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アメリカが壊れる!

2025.11.13 公開 ポスト

トランプ再政権が壊す「アメリカの繁栄の方程式」 赤字こそ豊かさの証だった!?野口悠紀雄

なぜ世界最強の民主主義国家、アメリカは、権力の暴走を止められないのか?
その制度崩壊は、同盟国・日本の経済と安全保障にどのような打撃をもたらすのか?

経済学者・野口悠紀雄さんが、アメリカの現実と日本の危機を鋭く読み解いた、幻冬舎新書『アメリカが壊れる!』。本書より、一部を抜粋してお届けします。

*   *   *

貿易赤字は、国にとっての損失ではない

先に述べたように、トランプ関税は、日本経済に大きな打撃を与える。しかし、それによってアメリカが利益を受けるかといえば、そんなことはない。

実は、アメリカ自身が大きな損失を被るのだ。なぜそうしたことになるのかを、本節と次節で説明する。

第1章の2で述べたように、トランプ経済政策の基本的な考えは「対外赤字(経常収支赤字、あるいは貿易赤字)は、アメリカにとっての損失である」ということだ。

そこで、赤字を縮小させるために、外国からの輸入に関税をかけて輸入を減らし(できればゼロとし)、その分を国内で生産しようとしている。

しかし、この考えは間違いである。事態は全く逆であって、対外赤字を継続できるのは、アメリカにとって望ましいことなのだ。これが正しいことを理解するには、つぎの関係から出発するのが分かりやすい。

 

(1)国内総生産+輸入=国内総支出+輸出

 

(1)式の上半分は、一国の経済活動を供給面から捉えたものだ。「国内総生産」とは、国内のさまざまな産業で生産される付加価値の合計額と資本減耗引当(減価償却費)の和だ。国内総支出と輸出は需要である。「国内総支出」とは、家計消費支出、住宅投資、企業設備投資、政府支出などである。

(1)式は、国内で生産される付加価値と輸入によって、国内の支出と輸出が可能になることを示している。この関係は、一定の期間の事後的な関係式として、つねに成り立つ。

では、国民生活の豊かさは、どの変数によって最もよく表されるだろうか? それは、国民一人あたりの国内総支出だ。国民生活は、家計消費支出や住宅投資などの支出が多いほど豊かになるからだ。したがって、人口が一定であれば、国内総支出が多いほど国民は豊かであると考えられる。

ところで、(1)式を変形すると、次式になる。

 

(2)国内総支出=国内総生産+経常収支赤字

 

だから、国内総生産が一定であれば、経常収支赤字が大きいほど国内総支出が大きくなり、したがって国民は豊かであると考えることができる。経常収支赤字が大きければ、国内で生産した以上に消費や投資ができるのだから、当然のことだ。

経常収支赤字は継続できるか?

ただし、問題は、経常収支赤字を継続的に続けることができるかどうかである。

国際収支において、つぎの関係がある。

 

(3)経常収支の赤字=金融収支の黒字

 

ここで、

経常収支=貿易収支+サービス収支

金融収支=海外資産からの収益+対外借り入れの増加+海外資産の取り崩し

である。

 

経常収支赤字が続き、しかも海外資産からの収益だけでそれをまかなうことができないとすれば、海外からの借り入れを増やすか、海外資産を取り崩すしかない。

しかし、そのような国に投資するのは極めて危険なことだ。対外負債が累増して、それを返済することができない事態に陥る可能性が高いからだ。

したがって、赤字をいつまでも続けることはできない。経常収支の赤字とは、極端にいえば、「働かないで食べていける」ということだ。そんなうまい状態をいつまでも続けられないのは、当然と言えば当然のことである。

この意味で言えば、経常収支の赤字は望ましくない。そして、さまざまな手段を用いて黒字化を達成すべきだということになる。

アメリカに対する信頼があるから、アメリカは赤字を続けられる

ところが、アメリカの場合には、経常収支の赤字が継続しているのである。なぜ継続できるかといえば、アメリカに対する投資が継続しているからだ。

これは「アメリカのドルが基軸通貨であるためだ」と説明されることがある。そのため、アメリカ以外の国の政府や中央銀行は、国際的な支払い手段としてドルを保有する必要があり、そのためにアメリカ国債の保有を増やし続けるというのである。第1章の7で見たミラン氏の論文も、そうした考えを述べている。

しかし、これは表面的な理解だ。

問題は、「なぜドルが国際的な基軸通貨として認められているか?」である。その理由は、アメリカに対する信頼があるからだ。それは、具体的にはつぎのようなものだ。

一人の独裁者に権力が集中してしまうことがないように、三権分立が機能している。そして、中央銀行の独立性が保障されている。このような制度的な仕組みによって、バランスのある安定した政策が実行される。

そして、自由な研究活動が認められるので、能力のある人々が世界中から集まってくる。基礎的な研究開発に資源が投入され、新しい技術が開発される。これによって、新しい経済活動が起こる。そして、経済成長を持続できる。

それに加えて、軍事的・地政学的な優位性を保持している。このため、ドル資産を保有してもデフォルトの危険は少なく、将来、十分なリターンを伴って回収できると確信できる。

このような要因が重なり、ドルは基軸通貨としての地位を維持している。そして、この地位こそが、アメリカが経常収支の赤字を継続できる根本的な理由なのだ。

つまり、基本にあるのは、アメリカ経済が決して破綻せず、将来にわたって成長を続けるという信頼だ。

アメリカの経常収支は、恒常的に赤字

「アメリカの経常収支赤字は継続可能か?」という問題は、しばしば議論の対象となった。しかし、現実にはアメリカの経常収支は、1980年代以降は、基本的に恒常的な赤字で推移している。これは、前項で述べた説明が正しいことを実証している(注)。

アメリカの仕組みは、これまで世界中から揺るぎない信頼を獲得してきた。アメリカへの投資は、単に高い収益が期待できるという理由だけでなく、法的安定性と透明性が確保されていることから、債務不履行のリスクが極めて低いと見なされてきた。

この信頼は長年にわたって裏切られることなく維持され、その結果、アメリカは経常収支赤字を抱えながらも、繁栄を享受し続けることができたのである。

この仕組みは、いわば「アメリカが世界経済の信用創造の中心であり続ける」という構造そのものであり、基軸通貨ドル体制を支える根幹でもある。

(注)これに関して「アメリカの経常収支赤字は一定だったわけでなく、拡大しているから問題だ」とする議論がある。この問題は本章の4で論じることとする。

トランプ経済政策のどこが問題なのか?

しかし、トランプ大統領は、この最も重要な制度的枠組みを根底から揺るがす政策を打ち出している。

第一に、自由貿易の原則を踏みにじり、貿易相手国に対して恣意的で高圧的な関税を課すことで、国際的な経済秩序を混乱させている。このため、アメリカは「信頼できる経済パートナー」という立場を自ら傷つけている。

第二に、国内政策においては、基礎科学や大学の研究資金を削減し、長期的なイノベーションの土台を崩そうとしている(第6章を参照)。

科学技術への投資こそがアメリカの競争力の核心であり、AIやバイオテクノロジーなどの成長分野は、こうした持続的な基礎研究から生まれてきた。これを破壊することは、国家の成長エンジンを停止させるに等しい。

要するに、トランプ政権の政策は、アメリカが長年築き上げてきた「繁栄の基本メカニズム」を根底から破壊しつつあるのだ。それは、国の根幹を揺るがす事態と言わざるを得ない。

制度に対する信頼が崩れたとき何が起こるか?

アメリカの制度に対する信頼がもし揺らげば、外国の投資家はこれまでのようにドル資産を安心して保有できなくなるだろう。信認低下の兆候はすでに表れており、2025年4月以降、外国人投資家による米国債の売却が顕著になっている。

米国債の売却が進めば、その価格は下落し、金利は上昇する。この動きは、市場からの警告であり、「アメリカは、今後も経常収支赤字を続けられるのか?」という根源的な疑問を突きつけるものだ。

仮に基軸通貨国としての信認が損なわれれば、アメリカ経済はこれまで享受してきた「赤字の継続可能性」という特権を失うことになる。それは、財政・金融の両面で深刻な負担を強いられることを意味するだろう。

*   *   *

この続きは、幻冬舎新書『アメリカが壊れる!』でお楽しみください。

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野口悠紀雄

1940年、東京に生まれる。63年、東京大学工学部卒業。64年、大蔵省入省。72年、エール大学Ph.D.(経済学博士号)。一橋大学教授、東京大学教授(先端経済工学研究センター長)、スタンフォード大学客員教授、早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授などを経て、一橋大学名誉教授。専攻は日本経済論。近著に『日本が先進国から脱落する日』(プレジデント社、岡倉天心賞)、『2040年の日本』(幻冬舎新書)、『超「超」勉強法』(プレジデント社)、『日銀の責任』(PHP新書)、『プア・ジャパン』(朝日新書)ほか多数。

・Twitter @yukionoguchi10
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