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書くこと読むこと

2025.11.01 公開 ポスト

加藤千恵さん『今日もスープを用意して』:どんな傷だって、痛がっていいと思うので。瀧井朝世

「書くこと読むこと」は、ライターの瀧井朝世さんが、今注目の作家さんに、「書くこと=新刊について」と「読むこと=好きな本の印象的なフレーズについて」の二つをおうかがいする連載です。

今回は、新刊『今日もスープを用意して』を刊行された、加藤千恵さんにお話をおうかがいしました。

小説幻冬2025年11月号より転載)

 

 

*   *   *

加藤千恵:歌人、小説家。高校時代に出版した短歌集『ハッピーアイスクリーム』が話題に。著作に『そして旅にいる』『マッチング!』など。

「今までに書いた小説のなかで、いちばん長いものになりました」

という加藤千恵さんの最新長篇『今日もスープを用意して』は、気ままな母親に振り回されながら育っていく少女の成長物語だ。

「以前から親子関係に興味がありました。特に母と娘は、周囲にすごく仲がいい親子もいれば、親と縁を切った子もいて、いろいろ考えるところがあったんです」

執筆にあたって最初に浮かんだのは、自由奔放な母親像だった。

「母親になると何かを諦めたり妥協したりする必要も出てくるものだと思いますが、そういうことを気にしない人です。子どもの育て方が分からないというのもあるし、子どもファーストでなく自分ファーストな人ですね」

恋人を替えては相手の家に居候し、住まいを転々としている芙美子。そんな彼女の娘、本条望の、六歳から大人になるまでのエピソードが、望の視点から数年おきに描かれていく。

「芙美子と対になる人を考えた時に、自分の意見をあまり主張しない娘が浮かびました」

芙美子は子どもの育て方が分からずにいる様子。唯一こだわったのは、食事のたびにスープを出すこと。それはいつしか望自身の習慣にもなっていく。

「親に反発をおぼえていても、気づかないうちに自分の家の習慣が身についていることってありますよね。この家の場合、スープがそのひとつだったんです」

しかし芙美子は望を振り回し、深く傷つけることもある。虐待とまではいえず、望の痛みは周囲に伝わりにくい。

「たとえばSNSを見ていても、傷ついている人に対して、自分のほうがもっと傷ついているからそれくらい我慢しろ、みたいに言う風潮がしんどくて。他人にはささくれに見えても本人はすごく痛いことだってある。どんな傷だって、痛がっていいと思うので、そこは書きたかった」

じつは連載時は、母と娘の二視点を交互に出していたという。

「でも書いていくうちに、芙美子の奔放さや親子関係の奇妙さは、第三者の目を通したほうが伝わる気がして。そこからすごく修正したので、ほぼ書き下ろしとなりました(苦笑)」

本作では望視点の章の間に、保育園の先生や同級生の母親など、年代ごとに彼女のそばにいた第三者の視点が挟まれていく。

「第三者たちの見方が一元的にならないように気を付けました。望に善意を向ける人もいますが、優しさとか正しさって、どこかゆがんでいたり、独りよがりだったりすると感じていて。そうしたことも書きたかった」

というように、大人になった望が、芙美子と縁を切るよう言ってくる相手に反発する場面がある。

「あそこは肝になる部分ですね。私も望が友達だったら『今すぐ家を出なよ』と言うと思うんですけれど、それでも、彼女自身のなかにこの母娘関係を自分で選んだ気持ちがあればいいなという、願いみたいなものがありました」

やがて望はある決断を下す。そして、親子関係も大きく変化を遂げていく──。

「私は正直、ひどい親と絶縁できる人はしたほうがいいと思っているんです。だから、この母娘については、こういうパターンもあるのか、というひとつの例だと思ってもらえたら」

好きな本に選んだのは枡野浩一さんの『毎日のように手紙は来るけれどあなた以外の人からである 枡野浩一全短歌集』から。

書くことは呼吸だだからいつだってただただ呼吸困難だった

――『毎日のように手紙は来るけれどあなた以外の人からである 枡野浩一全短歌集』枡野浩一著(左右社)より

「この歌は、中学生の時に別の単行本で初めて読みました。その時からずっと、枡野さんの歌はおまじないみたいな感じで心の中にあります。私は小学生の時から書くことが好きでしたが、いまだに書き方が分からなくて苦しい時があるし、でも書かないでいても苦しくなる。書いても書かなくても苦しいという矛盾した気持ちを、枡野さんの短歌は見事に表してくれている。書くことに限らず、好きなことをやっていて、だからこそ苦しい時もあるけれどやらずにはいられない、ということはいろんな状況であると思うし」

“呼吸困難”になりつつも、今後もいろんな親子関係について書いていきたい、と加藤さん。

「これが正解という形は絶対にないので、いろんなパターンがあることを綴っていけたら。作家ができることって、“こうしましょう”という提案ではなく、“こういうパターンもありますよ”という提示を続けていくことじゃないかと思うんです。多様性の提示というか。その中で、私の小説もどなたかに伝わり、変化のきっかけになったりしたなら嬉しいなあって思っています」

加藤千恵『今日もスープを用意して』ポプラ社/1980円(税込)

美しく気ままな芙美子を母に持つ望。父親はおらず、望は幼い頃から一人で起きて食事をとり、保育園に行くことも。時に迷惑をかけられ、時にその言動で傷つけてくる母との関係に葛藤や諦念を抱きながら、やがて望が自らの意志で選び取る道は――。

取材・文/瀧井朝世、撮影/米玉利朋子(G.P.FLAG)  

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書くこと読むこと

ライターの瀧井朝世さんが、今注目の作家さんに、「書くこと=新刊について」と「読むこと=好きな本の印象的なフレーズについて」の二つをおうかがいする連載です。小説幻冬での人気連載が、幻冬舎plusにも登場です。

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瀧井朝世

フリーライター。多くの雑誌などで作家インタビュー、書評、対談企画などを担当。2009~13年にTBS系「王様のブランチ」ブックコーナーに出演。現在は同コーナーのブレーンを務める。著書に『偏愛読書トライアングル』(新潮社)、『あの人とあの本の話』(小学館)、『ほんのよもやま話 作家対談集』(文藝春秋)など。

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