下町ホスト#46
少しふらついたフリをしながら、君が待っている店下まで向かう。
君は古びたガードパイプに腰をかけながら、店と真逆の方向を向いて煙草を吸っている。
私がいくつか足音をたてて、近づくとやや酔っ払った様子でこちらを見た。
「派手なスーツね」
「変?」
「シュン君らしくは、ないかな」
「そっか」
細長かった煙草をアスファルトに落とし、君はそのまま赤いヒールの爪先で踏んでさっさと店の扉を自ら開ける。
店内はほぼ満席で、一番端の狭い席に案内した。
隣の席が煩くて殆ど会話ができそうにないが、君はそんなことを気にもせず、突っ立っている内勤をジェスチャーで呼び、生ビールを注文する。
簡単な乾杯をして、一口飲み、沈黙が続いた。
隣の席のボリュームが少し下がったタイミングで、私から口を開く。
「最近、忙しいの?」
「忙しいかなー。まあちょっとシュン君に飽きちゃったのかもねー。」
「どうしたらいい?」
「まずこの席でそのスーツやめてくれない?あの子が透けてみえるの嫌いなの。」
「脱ぐよ。」
私は勢いよく席を抜け、スタッフルームで緊急事態用にハンガーラックに掛けておいたダボダボのスーツに着替える。
「これでいい?」
「うん。それでいい。」
君は少し口角を上げた。
「シャンパン貰ってもいい?」
「入れたら何してくれるの?」
「なんでもするよ。」
「じゃあ、歌舞伎町でホストやるとかいう目標やめてくれる?」
「なんで?」
「やっぱり面白くないから。」
返答に困っている私の表情を簡単に嘲笑いながら君はシャンパンを入れた。
ガンガンに冷えたドンペリニョンは、パラパラ男の手によって開栓され、彼の軽快なトークと共に少しずつ消えてゆく。
ラストソング間際に、慣れ親しんだ大きな声がキャッシャーの方から聞こえて、私は急いで席を抜ける。
「あーついでにチェックして。」
君の冷たい声が私の背中にかかるが、ヘルプについているパラパラ男がすぐさま切り替えるように大声で話し始めた。
キャッシャーに行くと、泥酔した眼鏡ギャルが私に抱きついてきたが、スーツが違うことに気付き右手で持っている小ぶりなバックで私を殴った。
そのまま店長のアテンドで君の席からかなり離れた場所へ案内され、もう一度、丁寧に私を殴った頃、パラパラ男がやってきた。
「シュン君、スーツまぢごめんっす。シャンパンぶちまけちゃって、クリーニング代僕出すんで言って下さいっす。」
「うるせー糞が。」
パラパラ男のとっさの嘘が効いたのか、眼鏡ギャルの怒りは徐々に収まり私はもう帰ろうとしている君の席に戻った。
「あとは売掛にしてね。サインはしないから。」
会計の半分程の売掛と飲みかけのドンペリニョンを置いて君は足早に帰った。
急いで追いかけたが、君の異常なまでのスピードと殺気のようなものに怖気付き、結局声をかけられずに背中は遠くなった。
店内はラストソングをパラパラ男が各席をまわりながら歌っており、大盛況で営業を終えた。
帰りがけのパラパラが私の背中を叩く。
「おつかれした!ありがとうございました!あの人に引き出物的なやつ渡しときましたから!楽しみにしててください!あのギャルには買ってねーです!スーツのフォローしたのでいいっすよね!じゃ!」
そう言って、軽やかにアフターへ向かった。
私は泥酔している眼鏡ギャルを抱えるようにしてタクシーに乗り、運転手の世間話に付き合いながら帰宅した。
夏は完全に終わり、木々が色めき立つ。
『透明』
舌先に忘れられない思い出を乗せているから喋れないんだ
長針を吐息で進めた午前二時眠れぬ君は僕を叩いた
喉奥にひとつ詰まった妄言を取り除いたらおはようと言う
いつ起きていつ生きたのかわからない透明すぎる君の肉体
また今日もいらっしゃいませと言えぬまま明日の天気を気にせず眠る
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歌舞伎町のホストで寿司屋のSHUNが短歌とエッセイで綴る夜の街、夜の生き方。
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