
漫画の実写化で1番やってはいけないことと言えば「大幅な原作改変」と思うかもしれないが、それ以上のギルティは「原作者の意向無視」である。
メディア化に対する原作者のスタンスは人それぞれであり、積極的に関わる人もいれば完全に任せるし、何だったらメチャクチャにしてやってくれ、という人もいる。
作品を借りる以上原作者の意向は絶対であり、作者がそういうなら責任を持ってメチャクチャにする必要がある。
だがそれが軽視されてしまったせいで、とてもこんなところでは触れられない事件も起こってしまった。
私の漫画のドラマ化決定はその直後だったため、おそらく相当気を使ったのだろう、関係者との顔合わせ、そして作品に対する要望の聞き取りなど、相当時間をかけてもらったのではないかと思われる。
しかし、それだけの気と時間を使った相手が全く自我を持たずにやって来たというのは相手にとっても不幸である。
もちろん「恋愛ドラマにしたり作品の主軸を折るような真似はやめてほしい」などテンプレな意見は言ったと思うが、おそらくそんなことは言わなくてもわかっているはずだ。
むしろ恋愛ドラマがやりたいのに私の漫画を原作に選んだとしたら、その時点でセンスがなさすぎる、もう何を言っても失敗するだろう。
よって、大半が先方の質問に答えていく形となり、主人公の年齢を変更していいか、部屋に個性を出していいか、服がダサすぎるからオシャレにしていいか、などの提案すべてに「別にいいです」と答え、キャストに対して要望はあるかに「俳優の名前が誰一人出てこない」で終わった。
ちなみに質問も大半が「そこまで考えて描いてない」だったのだが、さすがにそれでは「やる気あるのか」と2、3人が退室してしまいそうだったので、その場で考えて答えたが何を言ったかは覚えていない。
ただ「猫をしゃべらせないでくれ」という強い要望をしたのは覚えている。
これはペット番組で犬猫様に、カワイイ声のアテレコで人間に都合の良いセリフをしゃべらせる行為のことを指す。
実際原作でも本編で猫が喋ることはほとんどないのだ。
それだけを伝えて、後日脚本の初稿が送られて来たのだが、驚くべきことに猫が喋っていたのだ。
そしてさらに驚愕することにそれ以外に直すところは1個もなかったである。
原作者の唯一の望みだけが叶えられない、やはり漫画の実写というのは恐ろしい世界だと震撼した。
だがこれは意向を無視したとかではなく、おそらく聞き取り場に脚本の人がいなかったので、単なる伝達ミスと思われる。
もしくは、わざわざ飛行機に乗って「猫をしゃべらすな」だけを伝えに来る奴がいるわけがない、と思われたかだが、多分伝え忘れだろう。
おそらく他の作品でも悪意を持って原作者の意向が無視されることは稀であり、大半が人をたくさん挟むが故の意志疎通不足で起こっているのだろう、これだけ気を使ってもらっても起こるのだから以前は頻発していたに違いない。
すぐに血判状をもって猛抗議を行ったと言いたいところだが、正直言うべきかどうか迷った。
あれだけ自我のなさを見せつけて「任せる」と言った手前、今から口を出すのは憚られたのである。
注文が多い原作者を面倒と見なすような制作は原作つき作品をやるべきではないと思うが、こちらにも面倒な原作者と思われたくないという気持ちがないと言ったら嘘になる。
逆に言えば、原作者も相当勇気をもって意見していると思うので、何か言い出したら声が小さい上に早口で聞き取りにくいと思うが聞いてほしいし、それが伝言途中で消えるとしたら体制を見直してほしい。
結局言えないまま「CVが玄田哲章とかになることを祈るしかない」という覚悟と諦めになってきたのだが、その後何故か何も言わなくても猫が喋らない脚本になっていたので事なきを得た。
それ以外は本当に言うことはなく、出来上がったものも言うことがなかったのだが、これはこっちが何もいわなくても気持ちをわかってくれる、理解のある制作君だったからであり、相当運が良かったと言える。
ちなみにその後、ドラマ制作について脚本家の方の寄稿を読んだのだが、その中で「出版社を通じての原作者の要望は『登場する猫に無理がないようにしてほしい』だった」と書かれていた。
惜しいところまで伝わっているし、何だったらこっちの方が私が人格者みたいになってたりする。
だが、同時に伝達をミスっているのがドラマ制作側ではなく出版社であることも判明した。
猫をしゃべらすなしか言わない原作者に、それすら正確に伝えない出版社を相手によく頑張ってくれたと思う、まだ見ていない人はぜひ見て欲しい、報われて欲しい。
カレー沢薫の廃人日記 ~オタク沼地獄~

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