“今度の「合法的脱税(マネーロンダリング)」は、暗号資産(クリプト)! これが令和の冒険ミステリーだ!!”
橘玲さん11年ぶりの書き下ろし長編『HACK(ハック)』をミステリ評論家の千街晶之さんにお読みいただきました。
自由も不自由も桁外れの世界で
人間は基本的に自由を希求するが、その人間が優秀であればあるほど、社会や組織は彼または彼女を、良くも悪くも放ってはおかない。橘玲の久々の新作小説『HACK(ハック)』の主人公・樹生も、有能であるが故にそのようなジレンマに直面する。
少年時代からハッキングやビットコイン、ダークウェブといった世界に親しんでいた樹生は、「中央集権的な管理者のいない分散型の社会をつくる」というリバタリアンの思想信条が、テクノロジーにより現実化できることに衝撃を受け、大学生になって本格的にハッカーとなる。現在三十歳の樹生はバンコクに住んでおり、ハッカーたちのコミュニティでは有名人だ。特殊詐欺グループのマネーロンダリングについて相談されるなど、怪しい人脈ともつながりがある。
そんな樹生が執着している対象が咲桜という同世代の女性だ。彼女はアイドルとして名を成したものの、スキャンダルが原因で日本を脱出し、ここバンコクで暮らしている。若い頃から咲桜に憧れていた樹生は、彼女と知り合う機会を得る。
──というのが、序盤における表向きのストーリーである。「表向き」というのは、やがて樹生が置かれている立場が明かされるからだ。彼はある組織から難度の高い任務を依頼されており、その任務には咲桜も関係している。
各国の諜報組織などが絡み莫大な資産が動く危険な謀略戦の中で、樹生は命がけの修羅場に直面させられ、愛する咲桜との関係についても苦しい選択を迫られる。作中で詳細に描かれた世界情勢やトピックは現実そのものであり、それらは樹生の運命と少しずつ、しかし確実に関係している。
自由を求めるほど資本主義や監視システムなどの柵に搦め捕られる逆説の中で、彼は何をどう選択するのか。樹生は、自由も不自由も桁外れとなった世界を生き抜く上で私たちの参考になる、新時代の主人公である。












