みの見物を決め込んでいるのだろう。腹立たしい気持ちを抑えながら、中二階に向かった。

 窓際におかれた豪奢なソファで、五摂家のメンバーがくつろいでいた。麗矢は脚を組んでヘラヘラと笑い、左衛門は紅茶を飲み、伊織は寝転がって分厚い本を読んでいた。

「やあ、どうした。執事君」

 麗矢が陽気な声で言った。

「ここは多額の寄付をした生徒しか入れないスペースだぜ」

「マリス様はどちらに?」

 麗矢は薄く笑うと、あごで窓の外を示した。

 古めかしい石造りのテラスにマリスがいた。女の子と向かい合い、気まずそうに視線をそらしている。制服を見て、女の子は二年生だと分かった。その人は急にうつむいた。両手で顔をおおうと、テラスから飛び出し、らせん階段を駆けおりていった。

「あの人、泣いてた……?」

「モテる男はつらいな」麗矢は窓の外を見ながら、冷やかすように言った。

「マリス様って、なんであんなにモテるんですか」

「俺が訊きたいよ。外面がいいからだろ」

「そりゃもちろん、使用人に接するときと比べると、いい顔をしていましたけど。でも、女の子に向かって結構な物言いをしていましたよ。面倒くさいとか、普通に言ってたし……」

「そのへんがうまいんだよ、あいつは。優しいだけの男はモテないだろ? あいつくらいオラオラしてたほうが女の子はコロッといっちゃう。マリス本人はそのあたりを分かったうえでやってんのか、知らねえけど。案外天然でやってんのかな……。嫉妬したって無駄だぜ、執事君。お前じゃマリスに敵いやしないって」

 別に、男としてマリスに嫉妬してるわけじゃない。

 性悪のくせにあんまりモテてるから呆れてしまっただけだ。

 はあっと息をついてからテラスに出た。

 マリスは背中を壁にあずけて、ぼんやりと空を見ていた。

 春の風がふわりと吹きつける。月が雲に隠れ、そのぶん、空一面の星が見えた。

「お前がちゃんと人払いしなかったせいで、女がここまできたじゃないか。真面目に働けよ」

 すみません、と言うしかなかった。あとはお前がどうにかしろ、という指示を受けていた。仕事を放棄したとなじられても反論できない。

 私は言い出しづらさを感じながらも、ひと思いに桃色の封筒を差し出した。

「あのう……こちらの手紙を預かりました」

 マリスは目も向けずに言った。

「返事を書いておけ」

「へ、返事? 私がですか?」驚きで声が裏返った。

「当たり前だ。こういう雑務のための執事なんだから。どうせそれは恋文だろう。失礼なく、感じよく、断っておけ」

 やれやれとばかりにため息をついて言った。

「俺のサキュバスどもを悲しませるなよ?」

 サーッと夜風が吹いた。

 俺のサキュバスどもを悲しませるな……よ? 

「は……はあ」私は何とか反応した。頭はついていっていなかった。「ど、どういうことですか? 恋文は読みもせず一律断る。けれども、相手が悲しまないような返事を書け、ということですか」

 マリスはその質問に答えなかった。そのかわり、空を見あげて唐突に言った。

「俺は神に愛された男だ」

 美しい顔を夜空に向けたまま、大真面目に続けた。

「俺は知っている ――宇宙のひろさと、俺のすごさを」

 どこからともなく桜の花びらが現れ、横なぶりに舞った。マリスは優雅に片手を伸ばし、指先で花弁を捉えた。星影の中で花弁はほの白く輝いていた。

「全人類、俺のことが好きに決まっているだろう。だが、俺は世界の宝だ。誰かのものになるなんて、神に背くようなことだ」マリスは花弁を風にのせて手放すと、髪をかきあげた。「それなのに我が物にしようだなんて、あの女たちはまったく強欲だ。だが彼女たちがそうなってしまったのも、俺のせいだ。責任を感じるし、可哀想にも思う。だからなるべく、悲しませないように断っておけ。いいな?」

 分かるような、分からないような――いや、分からない話だった。どうしてこれほど堂々としているのか、恥ずかしげもなく大きなことを言うのか、つかみきれない。だがマリスがモテているのは確かで、それを面倒に感じているらしいのは伝わってきた。

 空を見あげながら、マリスはぼそりと言った。

「本当にしょうもない女ども」

 瞬間的に、琴子のまっすぐな目を思い出した。彼女の手は震えていた。三年前からマリスのことを好きだと言っていた。一人残されて途方に暮れていたとき、マリスが声をかけてくれたのだと。想いに応える気がないなら、最初から優しくしなければいいのに。

 琴子の純情を思うと、腹の底から強い気持ちが込みあげてきた。

「手紙の代筆はできません。ご自身で返事を書くべきです。それが、相手に対して誠実な姿勢でしょう」

 マリスはこちらを見た。感情のない、冷淡な顔をしていた。

「俺に歯向かうのか?」

 あたりが殺気立つのを感じた。

 くる、と直感して、瞬時にその場に身を伏せた。

 頭上を風が通り抜けていった。やはり、あの見えない魔法の攻撃が繰り出されたらしい。同じ手に二度とはまってやるものか。

「契約は絶対だ。お前は俺の命令に従うことになっている。人を殴れと俺が命じたら、即刻、何も考えずに殴れ。殺せと命じたら殺せ。お前の意思はいらない」

 地面にはいつくばりながら叫んだ。「私はやりませんよ。ラブレターなんです。相手の女の子の気持ちを考えて、真摯に対応してあげてください」

「相手の気持ち?」ふん、とマリスは鼻で笑った。「お前は俺の執事だ。俺の気持ちだけを考えて動け」

 マリスが片手をかかげたかと思ったら、地面からするすると蔓が生えてきて、ムチのようにしなった。よけようとしたが間に合わず、もろに腹に入った。痛みで一瞬、頭が真っ白になった。「ぐうっ」と、うめき声をもらしながら身体を丸める。

 いつのまにか蔓は消えている。

 痛いっ……とつぶやいたつもりが声になっていなかった。私だからよかったものの、普通の人間じゃ、あばら骨が折れていたかもしれない。

 背中からもう一撃くると予感して身をひるがえした。足にしがみついてマリスの身を倒そうと素早く手を伸ばしたが、気づいたときにはマリスの姿は消えていた。

*   *   *

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新川帆立

1991年生まれ。米テキサス州ダラス出身、宮崎県宮崎市育ち。東京大学法学部卒業後、弁護士として勤務。第19回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞し、2021年に『元彼の遺言状』でデビュー。他の著書に『先祖探偵』『令和その他のレイワにおける健全な反逆に関する架空六法』『縁切り上等!』『ひまわり』『目には目を』などがある。『女の国会』で第38回山本周五郎賞受賞。

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