突然だが、書店さんのなかには、こちらが恐縮してしまうくらい応援してくれるお店がある。著書のコーナーを常設してくださったり、サイン本やポップを置いてくださったり、イベントをやらせてもらったり……と、デビュー以来たくさんの書店さんのお世話になってきた。
岩井にとっては、谷島屋さんもその一つである。静岡県内で21店舗を展開する谷島屋さんは、静岡の方なら一度は足を運んだことがあるはずだ。
初めて谷島屋浜松本店を訪問したのは、2年前のこと。初対面の岩井を熱く歓迎してくださり、たくさん(本当にたくさん)のサイン本を作らせてもらった。お店の方からは、岩井に限らず「作家を応援したい!」という熱量がひしひしと伝わってくる。その熱意が深く印象に残っていたため、また必ず訪問したいと思っていた。
チャンスが巡ってきたのは、この秋。
新刊『サバイブ!』(祥伝社)の刊行にあわせた書店挨拶で、静岡県内の書店さんを訪れるスケジュールを組んでもらった。そのなかにはもちろん、谷島屋浜松本店さんも含まれている。2年数か月ぶりの再訪だ。
どうせ訪問するなら、谷島屋さんの魅力発信につながるようなことをしたい。というわけで、「あなたの書店で1万円使わせてください」の取材にもご協力いただけないか、とお願いしたところ、快く了承していただいた。
実のところ、じっくり店内を見て回るのは私も今回が初。ワクワクしながら、取材当日を待った。
* * *
新幹線ひかりを浜松駅で降りたのは、9月某日。谷島屋浜松本店は、浜松駅直結の駅ビル・メイワンの8階にある。エスカレーターでも上がれるが、エレベーターで一気に上昇した。
お店の皆さんにご挨拶してから、さっそく担当編集者氏と店内に繰り出す。
本企画のルールは「(できるだけ)1万円プラスマイナス千円の範囲内で購入する」という一点のみ。さっそく自腹(ここ重要)の1万円を準備して、買い物スタート。
まず気付いたのは、店内のいたる場所に積まれている『地球の歩き方 J24 静岡 2026~2027』(Gakken)。『地球の歩き方』の国内版はこのところ続々と刊行されているが、静岡は初めて。全35市町を完全網羅したガイドとなっている。
売れ筋のラインナップに並んで、角田光代『曾根崎心中』(リトルモア)が陳列されているのを発見。前々から気になっていた本だが、実物に触れるのは初めて。
季節柄か、手帳も目立つ場所に展開されていた。来年の手帳、買いましたか?
本屋大賞受賞作『カフネ』は、正和堂書店とコラボしたブックカバー&しおり付き。うーむ、これは欲しくなる。
平積みされた本を眺めていると、ふと「静岡書店大賞受賞!!」の帯が視界に飛びこんでくる。岡田真理『ぬくもりの旋律』(河出書房新社)である。
静岡書店大賞は、静岡県内の書店員・図書館員の投票によって決められる賞。『ぬくもりの旋律』は第12回の受賞作で、こちらのお店に限らず、県内の書店では広く展開されているようだ。
本作は、岡田さんにとってのデビュー作とのこと。デビュー作には作家のすべてが詰まっていると言われるが、その作品で静岡の皆さんから高い評価を得られたことは、著者の才能の証なのかもしれない。温かみのあるブックデザインも、興味を引かれる。
せっかく静岡の書店に来たのだから、静岡ならではの本を選びたい……というわけで、静岡書店大賞受賞作の『ぬくもりの旋律』を今日の1冊目に選んだ。
続いて、ビジネス書のコーナーへ。
棚には、『軽自動車を作った男 知られざる評伝 鈴木修』の大きなポスターが掲示されていた。鈴木修といえば、スズキ株式会社の元社長兼会長であり、同社を世界的な自動車メーカーに育て上げた経営者である。(スズキの本社は浜松市)
そちらも気になるが、平積みされている『経営者になるためのノート』に目が留まる。著者は、ファーストリテイリング社長の柳井正。いったいどんな本なのだろう。
この本は「自分で完成させていくノート」というコンセプトで、欄外にたっぷりと余白が取られている。どうやら、読みながら書き込みを入れるためのスペースのようだ。なるほど。初版は2015年というから、10年もの間、売れ続けているようだ。
近くには、『会社四季報 業界地図』も。
この辺りを歩いていてふと気になったのが、川添愛『パンチラインの言語学』(朝日新聞出版)。
川添愛さんといえば、『言語学バーリ・トゥード』などの著作で知られる言語学者である。そんな川添さんが、さまざまな名作に登場する「名台詞=パンチライン」に着目、解説するのが本書のようだ。
前々から川添さんの本は気になっていたものの、まだ手を出せていなかった。気負いなく読めそうな雰囲気もあるため、言語学の入門編としてもちょうどよさそうだ。というわけで、2冊目はこちらに決定。
建築や科学の棚は、自ら光るようになっている。なんだか近未来感がある。
暗黒通信団というサークルの本も置かれていた。『素数表150000個』に『M136279841』……数学に関する本だろう、ということはわかる。
エクセルシオールカフェが併設されているため、買った本をすぐに読むことも可能。
ミシマ社の本が並んでいる棚を発見。表紙に惹かれて手に取ったのは、くどうれいん『桃を煮るひと』(ミシマ社)。
どうやら、デビュー作『わたしを空腹にしないほうがいい』に続く、著者の食エッセイ集第2弾のようだ。くどうさんのエッセイの面白さはかねてから知っているものの、単著を購入したことはなかった。
ここで出会ったのもご縁。こちらも購入することに。
壁沿いに歩くと、最初にいた辺りの場所へ戻ってきた。
コミックスのコーナーでは、映画化した魚豊『ひゃくえむ。新装版』上下(講談社)が展開されていた。これも前から気になっていた本。
買いたい。が、上下で合わせて2,600円くらいする。1万円のうちの2,600円はなかなかだ。
いったん保留にして、別の棚を見ることに。
店内では、海外の雑誌も販売されていた。各誌の表紙に写っている男女は、タイの俳優のようだ。
雑貨の取り扱いも豊富。
新潮文庫の「三島由紀夫生誕100周年記念グッズ」などの他、浜松発の製品も展開されている。
学習参考書の棚には、小学館の『図鑑NEO』シリーズの立体折り紙が。一つずつ、綺麗に作られたものが展示されていた。
児童書のコーナーには人気の本だけでなく、「かがくの絵本」といった特集も。
定番の、朝ドラ・大河ドラマ関連本コーナーもしっかり展開。
さっき見かけた『地球の歩き方』が、文字通り「山」と積まれているのを発見。どうも「富士山積み」と呼ばれているらしい。静岡だけに。
店内を見るのが楽しくて、買うほうをすっかり忘れていた。まだ予算は残っている。
棚をざっと眺めていて、「これは」と思ったのが五条紀夫『殺人事件に巻き込まれて走っている場合ではないメロス』(角川文庫)。
この本は、前に書店員さんからも勧められたことがあった。タイトル通り、「走れメロス」が下敷きになっているのだが、独自のユーモアミステリーを得意とする五条節が炸裂しているようだ。
登場人物の名前だけでも面白い。婿は「ムコス」。目撃者は「ミタンデス」。被害者は「ダボクデシス」……めちゃくちゃ覚えやすい。
発売以後、重版を重ねている話題の本書。やはりここで買っておくべきだろう。
文庫コーナーでも、正和堂書店さんとのコラボが。こちらはPHP文芸文庫とのコラボ企画で、飲料缶を模したブックカバーになっているようだ。
引き続き、文庫の棚を散策。
ほとんど反射的に手が伸びたのが、沢木耕太郎『天路の旅人』上下(新潮文庫)。
沢木作品はかなり読んでいるのだが、本書は未読。上巻に記載されたあらすじはこうである。
〈この希有な旅人のことをどうしても書きたい──。第二次世界大戦末期、敵国の中国大陸奥地まで密偵として潜入した若き日本人がいた。名は西川一三。未知なる世界への好奇心に突き動かされた男は、極寒の雪道、延々と続く砂漠、幾重もの峠、匪賊の襲撃や飢えを乗り越え、八年に亘り中国北部からインドまで果てしなく長い路を歩み続けた。二十五年の歳月を経て結実した超大型ノンフィクション。〉
うわー! 読まないと!
あらすじだけで、傑作であることは約束されているようなもの。買います。
ここまでで7冊。そろそろ残金が怪しくなってきた。
思い出したのが、一度は保留した『ひゃくえむ』である。いったん戻る。
買ったらオーバーする気もするし、でもちょうど1万円くらいのような気もするし……悩ましい……どうすれば……。
さんざん悩んだ結果、
魚豊さんの話題作となれば、やはりスルーはできない。ここは1万円に収まる可能性に賭けてみよう。
買い物は終了したが、最後に文芸の棚を見ていくことに。
近年、文芸単行本の棚は縮小傾向にあるようだが、こちらのお店では逆に拡大しているという。小説家としては実に心強い。棚差しの本でも、複数冊揃っているタイトルが少なくない。サイン本も充実している。
さあ、いよいよお会計である。最後に分厚い『ひゃくえむ』2冊を入れたのが、吉と出るか凶と出るか。
合計金額は、こちら。
296円オーバー。ほぼピッタリである。奇跡的に、『ひゃくえむ』購入が功を奏した。直感には従うものである。
店内を巡りながら感じたのは、「作り手を応援したい!」という熱い気持ちだ。ここでいう作り手というのは、作家や出版社だけでなく、雑貨などのものづくりの作り手も含んでいる。
どんなに優れた作り手(書き手)であっても、お客様に届ける場がなければ、作品を多くの方に楽しんでもらうことはできない。言うまでもなく、書店は本を届けるにあたって最も重要な場である。そしてこちらのお店は徹頭徹尾、エネルギー溢れる場づくりに尽力されている。その様子は、写真を見ていただいても感じ取れると思う。
谷島屋浜松本店さんは、比類なき場づくりのプロフェッショナル――いわば、作り手にとっては最も頼りになる「届け手」なのだ。
浜松周辺に足を運ぶ機会があれば、ぜひ、そのエネルギーをじかに感じていただきたい。
それでは、次回また!
【今回買った本】
・岡田真理『ぬくもりの旋律』(河出書房新社)
・川添愛『パンチラインの言語学』(朝日新聞出版)
・くどうれいん『桃を煮るひと』(ミシマ社)
・五条紀夫『殺人事件に巻き込まれて走っている場合ではないメロス』(角川文庫)
・沢木耕太郎『天路の旅人』上下(新潮文庫)
・魚豊『ひゃくえむ。新装版』上下(講談社)
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文豪未満

デビューしてから4年経った2022年夏。私は10年勤めた会社を辞めて専業作家になっ(てしまっ)た。妻も子どももいる。死に物狂いで書き続けるしかない。
そんな一作家が、七転八倒の日々の中で(願わくば)成長していくさまをお届けできればと思う。
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