齢五十も過ぎて、人生初の「推し」ができ、老化する一方の身で西へ東へ遠征する。心は軽いが身体は重い。ままならぬことばかりの50代オタ活考察記!
五十路の推し活――最前列で見た夢と、そのあとに訪れる静かな目覚め
先日、2作品続けてミュージカルと音楽劇を最前列で観てしまった。
4年ほど前から推し活の流れで舞台関係に目が向きはじめ、それまでの五十余年の人生において片手で数えられる程度の観劇経験しかなかったのに、
最近は年間20回程度劇場に足を運んでいる。
ひとくちに「劇場」といっても、格式ある華やかな会場から、スタイリッシュで音響のよい今どきの会場までキャパシティも雰囲気も実に様々で、最初のうちは、その非日常感に興奮し、ライブ会場より格段に狭い場所で推しを拝めるというだけでとんでもない高揚感を抱いていた。
が、しかし。観劇回数が増していくにつれ、どうにもこうにも自分の内に無視できない黒い気持ちがモヤモヤと広がりはじめてしまったのだ。
きっかけになったのは、キャパ2000ほどの劇場で同公演を別日に2回観たこと。初回は2階席の下手5列目で、2回目は一階席のセンターブロック3列目。1階席の3列目は、当時の自分にとって過去最前列で、発券されたと同時に(入場時に席が判明するデジタルチケットだった)うわぁぁぁ! と嬉しさに砕けかけた膝と腰に鞭打って、一階席の後方から入り自席を目指して舞台方向に歩きながら、近い近い近い! と口から洩れ出そうになる歓びを押し殺し、なんてことありませんよ? 的な顔をして着席したのをよく覚えている。これがもう、2階席で観た前回より、格段と良かったのだ。
いやもちろん2階だって悪くはありませんでしたよ? その席は、見切れることなく全体が把握できたし、ストーリー的にも面白く決して不満ではなかった。実際、同行した友人と「良かったねー」と大いに盛り上がりもした。二度目がなければ、それが全てであれば、私の心に黒いモヤモヤが生まれることもなかったはず。でも! 1階センブロ3列は、双眼鏡のレンズを介さずとも、己の眼で(でもコンタクトレンズは介してる)表情まで見えた。見えてしまった。遠くから「眺める」のではなく、数メートル先の、声をかければ届きそうな場所で展開する物語を「目撃」している感覚というか、生々しさが、臨場感が2階で観るのとは、それはもう、まるで違ったのだ。
以来、観劇時の席が気になるようになってしまった。あの素晴らしい経験をもう一度! と願うようになってしまった。世の中には、観たい! と思って申し込んでも当落でさえ抽選で、当たらない公演も珍しくなく、席となれば完全に運でしかない場合も多い。理解はしているし、納得もしている。でも、自分が二階S席最後列のチケットを手にしているとき、最前列ど真ん中の席を羨ましく見やり、(あそこも同じ料金なんだよなあ)と思う気持ちはどうしても抑えきれない。分かってる。最後列でも二階でも三階でも、観られるだけでも好運なんだと解ってる。いやでも、3列目でもあんなに感激&感動したのに最前列はどれほどなのか。推しに限らず、自分と舞台上の演者の間に誰もいない世界を見たい! 運かもしれないけど、なんで私にはその運が回ってこないんだー!!
今回の連続最前列は、そうした呪いにも近い願いを叫び続けてきた結果である。だってひとつは運ではなく自力だし!
その自力最前は、不朽の名作ミュージカル『コーラスライン』が2021年にイギリスで新たな演出で生まれ変わったバージョンの日本特別公演。情報解禁されたときから行きたい! と主催者先行予約の発売日時をチェックしていたら、購入時に座席指定が可能で、最前列を押さえられたのだ。
もうひとつは、前田美波里が今尚、語り継がれる往年の歌姫かつ名女優を演じる『The show!「マレーネ・ディートリヒ」』。こちらは、ふたり舞台の相手役として前田美波里に指名された福田悠太が所属するアイドルグループふぉ~ゆ~のファンクラブ先行予約で入手した完全に運でしかない結果。
前者の会場は、最近ミュージカルの聖地と呼ばれもしている池袋の東京建物Brillia HALLで、客席は三層構成のキャパシティ1248席。後者は約三年前、有楽町マリオン別館の7階に誕生したI’M A SHOW(アイマショウ)で、こちらはワンフロアの398席。その最前列! 夢にまで見た最前列!
嬉しくて嬉しくて、興奮しすぎて頭がクラクラし、あ、これちょっと血圧がヤバいのでは? とうっすら不安になるレベルで舞い上がっていた。
とにもかくにも、最前列はすごかった。マイクにのらない声も聞こえる。息遣いも感じる。振動が伝わってくる。つけ睫毛のダマ感も肌のニキビも虫刺されの痕まで見える。じっと見ていたら目線を合わせてくれもした。間に人がいないから、気配が伝わってしまうのだ(たぶん)。
そして今。私の最前熱はすっかり冷めた。憑きものが落ちたのかもしれない。観て「しまった」というこの感じを、いつか一万字で語りたい。
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推し活における大事な基本姿勢のひとつに、「他人の好きを否定しない」という難題がある。これが実に厄介で、うっかり安易に「私はそうは思わない」と表明したばっかりに険悪になったオタモダチ問題は枚挙にいとまがない。曖昧に受け流しているうちに、いつの間にか巧くやられてしまうあの悔しさに立ち向かう、有効な毒の使用法が身につく技術本!
「小説幻冬」2025年11月号
だらしなオタヲタ見聞録

20年以上、毎日300~500歩程度しか歩いていなかった超絶インドアだらしな生活だったのに、突然フッ軽オタ道を走り出したこの数年。もう「いつかそのうち」なんて言ってられん! 見たいものは見ておきたい! 寄る年波を乗り越えて、進め! ヨタヨタオタヲタ見聞録。
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