世界各国を旅しながら裁判を傍聴している、弁護士の原口侑子さん。今回訪れたのは地中海とサハラ砂漠に面する北アフリカの国、チュニジアの首都「チュニス」です。裁判を見終わったあとは(裁判の様子は「チュニジア編 前編」をご覧ください)は「ハマム」という、現地のお風呂へ! そこでは予想外の体験が待っていて……?
* * *
屋根が低い。土間に近い小部屋が奥へ奥へと連なっていた。1部屋目から2部屋目、2部屋目から3部屋目が見えないような作り。奥に行くほどお湯の温度が高くなっているらしい。「奥で身体を洗って、戻ってくるんだよ」、おばさんが説明してくれた。
奥の間には大きな「風呂桶」的な槽があって、いくつかの蛇口からあたたかい湯が出ていた。バケツと手桶をいくつも貸し出され、みんなそれぞれの割合で、お湯と水を混ぜて体にかけている。槽からお湯を汲み出すところは日本的、というか別府的で懐かしかったが、人間はその浴槽に入らないのだった。
ひととおりお湯をかぶった後、あたたかい石のうえに転がされ、雑めなマッサージをしてもらいながら考えていた。


ここでは私たちはざぶりと浴槽に浸からない。でも身体を浄めたり、蒸気にあたったり、岩盤浴的なことをさせられたりして、半裸でまわりの人たちとおしゃべりをして時間を過ごす。その時間の全体が、「風呂体験」なんじゃないか。
チュニジアでは裁判所の中には入れたけれど、法廷の中に身を置くことはできなかったな。でも許可を得て覗き窓から中を覗くという予想外の経験をした。これは「裁判傍聴」と呼んでも良いのだろうか。裁判の中身を見ていないとやはり傍聴したことにならない? では言語がわからない場合は? 法廷の中にも入らないとだめ?
脱衣所に戻り、タオルを取ろうと棚に置いていた荷物をほどくと、トートバッグから皮の厚いオレンジがごろんと出てきた。「こちらではお風呂上がりにオレンジをかじるんだよ」、そういって宿のお兄さんが2玉持たせてくれたのだった。オレンジはポカリの代わりなのだと気づく。
私が服を着ると、「どうだった?」と、脱衣所で賄いを食う4人のおばさんおばあさんたちが聞く。気持ちよかったですよと言いながら、オレンジを剥くのが面倒になり、「これどう?」と差し入れると、それならばおまえはこっちに来てこれを食えと、賄いの円座に案内された。
巨大な銀色のボウルを囲むおばさんたち。ボウルの中にはトマト風味のクスクスが入っている。青唐も辛すぎず、なかなかうまいその賄いを、ほれ食えもっと食えと、勧められるがままにたくさんいただき、写真まで撮ったのだった。――2玉のオレンジで、ボウルいっぱいのクスクスをごちそうになったわらしべ長者の巻。


チュニジアには1週間滞在した。チュニスを出た後、カルタゴでローマ時代のテルマエ・ロマエ遺跡「アントニヌス浴場」を見た。海を臨むアントニヌス・ピウスの風呂跡は壮大で、休憩所や談話室といった当時の部屋の配置を見ながら観光客たちが楽しそうに広い敷地を上り下りしている。裁判所跡なんかこんないい感じに観光されないんだろうなと私は思った。だって嫌われてるからな。人が集う場所という共通項はあれど、好かれる場所と嫌われる場所のにおいの差は、後世までも残っている気がした。

さて、古くはカルタゴの時代から、風呂体験とは浴槽に浸かるだけではなく、水浴びや蒸気浴び、サウナ後の外気浴も風呂である。昔からそうなのである。同じように、裁判の場に身を置いて当事者たちと話すことだけが裁判傍聴なのではなく、法廷のぞき見も裁判傍聴である。……そうなのか?
これまで「いろいろな形の裁判」の傍聴を語ってきたけど、ここからは裁判の「いろいろな形での傍聴」も語るのが良いのかもしれない。そんな形がありか、無しかも併せて。


続・ぶらり世界裁判放浪記

ある日、法律事務所を辞め、世界各国放浪の旅に出た原口弁護士。アジア・アフリカ・中南米・大洋州を中心に旅した国はなんと133カ国。その目的の一つが、各地での裁判傍聴でした。そんな唯一無二の旅を描いた『ぶらり世界裁判放浪記』の後も続く、彼女の旅をお届けします。
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