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あぁ、だから一人はいやなんだ。

2025.10.15 公開 ポスト

第256回 ドラマプランニングいとうあさこ

1年ぶりの山田ジャパン公演「ドラマプランニング」@本多劇場。9日間14公演、無事完走いたしました。以前も一度書きましたが2008年、“楽園”という地下の小さな劇場で旗揚げした山田ジャパン。その隣に大きくそびえたつ本多劇場は憧れ、いや、どこか手に届かないであろう“超”遠い夢、的な、そんな存在でした。旗揚げメンバーはもう座長の山田能龍、羽鳥由記、私の3人しか残っておりませんが、その形を何度も変えながら2021年1月、初めて本多劇場に立った。その感動は特別で、小屋入りだけで泣いてしまった。ただ、この頃はがっつりコロナ禍。まず公演が出来るのか、出来たとしても完走出来るか、完走出来ても誰か発症しないか、千穐楽後1週間くらいまで安心できないような、かなりヒリヒリした中でやっていました。客席も一つ置きでしか座れず。だから本多劇場の、客席含めた“完成形”は今回が初。全て終わった今でも、あの舞台から見た満席のお客様のお顔と拍手のエネルギーを思い出しては胸がいっぱいになるくらい、スペシャルな公演となりました。

今回はドラマ制作の現場が舞台。主人公はtimelesz原嘉孝演じる制作会社の若手プロデューサー青野。彼が惚れ込んだ漫画の映像化で初のチーフを任される。上手く進めてきたはずが顔合わせの日、とんでもないことが起きる。主演俳優・滝田のマネージャー・鏡原麻衣子が「台本最悪」「相手役は格のある女優連れてこい」など怒鳴りちらし、最終的には「このままだとウチの滝田は降ろします」と。更には自分で脚本を書いてきて、それをそのまま入稿しろという、超絶イヤな女。すいません、それが私の役でした。麻衣子は名物マネージャーで過去にも主演を降ろした実績もあるし、なにせパワーバランス的にかなり強いので、みんなヘコヘコ。観ている方からすれば、麻衣子がいなければ全部上手くいくのに、と心から憎々しく思う存在。ただね、麻衣子にも麻衣子の“情熱”がありまして。もちろんやり方や言い方はどうにかしろや、とは思いますが。元々はテレビドラマが大好きで、その愛はもう計り知れない。そして自分の担当する役者の価値を高める為に一生懸命戦っている、と、むしろ自分では正義だと思って行動している人。

私考えたんですけど、そんなわけで麻衣子が絶対的な悪でしたが、東京ダイナマイト松田さん演じるテレビ局のエグゼクティブ・植村にも罪あるな、って。だって麻衣子は最初から原作の“小難しさ”がテレビドラマとしてはよくないから、その方向性を変えるならうちの滝田出しますよ、と植村に言っているんですよ。それを植村は調子いい人なので「ですよね~。原作わかりにくいですよねぇ~。アレンジ前提で!」なんて言って、麻衣子の首を縦に振らせたんです。結果、言っていることと違うから、麻衣子はカンカンなわけで。どうです? そんないい加減な返事をした植村もなかなか罪深くないですか? でもね、そんな植村も最後、キレる。「全方位的にいい顔しなきゃいけない仕事だから、心なんてないよもう。麻痺させました。それが立派なスキルでしょうが!」胸、ギュッとなりました。本当に、それぞれ、なんですよね。それぞれの“正義”だの“情熱”だのがちゃんとあって。それをどの角度から見るかで“善”“悪”も変わる。自分の物差しって何だろう。“常識”とか“普通”ってその人それぞれの感覚なだけで、国が違えば、町が違えば、家が違えば、言ってしまえば人が違えば、同じなわけなくて。わかっちゃいるけどねぇ。わかっちゃいるけど何か自分と合わないと「なんで!?」と憤慨したり悲しくなったり。まだまだ未熟だぜ、自分。

そんな未熟あさこ、今回は各所、ボロボロになりました。

まずは初めて、喉の筋肉痛、に。この麻衣子はスピーディーに怒鳴ったり威圧したり、な人なもので、かなり軽やかな滑舌を必要とするのですが、1年ぶりの公演。口がすっかり重くなっていて。特にダ行に苦戦。そんな話を稽古場でしていると、松田さんがいい練習法があると。それが「アンドロメダ座だぞ」をくり返し言う、というもの。何度言っても「アンドロメダダだぞ」となってしまう。そこから稽古場が「アンドロメダ座だぞ」の嵐に。私だけじゃなく、松田さん、二葉兄弟も加わって「アンドロメダ座だぞ」「アンドロメダダだぞ」を腹から声出して反復練習。後輩たちには恐ろしい何かの呪文のように聞こえて、イヤだったろうなぁ。更に“ダ行 滑舌”で検索すると山ほど滑舌お助け動画がヒット。舌のエクササイズも見つけ、毎日1時間以上舌を動かしまくった。それを数日続けると、ある日、なんか首が痛いなぁ、と。咳する時なんかもう、後頭部でも押さえないとかなり痛む。これはどこか悪いんじゃないか、肩がこりすぎてヤバいんじゃないか、と思っていた。でもある日気づいたんです。あれ? これ、ベロの使い過ぎじゃない? 確かに首が痛くなったのは滑舌訓練を始めてから。痛くなっているのも舌の付け根辺り。そっか、ベロも筋肉か。急にスポ根並みにめちゃくちゃ鍛えさせられて、悲鳴上げていたのね。ごめんね、ベロ。

更に今回は役柄的に相当体力使いまくり。本番真ん中の休演日、とは言え通常運転のお仕事だったのですがその時、急に信じられないほど自分が疲れている事に気づいたんです。そりゃあそうね。ずっと怒鳴りちらしているんだから。仕事の合間に鍼の先生のところに飛び込む。もう駆け込み寺です。それでだいぶ楽になったのですが、もう一押し、元気が足りない。すると通りすがりに洋麺屋五右衛門を発見。本能セレクト。ニンニクたっぷりパスタを注文。身体って素晴らしい。お店から出る頃には自分でもびっくりするほど足取り軽く復活。ただそれがうっかり17時頃だったもので、夜0時過ぎに寝ようとした時、信じられないほど空腹で。お腹空きすぎて眠れない、という恐ろしい目には合いましたが。

本当に全身のエネルギーを要した麻衣子役。終わったらまさかの5キロも痩せておりました。今までそんな事なかった。それでもまだちゃんと丸いんだから私、すごい。ふふ。さて、心の奥にちゃんと“情熱”を持って、今日も頑張ろう。あ、でもそうなると、夜のビールが旨くなる→美味しい秋のツマミでめっちゃ飲む→あっという間に5キロ戻る、だな。

【本日の乾杯】舞台終わってすぐ行ったロケ先・福井にて蟹をいただきました。ちなみに私は途中吸ったりしながらも、基本ミソも含め、綺麗に全て殻から出し切り、手を洗い、お箸でツマミながら飲むタイプです。贅沢タイム。

 

関連書籍

いとうあさこ『あぁ、だから一人はいやなんだ。3』

海への恐怖を感じた、初めての遠泳。4人で襷を繋いだ「24時間駅伝」。お見合い旅inマカオ。“初”キスシーンに、“初”サウナ。ドラクエウォークで初めての高尾山。接続できずに大騒ぎのリモート飲み会。拍子抜けだった大腸検査。ブームに乗って、のんびり「おばキャン」、のつもりが……。いくつになってもあさこの毎日は初めてだらけ。

いとうあさこ『あぁ、だから一人はいやなんだ。2』

セブ旅行で買った、ワガママボディにぴったりのビキニ。いとこ12人が数十年(?)ぶりに全員集合して飲み倒した「いとこ会」。47歳、6年ぶりの引っ越しの、譲れない条件。気づいたら号泣していた「ボヘミアン・ラプソディ」の“胸アツ応援上映”。人間ドックの検査結果の◯◯という一言。ただただ一生懸命生きる“あちこち衰えあさこ”の毎日。

いとうあさこ『あぁ、だから一人はいやなんだ。』

ぎっくり腰で一人倒れていた寒くて痛い夜。いつの間にか母と同じ飲み方をしてる「日本酒ロック」。緊張の海外ロケでの一人トランジット。22歳から10年住んだアパートの大家さんを訪問。20年ぶりに新調した喪服で出席したお葬式。正直者で、我が強くて、気が弱い。そんなあさこの“寂しい”だか“楽しい”だかよくわからないけど、一生懸命な毎日。

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