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竹富島に移住して見つけた人生で大切なこと

2025.11.12 公開 ポスト

ヒヌカンと床の間の神様を拝む 竹富島の家に息づく朝のおつとめ三砂ちづる

定年前に大学を退職、65歳で竹富島に八重山の伝統建築の家を建てて移住した三砂ちづるさん。毎朝、ヒヌカン(火の神様)と床の間の神様に手を合わせるのは、朝の大事なおつとめです。島での暮らしを綴った『竹富島に移住して見つけた人生で大切なこと』から一部抜粋でお届けします。

*   *   *

掃除を終えた家で、神様ごと、仏様ごと、をする。いわゆる朝のおつとめである。竹富の家にはヒヌカンと沖縄で呼ばれている火の神様が台所にあり、床の間の神様が床の間にあり、さらに仏壇は東京から持ってきてはいないのだが、仏壇たるべき位置(二番座)に、ライトとリンと写真を置いて、亡き人たちに手を合わせる場にしている。ヒヌカンは沖縄の各住宅で日々大切にされており、一家の主婦、つまりはその家の女が祈る役割を担う。竹富に家を建てた時は、沖縄の40年来の友人が「ヒヌカンセット」と「ビンシー」をプレゼントしてくれた。

沖縄のヒヌカンの祭壇は、台所の火の元の上のあたりに置くのだが、昨今の台所はいわゆるシステムキッチンなので、ヒヌカンを置く場所も考慮が必要で、皆さんいろいろ考えておられるようだ。

火の神様ヒヌカンの祭壇。システムキッチンにマグネットで取り付けました

我が家のシステムキッチンはタカラスタンダードさんのもので、ここの良いところは壁面や引き出しの中など、すべてマグネットがつくようにできていて、なんでもぶら下げたり、棚をつけたりできる。ヒヌカンセットをプレゼントしてくれた友人は、この棚まで揃えるのが自分の仕事、と、あちこちに行ったりネットで探したりして、ヒヌカンをまつるのにふさわしい棚を探して、ついに見つけたのがKING JIMさんの作っておられるマグトレーと呼ばれるしっかりした小ぶりの棚で、なんと3キロくらいのものが置けるのだという。その上に、彼女のプレゼントしてくれたヒヌカン一式を置く。

ヒヌカンの中心となるのはもちろん、香炉である。沖縄ではこの香炉を家で代々伝えていき、分家する時は香炉の灰をいただいたりするそうだ。香炉の灰自体についてはお家によってさまざまに言い伝えがあるのだが、信心深い友人は周囲の方や竹富のツカサにまで聞いてくださって、この家は、私が建て、私がいわば、この家の初代となるのであるから、香炉は私がたてたので良い、灰は仏壇屋等で、香炉の灰、ということで、買えば良い(そしてツカサに神様を迎え入れてもらったので良い)、という結論に達した。

香炉、花活け、マース(塩)の皿、マースを円錐状に盛るための容器、お水、お酒、お米を入れる入れ物、などを揃えてもらった。彼女は沖縄本島の人なので、いろいろ違うところがあるようで、竹富のツカサの初子さん(我が家の斜め向かい新田荘の女将(おかみ)でもある)に聞きながら揃えていった。ヒヌカンの一式はすべて白い陶器でできており、沖縄本島ではお酒を入れるのも白い陶器なのだが、竹富ではガラスの入れ物を使う、と聞き、こちらは石垣で購入してくれた。

ヒヌカンの花活けに、沖縄本島ではクロトンかチャーギを供えるのは友人たちの家を訪ねていたので知っていた。クロトンとはヘンヨウボクという和名らしい。深いグリーンと薄いグリーンが混じったような色の葉をしていて、沖縄ではどこでも育つ。チャーギはイヌマキである。細い葉っぱがたくさん出ていて、これも沖縄ではどこでも見かける。なぜ、クロトンかチャーギなの、と尋ねると、答えはいつも、どこにでもあるからじゃないのかしら……であった。

竹富ではヒヌカンには、クロトンでもチャーギでもなく、サカキを供える。サカキはチャーギほどどこにでもあるわけではなく、結構探さなければならないし、探し当てても、結構虫に食われたりしていて、いただくにふさわしい一枝を探すのがちょっと難しい。さらに、ここのサカキは私が東京の家の神棚に供えるために、猫額サイズの庭に植えていたサカキとはどうも種類が違うようで、私はまだうまく探し当てることができなくて、島の方に助けてもらっている。

東京で植えていたサカキは緑の色も濃く、すごくしっかりしていて、お供えしていても水を替えていれば結構何カ月も持った(それでいいのかどうかわからないが、家庭でのことなので、サカキが元気なら、そのまま水を替えていた)。こちらのサカキは確かに葉っぱの形は似ているが、もっと黄緑っぽくて、しなやかな葉であり、亜熱帯であることもあり、そんなに長持ちはしない。植物として違うものなのか、と思うが、この疑問はまだ解決されていない。

ともあれ、友人はヒヌカン一式を揃えてくれた。「ヒヌカンセット」と「ビンシー」をプレゼントしてくれたのだが、ビンシーとは、御願(ウガン)に使うお酒、お米、塩、線香、蝋燭(ろうそく)などの入った木の箱である。そもそもビンシーはお供えそのものを指す、という説もあるようだが、今ではビンシーはその箱のことであり、大変パーソナルな持ち物で、沖縄では女性の持ち物である。沖縄では、屋敷の神様をはじめとする外回りのあちこちで御願を行う時にビンシーを使うという。八重山ではみんなが持っているわけではないね、と言われたが、おかげ様で大変便利に使わせてもらっている。

床の間には神様をお祀りしています

彼女はヒヌカンのしつらえと共に、床の間の神様をまつるのに必要なものもプレゼントしてくれた。こちらは、香炉、蝋燭立て、また、塩、お米、お水、お酒、を入れるもの、である。床の間の神様は家の主である男が拝むものであるらしいが、一人で引っ越してきて、一人の家なので、私が拝ませてもらっている。こちらの香炉は、またツカサの初子さんに伺って、竹富の海の白い砂を敷き、その上から灰を重ねた。蝋燭立ては、友人が嫁ぎ先の石垣のお家にあって使わなくなっている、という立派なものをいただいた。

ヒヌカンも床の間の神様も、旧暦の1日と15日に蝋燭を立て、線香をあげて拝んでいる。ヒヌカンの拝みは、初子さんに竹富口(テードゥンムニ、という竹富方言)のニガイフチ(願いの言葉)を教えてもらって、やっている。線香というのは本土の線香とは異なり、ヒラウコーと呼ばれる黒くて6本ずつくっついた平たいお線香である。1日と15日の拝みには、6本ずつのものを二つと半分に割った3本、つまり15本を使う。でんぷんを主原料として作られているといい、線香と言ってもいわゆる「香」の匂いはない。1日と15日以外は、毎朝、サカキの水と、お水を替えて、手を合わせている。

大体、以上のことを、時折順番が変わったりするが、毎朝やっている。こういう生活がしたかった、と毎朝感謝しながら、ここから朝食を用意するのである。

その後は体のトレーニングをしたり、来客に対応したり、もうちょっと仕事をしたり、あれこれ起こってくることに任せながら、島の一日を過ごしているのである。

自宅のグック(石垣)。ピーヤシ(島こしょう)が収穫できます

 

関連書籍

三砂ちづる『竹富島に移住して見つけた人生で大切なこと』

著者は勤めていた大学を定年前に退職し竹富島に移住、赤瓦で平屋造りという伝統家屋の家を建て、65歳にして初めての一人暮らしを始めます。 人口330人、娯楽施設はもちろん、買い物ができる店もない「不便」な島。ですが、年間25もの祭事・行事がある島での暮らしは、つねに神様とともにあり、島の人たちとの深い人間関係にも守られています。 伝統家屋の家に暮らすということ、祭り、食、人々との交わり……。島で暮らすことの喜びとともに目覚め、喜びのうちに眠りに就く、移住最初の1年を綴りました。写真多数。

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竹富島に移住して見つけた人生で大切なこと

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三砂ちづる

1958年山口県生まれ。兵暉県西宮市で育つ。京都薬科大学、琉球大学大学院卒業。ロンドン大学Ph.D.。文筆家。津田塾大学名誉教授。2024年4月より八重山で女性民俗文化研究所を主宰。『オニバパ化する女たち』『頭上運搬を追って』(ともに光文社新書)、『死にゆく人のかたわらで』(幻冬舎)、『六〇代は、きものに誘われて』(亜紀書房)など著書多数。

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