

下町ホスト#42
夏が終わりに近づき、久々に古びたオレンジ色の実家に帰る。
錆びついた鍵の音をひとつ響かせて、ゆっくりと扉を開けた。
「あら、学校じゃなかった?」
見慣れない洋服を着た祖母が私を出迎えた。
「学校はとっくに辞めちゃったよ 学校行ってるのは弟よ」
「あら、シュンくん?」
「そうだよ 久しぶり」
「なんだかこの間から忘れっぽくてね」
祖母の瞳はどこか虚ろで、不安そうに私を見つめた。
「大丈夫だよ ばあちゃん」
私は青白く血管が浮き出ている手のひらを軽く握り、いつもの椅子に座った。
祖母は常備してある冷たい麦茶を2人分入れる。
「しゅんくん、今日学校は行かなくていいの?」
「うん、行かなくていいんだ」
「そう 行かないのね」
「うん、いいの」
梅雨が明けた辺りから実家の隣で大規模な工事が始まり、日中、騒音と振動が古びたオレンジ色の家を襲う。
当初の説明以上に実家は揺れて、破壊音は丸一日響き渡り、日を追うごとに祖母のご飯の量が少しずつ減っていた。
母親と日々顔の違う業者との荒げたやり取りを宥めるように大丈夫、大丈夫と笑顔を振り撒いていた祖母だが、その笑顔もだんだん薄れ、ついに食事をほとんどとらなくなった。
先月たまたま実家に帰っていた私は、母親と叔母と一緒に、苦しそうな寝息を立てて眠っていた祖母を連れて、かかりつけの小さな病院へゆく。
院内は混雑しておらず、すんなりと診察室へ通された。
幼少期から知っている年老いた医師は、栄養不足を指摘し、ビタミン点滴を提案した。
言われるがまま細い腕に、針を刺す。
点滴が始まってすぐに、祖母の呼吸が止まり、医師達が慌ただしくなる。
怒号が飛び交う現場で、私達は何もできずに、立ち尽くしている。
救急車が到着した頃には、祖母の呼吸はなく、何時何分なんちゃらですと年老いた医師が震えながらそう言った。
「これで終わりなの?」
泣く時間さえ与えてもらえず、私達は救急車へ乗り込んだ。
静まり返った車内で、サイレンの音の隙間から幾つか質問があったが、誰も答える気がなかった。
小さな橋を越えると道が悪く、ガタガタと祖母が揺れる。
また揺れる。更に揺れる。大きく揺れる。
「水をくれるかい?」
凄い量の二酸化炭素を吐きながら、祖母が起きた。
家族も大きく驚き揺れる。
「お名前言えますか?」
救命医が大きな声で祖母に尋ねる
「ヤスです」
「ばあちゃんヤスコでしょ?」
「ヤスです」
母親が涙を流しながら口を開く
「源氏名みたいなものね、ヤスコは」
笑顔が溢れはじめた救急車は変わらぬサイレンを鳴らしながら、もう一つ川を超えてゆく。
『熱風』
RYUICHIに組みしだかれたという君は花弁のようにさらに眠った
友人にねっとり媚びた変態をさっさと流す新宿の水
髪の毛が乾かないから熱風を君の口から出しておくれよ
名を知らぬ女に呼ばれ路地裏で名前を貰い金を支払う
鮮血が滲む木目の片隅に何も知らない稚魚は寝ており

歌舞伎町で待っている君を

歌舞伎町のホストで寿司屋のSHUNが短歌とエッセイで綴る夜の街、夜の生き方。
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