『このミス』大賞(『元彼の遺言状』)、山本周五郎賞(『女の国会』)受賞作家・新川帆立の最新作は、恋と魔法の学園ファンタジー『魔法律学校の麗人執事』!
12月24日『魔法律学校の麗人執事3 シーサイド・アドベンチャー』の発売を記念して、試し読みを全12回でお届けいたします。
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4 椿
満月の夜、大講堂はきらめきで満ちていた。中央のシャンデリアには、玉虫色に輝くオパールが贅沢にあしらわれている。ろうそくには魔法の火が灯り、色とりどりのステンドグラスを内側から照らしていた。
(うっわあ、すごい)
午前中に入学式をしていた大講堂が、夜には一変していた。椅子はすべて取り払われ、新入生歓迎舞踏会(ウェルカム・ボール)の会場になっている。
正面の壇上にはオーケストラの楽器がそろっている。魔法で楽器は動いているらしく、演奏者の姿はなかった。まるで幽霊たちの演奏会みたいだ。
音楽に合わせて、何組もの男女がスローワルツを踊っていた。制服のスカートの裾がひらりひらりと揺れている。
こんなにきらびやかな世界があるのだろうか。ヨーロッパ貴族の社交界みたいだ。
「マリス様よ!」と誰かが叫んだ。
場の雰囲気が一変し、色めき立った。磁石に吸いよせられる砂鉄のように、ものすごい勢いで女の子たちが集まってきた。マリスは女の子たちに囲まれて、勝ち誇ったような微笑を浮かべた。
「マリス様、私と踊ってください」「いや、私と!」
媚びを含んだ声があちらこちらからあがる。
すっごいモテている。こんなにモテることある? ってくらいのモテっぷり。
マリスは、モテて当然と言わんばかりにフッと笑って言った。
「強欲な〈女淫魔(サキュバス)〉どもめ。俺様と踊ろうなんて百年早いぜ」
女子生徒たちが「キャーッ!」と歓声をあげた。「さすがマリス様!」「お話しできて光栄です」「いえ、マリス様の視界に入れて、私は、私は……」と泣き出す者までいる。
私は驚きのあまり、目を見開いた。「何? 何が起きてるんです?」
ご、強欲なサキュ……サキュバス?
悪口というか、罵倒というか、失礼な呼び方じゃないのか? それなのに女の子たちはマリスにののしられて歓喜している。早々に泣き出した女の子は胸を押さえながら「いただきました! ありがとうございます!」と絶叫に近い声をあげる始末だ。
「チッ、面倒くせえな」マリスは不機嫌を隠しもせずに言った。「俺はもう行く。お前たちの相手をするほど暇じゃない。言づては、この執事が受けつける」と、私の肩を叩いた。そして私にしか聞こえない小声で「あとはお前がどうにかしろ。これは命令だ」と続けた。
「ええ、マリス様、行かれてしまうの?」悲鳴にも似た声があちこちであがるのに構わず、マリスはらせん階段を通って中二階へと消えていった。
嵐が去ったようだった。残された女子生徒たちは、一メートルほど離れたところに固まって、私をまじまじと見た。
「あの人がマリス様の執事?」「マリス様って執事がいたっけ?」「さあ」「あんな貧乏くさい感じの男が、条ヶ崎家の使用人なのかしら」
コソコソ話しているつもりかもしれないが筒抜けだった。見世物になるのも馬鹿らしくて、自ら申し出た。
「マリス様にご用がある方は、私にお声かけください」
意を決したように、一人の女子生徒が近づいてきた。
豊かなロングヘアをハーフアップにした、本当に可愛い女の子だった。
「あなた、マリス様の執事なんですってね?」
と、小首をかしげてみせる。
か、可愛い……。息が止まりそうだった。
可憐で上品、それなのに華やかだった。本物のお嬢様というのは、こういう子を言うのだろう。ワンピースタイプの学園の制服がこれほど似合う人もいない。
いいなあ、こういう子に生まれたかった ――と思った。
レースやリボンが似合う女の子に、昔から憧れていた。私は身長が高いし、筋肉質だから、女子として学園に入っても、あの制服は似合わなかっただろう。
「はい、私が執事ですが」
「私は如月スミレと申します。以後お見知りおきを」
スミレと名乗った女の子は、スカートをちょっとつまんで、恭しく礼をした。
「あなたのお名前は?」
「野々宮椿です」
何気なく答えた瞬間、空気が凍りついた。
「ヒィッ」か細い声がスミレの口からもれた。もともと大きい目が見開かれ、驚愕のお手本のような顔をしている。
「じゃ……あ、あ、あなたが、魔力ゼロの!」
深呼吸をして、それでも息も絶え絶えといった様子で、スミレは言った。
「私はこれで、失礼します。あなたのような方とは、お話が合わない気がいたしますの」
スミレは取り巻きの女子を数人引きつれて、私から離れていった。近くでたまっていた他の女の子たちも、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
訳が分からなかった。魔力ゼロだから何だというのだろう。
首をかしげながら会場を見渡した。
生徒同士、声をかけたり、かけられたり、華やいだ雰囲気がひろがっている。青春って感じでおおいに結構だけど。それにしても入学初日の夜から舞踏会だなんて。学園の雰囲気についていけなかった。上流階級の人たちは、これが普通なのだろうか。
私が歩くと、さっと道があく。避けられているのが分かった。この状況でマリスへの言づても何もないだろう。会場内にいたところで邪魔になるだけだった。
ため息をついて裏口から外に出た。石段の上に腰かけて、風に揺れる木立をぼんやりと見つめていた。
(別世界にきちゃったな……)
制服のポケットから、銀色に輝くリップスティックを取り出した。
(早緒莉ちゃん、元気かなあ)
私はしばらくぼんやりしていた、どれくらい経っただろう。
脇から「あのう」と声がかかった。慌ててリップスティックをポケットに押し戻す。他の生徒に見られるといけないから、今後は鞄の内ポケットに入れておこうと思った。
顔をあげると、くせ毛を三つ編みにした童顔の女の子がこちらを見ていた。
「あなた、マリス様のヒツジなんですってね。こちらをマリス様に渡してください」
と、桃色の封筒を押しつけてきた。
彼女の手は震えていた。封筒の差出人欄には丁寧な文字で「風間琴子」と書かれている。封の部分には、ハート形のシールまで貼られていた。
明らかにラブレターのたぐいだ。
「あれ、あなた、ヒツジなんですよね?」
「いや、えーっと、はい。シツジです」
手渡された手紙と、女子生徒の顔を交互に見た。そばかすだらけの鼻に、丸い眼鏡をかけている。レンズの奥で、黒目がちな瞳がキョドキョドと動いた。
「でも不思議よね。貴人にお仕えする人のことをどうして『羊』って呼ぶのかしら。神の子羊、神にささげる生贄ってことなのかしら?」
「いやだから、ヒツジじゃなくて、シツジですよ?」
「えー? 何をおっしゃってるの」琴子は口元に手をあててクスクスと笑った。
ダメだ、どう説明してもこの子には通じない気がする。
これはいわゆる――天然ってやつなのか。
「あーあ、マリス様が神様なら、私、喜んで羊になっちゃうのになあ」
などと、のんびり話している。
「あんな男、やめといたほうがいいんじゃないですか」
私はそう言ってから、あ、と口を手でおおった。
つい、思ったことをそのまま言ってしまった。あれほど上から目線で粗暴な男と付き合ったら、大変なことになるぞ。やめておいたほうがいい――と、説得したい衝動に駆られたのは事実だ。
主人を悪く言うのはよくないし我慢したつもりでいた。しかしうっかり心の声がもれてしまったようだ。
* * *
この続きは書籍『魔法律学校の麗人執事1 ウェルカム・トゥー・マジックローアカデミー』でお楽しみください。
魔法律学校の麗人執事

「私が男のふりをして、男子寮で暮らすんですか!?」
男装したヒロインと、オレ様系男子による恋と魔法の学園ファンタジー、開幕!
新川帆立の新境地!
ライトノベルシリーズ始動。










