「はじめ法廷三
その隣は弁護士全員立ってる
禁煙サイン前 弁護士スパスパ
オレンジわらしべ長者」
暗号のようなメモをスマホに発見した。記憶はすぐ消える。傍聴の体験もメモに残さないとすぐ忘れる。裁判所に行ったかどうかすら忘れる。
私、チュニジアの裁判所に行ってたっけ?
結論。私は2年前、チュニジアの首都チュニスで裁判所に行っていた。しかし法廷の中には入っていなかった。そう分かったのは、建物の写真とスマホの暗号メモがあったからだった。「弁護士スパスパ」から記憶の糸がするするとほどけていく。
裁判所は、チュニスの旧市街の城壁を出たところにあった。
城壁に守られた旧市街(メディナ)は、7世紀にイスラム化した古都である。砂の色をした、車を通さない狭い街路がくねくねと迷路になっている。


ところどころ幌が張られたスーク(市場)の中はひんやりとしていて、Google mapを放棄するとすぐ迷子になった。迷子になっても、ずいぶん長いこと歩いた。夜になると光を漏らす街灯の下でちらちら、人影が黒く揺れうごいた。シーシャのにおいがした。

そんないわゆる「イスラム世界」を囲う城壁の、一枚外に裁判所はあった。観光客とローカルのおじさんたちが市場にひしめき合う旧市街と違って、近代的なスーパーや西洋風のカフェが立ち並ぶ新市街の、車の行きかう通りだった。
まだお昼どきには早い。コンクリの大通り沿い、裁判所の隣にはカフェがあった。スーツ姿の男女がコーヒーをすすりながら、難しそうな顔で会話している。中堅弁護士と依頼者の打ち合わせだろうか。


裁判所の敷地は広く、中も人でごった返していた。案内所の人のフランス語はぎりぎり「外から覗くのならOK」と聞き取れた。つまりここチュニスの裁判傍聴は「裁判のぞき見」なのであった。
二つの法廷をのぞき見した。当然、小さなのぞき窓越しに見えるのは視覚情報に限られ、中でどんな裁判が行われているか、どういう声のトーンで当事者たちが話しているか、傍聴席は静かか、といったことは分からなかった。
わかったのは、一つ目の法廷は裁判席のすぐ脇にブースのようなスペースがあったこと、二つ目の法廷では弁護士と思しき服装の人々がぴしっと全員立っていたことだった。メモを取る暇もなく、「もういいだろう」とのぞき見する私をチラチラ見ていたセキュリティ(ポリス?)に法廷前から追い払われた。
そんな私の鼻先に紙たばこのにおいが漂ってきたと思ったら、裁判所の出口で弁護士たちがたばこをスパスパ吸っており、背後には喫煙禁止のサインが見えた。くすっと笑い、裁判所の門を出ると、城壁の中に逃げ込んだ。
城壁の門からすぐ、入り組んだ街路を一歩曲がるとそこはハマムだった。
真面目そうに会話しているスーツ姿の人々が増えると裁判所はすぐそこだとわかるように、布の入ったかごを持つ女性たちが増えるとハマムはすぐそこだとわかる。アルジェリアもそうだったが、チュニジアでもハマムは男女分かれていたり、女性用の日と男性用の日で分かれていたりする。その日は女性用のハマムに入った。

扉をくぐってすぐの脱衣所にはおばさんたちがたむろしてて、ハマム代4、顔の泥パック代1、マッサージ代5(ディナール)、と値段を教えてくれる(1チュニジア・ディナール ≒50円)。風呂屋200円は別府の銭湯と変わらないが、その他は安い。

なんやかんやで全部やる羽目になった。全裸にはならず、パンツ一丁で入るのがチュニジア式(アルジェリアも)である。

(後編へつづく)
続・ぶらり世界裁判放浪記

ある日、法律事務所を辞め、世界各国放浪の旅に出た原口弁護士。アジア・アフリカ・中南米・大洋州を中心に旅した国はなんと133カ国。その目的の一つが、各地での裁判傍聴でした。そんな唯一無二の旅を描いた『ぶらり世界裁判放浪記』の後も続く、彼女の旅をお届けします。
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