『このミス』大賞(『元彼の遺言状』)、山本周五郎賞(『女の国会』)受賞作家・新川帆立の最新作は、恋と魔法の学園ファンタジー『魔法律学校の麗人執事』!
12月24日『魔法律学校の麗人執事3 シーサイド・アドベンチャー』の発売を記念して、試し読みを全12回でお届けいたします。
* * *
「マリス様、このあいだの測定会で、世界ギネス記録を更新したんですって」生徒の誰かがささやいた。「“法則”に従うと、将来の年収は七百億円超ってこと?」「そりゃそうでしょうよ。条ヶ崎グループの規模を考えたら、そんなもんじゃないって。そもそも、あれだけ魔法を独占しているんだから。お金で測れないレベルの権力を握っているわけで――」「まさに“皇帝”よ」
俺が天才なのは自明だし、衆人に注目されるのも致しかたない。この身にあふれる才を凡人どもに分けてやりたいとすら思うが、それは叶わぬ相談だ。神は残酷である。ここまで完璧な俺様が存在しなければ、他の生徒だって自らの凡庸さに気づくことすらなかっただろうに ――としみじみ感じ入ってから思考を止めた。
いや、話はそこじゃない。椿である。
「おい、麗矢」俺は声を低くして訊いた。「魔力量がゼロってことは、悪魔と契約できないってことだよな?」
「当たり前のことを訊くなよ」
「魔法をまったく使えないってことだよな?」
「そりゃあ、そうだろ」
「そんな可哀想なこと、ある?」目を丸くして尋ねた。「庶民って、そういうもんなの?」
おいおい、と麗矢が笑った。「これだから皇帝様は。世の中の人の八割は魔法を使えないよ。お前くらい使えるやつなんて、どこを探してもいないんだし」
先ほどまで椿に抱いていたムカつきは、圧倒的な驚きで、一時的に吹き飛ばされていた。俺は首をかしげながら訊いた。
「でも、魔法を使えないなら、どうやって火をおこしているんだろう?」
「木をこすり合わせれば火をおこせるって聞いたことがある」
「寒い日はどうするんだ。家はどうなってる。建築用の悪魔も使えないのに」
「知らねえよ」麗矢は顔をしかめた。「洞窟で雨風をしのぐんじゃないか」
「君たちは本当に馬鹿だな」左衛門が口を挟んだ。「庶民には科学と呼ばれるものがあるんだよ。君たちだって、電気と水道くらい使ってるだろう?」
「あれは不便だぜ」俺は口元をゆがめた。「ちょっとした災害で止まるし。原始的すぎる。左衛門みたいなロスト・テクノロジー・オタクしか喜ばない」
庶民たちは、電気が止まったら真っ暗で、水道が止まったら水もない状態で、生活をしているのだろうか。移動はどうしている。移動魔法がないということは――。
「歩いているのか? まさか!(セパブレ)」
「急にフランス語をまぜるなよ」麗矢が苦笑した。
俺は、ただただ混乱していた。未知との遭遇だ。俺の世界に、魔法ゼロの、とんでもない原始人が紛れ込んできた。
驚きと混乱は、次第に怒りに変わった。
父はどうして、魔力ゼロの者を執事につけたのか。魔法が支配する世界で、魔法を統べる者。皇帝の眼を持つこの俺様に、あの執事がふさわしいわけがない。
ぎろりと椿をにらんだ。椿は涼しい顔で前を見ていた。無性に腹が立った。
3 椿
額から汗が流れ落ちた。膝の上で両の拳を握りしめる。
マリスがこちらをにらみつけ、殺気立っているのを視界の端で捉えた。逃げ出したかったが必死に平静を保った。反応を示したら刺激してしまうかもしれない。気にしていないふりをして、硬い表情のまままっすぐ前を見ていた。
魔力に関しては、怒られても呆れられても仕方がない。
入学前に、長い棒(今思うと法杖だったのだろう)をつかんで、振るだけの検査をした。普通はあれを振ると魔力量が数値で出るらしい。だけど私が振っても、何の反応もなかった。何度試しても無駄だった。道具が故障していたわけでもない。検査官は本当に不思議そうに首をかしげながら「魔力がないってことでしょうかね」と言って、記録用紙に大きく「0」と書きつけた。
それに比して、マリスの魔力量の多いことよ。ぶっちぎりの一位じゃないか。魔法の天才だと聞いていたが、なるほど確かに天才なのかもしれない。
魔法の世界ってだけですごいけど、条ヶ崎家というのはその中でも特別にすごいようだ。私からすると、五十歩百歩というか、エメラルドとダイヤのどちらがすごいのかと訊かれているようで正直戸惑う。
講堂内の生徒たちも、それとなくマリスを見ている。憧憬、羨望、畏怖が入り混じった、ねっとりと粘りつくような視線だ。マリス本人は慣れっこなのか、気にするふうもない。むすっと黙ったきり、宙の一点を見つめている。
どうして彼の機嫌が悪いのか、まったく分からなかった。思わぬところに地雷が埋まっていて、少しでも触れると爆発するのかもしれない。いつ逆鱗に触れるかと怯える気持ちが半分。残り半分は理不尽に感じていた。
(急に不機嫌になったり、暴力を振るったり、ご主人様としてどうなの?)
パワハラってやつじゃないのか。ただ怖がって、言うことを聞くのはしゃくだった。
あいつは私をなめている、と直感した。
だって、さっきの豹変ぶりったら、ありゃしない。
私と二人きりのときは冷酷そのものの顔つきをしていたのに、同級生には微笑みを向けていた。華麗に花吹雪まで出して場を沸かせていたほどだ。おとぎの国の王子様然とした優美な立ち振るまいだった。あんなふうに対応されたら女の子たちもイチコロだろう。
五摂家と呼ばれる生徒たちとは特に仲がいいらしい。合流したときには、くだけた笑顔を見せた。ごく普通の高校一年生みたいに軽口を交わしている。
愛想よく振るまおうと思えばできるのだ。私と相対したときは、いきなり吹き飛ばしてきたのに。使用人だからって何一つ気を遣わないどころか、ストレス発散の道具くらいに思われている可能性もあった。
(負けないんだから……)
むしろ、あのお坊ちゃんの根性を叩き直してやろうと思った。庶民の根性をなめるなよ、と胸の内で唱える。腹の底から力が湧いてきた。大きく息を吐いて、大講堂を見渡した。
来賓の挨拶や、在校生代表の挨拶など、入学式らしいプログラムが進行している。
生徒たちはあまり聞いていないようだ。視線を走らせると、何人かの生徒が目をそらした。構わずジロジロと、こちらに好奇の目を向ける者もいる。
そうか。
事態を察した。
五摂家の御曹司たちは金と権力があるだけではない。そろいもそろって美男子である。周りの女の子たちからの視線を痛いほどに感じる。彼らとお近づきになりたくて仕方ないのだろう。先ほどの会話から察するに、ほとんどの人は中等部の頃からの顔見知りらしい。
さらに今日は、御曹司たちの脇に私――見知らぬ男が座っているのだから、「あいつ誰?」となるのも当然だ。
そのとき、
「ねえ」
と、ささやくような声が隣からした。
先ほどまでずっと寝ていた男の子だ。いつの間にか顔をあげて、こちらを見ていた。確か名前は、伊織と呼ばれていた気がする。
乱れた前髪を気怠そうにかきあげて、私をじいっと見た。
どきりとした。
目の前にある顔が、まるで女の子みたいに可愛かったから。まつ毛が長くて、全体的につるりとしている。北欧神話に出てきそうな美少年だった。
いやしかし、顔が近い。近いって!
身を引こうとしたが、なぜか身体が動かなかった。おかしい。本当に身体が、岩みたいに固まっている。手足も胴も動かないのに、首から上だけは普通に動く。
「君の名前は、野々宮椿君?」
「はい、そうです」自動応答のように口が答えてしまう。訳が分からなかった。
「君の名前を教えて」
今さっき名前を確認されたばかりなのに、同じことをどうして二度訊くのだろう。不思議だったが、考える間もなく私の口は動いていた。
「野々宮椿です」
「君は隠しごとをしている?」
「いいえ」
ふうん、と言って伊織は視線を外した。
戸惑いが募った。一体何をしたかったのだろう。名前ならさっきの魔力測定結果の発表で、恥ずかしながら、全新入生にとどろいている。隠しごとをしているかって? なんでそんなことを訊くのか。
伊織はかすかに口を尖らせて、
「嘘つき」
とつぶやいた。
「第一問はグレー、第二問は白。そして第三問は黒。複雑な嘘をつくね。これは一体、どういうことだろう」
伊織はそう言うと、再び居眠りを始めてしまった。
* * *
この続きは書籍『魔法律学校の麗人執事1 ウェルカム・トゥー・マジックローアカデミー』でお楽しみください。
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