グループ旅行は、メンバーによってスタイルががらりと変わる。
私はたいがいふたりで、大雑把な行き場所だけを決めるほぼノープランの気まま旅なのだが、あるとき女性四人できっちりプランを決めて出かけた。
これがじつにうまい具合に楽しめて、大勢のときは案外ガチガチに決めてかかるのもいいなあと率直に思った。
メンバーは、仕事を通じて知り合った同世代の女四人だ。うちひとりはいつもの旅の相棒のカメラマンA。彼女とは国内外を何度も旅している。ほかに編集者Iさんと、取材をして意気投合した建築家Tさんで、何カ月かに一度食事を楽しむ関係だった。ふたりとは、食事以上の長い時間をともにしたことがない。
ふだん、取材相手と私的に親しくなることは滅多にないが、彼女たちとは妙に馬が合った。何年か食事会が続いたある日、卓を囲みながら「次は一泊の旅行に行こう!」と盛り上がった。
こういう話はけっこうある。酒の勢いというやつだ。しかし、たいてい実現はしない。いつか温泉に行こうと仲間と話しながら、全然暇にならずにその日はこないという内容の九〇年代の楽曲があったが、いたく共感したものだった。
いよいよそういう口約束のやり取りに虚しさを覚えていた私は、翌日、三人にccメールを送った。
<本当に行こうよ、あれ>
それぞれに忙しいのはわかっている。だから付け足した。
<負担にならないように係を決めよう。「宿」「おやつと夜食と二日目の昼食」「レジャ一」「レンタカーと運転」の四つ。修学旅行みたく、担当になった人が事前に調べてプレゼン。予約まで責任を持つの>
担当を決めたら、口約束で終わるまいと目論んだ。
「おやつと夜食」は、道中のおやつや食事後の部屋で飲むワインとつまみをの用意、スイーツの店を事前に調べておく。「レジャー」は観光スポットを調べて旅先でのプランを提案する。
メール上でワイワイ盛り上がり、立候補であっというまに係が決まった。
<旅の栞係は?>
<バナナはおやつに入るんですか>
軽口が飛び合い、一挙に旅への期待がふくらんだ。
宿係になったTさんは、意外なものを提案してきた。
千葉館山のスパリゾートホテルである。
エステやスパがメインのリラクゼーションホテルで、モデルやタレントが何日も逗留し、肌も体もピカピカになるホテルとして知られているらしい。室内プールがあり、ボディシェイプ、美肌ケア、リラックスなど美容の目的別にコースプランがある。
その宿のほかにも、食いしん坊が喜びそうなオーベルジュや、海の幸がおいしい旅館など挙げてくれていたが、全員一致でスパホテルになった。
自分の好みではけっして選ばない宿泊先だからこそ、興味が湧いた。四人ならおもしろそうだ。エステのホテルってどんなことをするんだろう。一泊でもきれいになれるんだろうか。早くも期待が止まらない。
Tさんは、「千葉館山は、東京から近くて一泊でも疲れなさそうだから」と選んだとのこと。そうそう、一泊旅行の条件は、移動距離は短く滞在は長く、である。館山は帰宅した翌日、仕事に疲労が響かない近場でありながら海があり、旅の醍醐味も味わえる。絶妙な距離感で、こちらも全員即同意した。
一日目はホテルでゆっくりエステコースを堪能する。二日目はレジャー係が、朝市と酒蔵を調べてくれた。夕方には発ち、東京に帰る。イベントはこんなふたつくらいでちょうどいい。
あとはドライブしながら気になったところに寄ろうということになった。
コテージで二次会
晴れ渡った夏のはじめ。東京駅で待ち合わせて、館山まで電車で向かった。
車内ではさっそくおやつ係が用意した菓子とビールで、一気に大人の修学旅行気分に。
京都駅から山崎蒸溜所に向かうJT京都線でも思ったが、走り出してたった五分で旅行気分になれる、こんな至福はない。
館山からは軽自動車を借り、のんびりドライブしながらホテルへ。
車はどんどん緑の丘陵地に入っていき、道中「ブルーベリー狩り」の文字がたびたび目に飛び込んでくる。ブルーベリーソフト、ブルーベリージュース、ブルーベリー直売所。
「千葉ってそんなにブルーベリーが採れるんだね」
一同は感心していると、森や田畑を過ぎたところに突然小学校が現れた。
「校名、ブルーベリー小学校じゃない?」
他愛もない会話や四人の笑い声、窓から入り込む風の爽やかさを、よく覚えている。
エステのある棟、コテージ、ホテルの棟が分かれていて、私たち修学旅行団はどれだけうるさくてもよそに迷惑をかけないバンガローにした。
さっそく、事前にそれぞれ予約してあったエステプランを三時間あまりじっくり堪能。プール、マッサージ、フェイスパック、風呂などがセットになっている。私は、シェイプアップと腸活を目的にしたメニューにした。後者は、プールでお腹をブルブル震わせるような様々な設備を、水中ウォークして回る。
夜の食事はホテルのビュッフェだ。ホテルは人里離れた丘の上にあり、周囲に飲食店がない。ホテル内で食やレジャーが完結するスタイルの旅をあまりしたことがない私には、これも新鮮だった。
ライブキッチンのステーキも脂身などを抑えたヘルシー志向で、徹底している。
食事後は、キッチン・ロフト付きの広いコテージで、持参のワインやつまみを広げ第二部開催。閉店や他の客に気兼ねせず、のんびり喋ったり飲んだり。そんなところも修学旅行っぽくて楽しい。
翌朝は早起きして近くの朝市へ。
採れたての魚や貝、干物、果物、手作りの和菓子やパンがずらりと並ぶ通りを、そぞろ歩く。観光客と地元客が混じり合い、活気があった。
私以外の三人は、しっかり大きな保冷バッグを持参していた。持ち物係を作りインフォメーションしてもらえばよかったと、準備不足の私だけひそかに嘆いた。
チェックアウト後は、房総半島のドライブに出発。レジャー係が、知る人ぞ知るおいしいラーメン屋を調査済みで、その話を聞いていたら、無性に食べたくなった。
「さっき朝食を食べたばっかりじゃん」
「でも、ひとくち食べたくない?」
さてどうすると車内で検討会。運転手のAが言った。
「私は食べきる自信があるね。食べられない人はシェアすればいいじゃん、ちょっと寄ろう」
二日間運転の彼女は、ほかの係より負担が重い。一も二もなく、全員彼女に倣った。
農地が点在する静かな集落の小道の奥に、その店がぽつんとあった。たしかにこれは、知る人ぞ知る立地だ。地元の人がひっきりなしに入ったり出たりしている。
私たちは分け合うどころか、匂いと地元民がおいしそうに食べている様子につられ、迷わずひとり一杯ずつ注文。ぺろりと平らげた。
「こんな人気の店で分け合うなんて失礼だし迷惑だよね」。食い意地を弁解するようにだれかがいい、そうだそうだと皆頷く。
それから古い酒蔵を見学したり、味わい深い建築があれば車を停めて眺めたり。知らない街を、いつも一緒にいない人たちとドライブしている。たったそれだけでも、非日常は刺激的だ。
思えば修学旅行も、寺や仏像やホテルや買い物が楽しいのではない。きっといつも学校でしか会わない人たちと、二日も三日も一緒だから楽しいのだ。知らない街で行動をともにしているから、驚きや喜びを共有できてエキサイティングなんだろう。
一六時半頃、電車に乗った。
心地よい疲労とまだもう少し遊べるくらいの元気が残っている。明日から一週間が始まる。若くはない自分たちには、それくらいがちょうどいい。
あれから一〇年経った。都内のラグジュアリーホテルに一度四人で泊まったが、その後は誰かが体調を崩したり、ご家族を見送ったり、介護が始まったり、仕事も管理職になったりしてさらに忙しくなり、旅はしていない。
だが今もときどき、あの旅の話が出る。
「ブルーベリー小学校行ったやつね」
誰かが必ず言い、必ずその言葉で全員笑う。
ブルーベリー色の旅の思い出はいつまでも褪せないのに、自分がなんの係をしたかだけを思い出せずにいる。

※本欄は最終回です。あらたなお話が多数加筆された『ある日、逗子へアジフライを食べに』は3月上旬に弊社より文庫として発売されます。お楽しみに!
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ある日、逗子へアジフライを食べに ~おとなのこたび~

早朝の喫茶店や、思い立って日帰りで出かけた海のまち、器を求めて少し遠くまで足を延ばした日曜日。「いつも」のちょっと外に出かけることは、人生を豊かにしてくれる。そんな記憶を綴った珠玉の旅エッセイ。
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