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書くこと読むこと

2025.09.27 公開 ポスト

片島麦子さん『ギプス』:一方から 見たものだけで 書きたくないな と思っています。瀧井朝世

「書くこと読むこと」は、ライターの瀧井朝世さんが、今注目の作家さんに、「書くこと=新刊について」と「読むこと=好きな本の印象的なフレーズについて」の二つをおうかがいする連載です。

今回は、新刊『ギプス』を刊行された、片島麦子さんにお話をおうかがいしました。

(小説幻冬2025年10月号より転載)

 

 

*   *   *

片島麦子:広島県生まれ。2013年『中指の魔法』で作家デビュー。他の著者に『銀杏アパート』『レースの村』『未知生さん』などがある。

片島麦子さんの新作『ギプス』は、一人の女性の、心に沁みる成長物語だ。主人公はブックカフェで働く二十七歳の間宮朔子。ある日、店に来た葛原鳴海という女性から、消えた妹・あさひを一緒に捜してほしいと頼まれる。しかし朔子にとって、中学の同級生だったあさひは、一時期は親しかったものの、今や苦い思い出の相手で……。

「いなくなった人を捜す話を書いてみたかったんです。男の人が妻や恋人を追うパターンはわりと多いので女の人が女の人を追う話にすることにして、一対一よりは二対一のほうがいろんなことが起きると思い、女性二人が一人の女性を捜すことにしました。そこに、前から書いてみたかった、少女同士の友情というものを絡めることにしたんです」

朔子は諦念を抱き、人に抗うことなく生きているような女性だ。

「家族にはそれぞれ独特のルールや決まりがありますが、朔子は家族の中で“ふつう”とされることになじめず疎外感を抱いてきた人。親しくなったあさひとも疎遠になって、“自分は選ばれない側の人間だ”という感覚が大人になっても尾を引いているんだと思います」

中学時代、集団行動が苦手な朔子と、気さくだが群れないタイプのあさひは親しくなる。

「あさひは一人で強く生きていきたい気持ちがある子。みんなと仲良くできるけれど、ここから先は立ち入らせないラインがあるんですよね。ツンケンしていると思われないためにうまくごまかしながら、ラインの中に入らせないように鎧をまとっていた女の子、というイメージです。朔子もあさひも一人でいることが好きだけれど、学生時代って本当に一人きりになるのは辛いですよね。二人とも分かり合える人と一緒にいたいとは思っていて、そこが共鳴しあったんじゃないかなと思います」

なのに疎遠となったのはどうしてなのか。「少女」のパートで綴られる思春期の痛みや辛さがリアル。

現在パートでは、渋々ながらあさひを捜し始めた朔子の行動と心の変化が丁寧に描かれる。

「強引な鳴海とかかわったり、学生時代の友人たちの“今”を生きている様子を知ったり、あさひについて考えるうちに、朔子も新しいことに気づいていく。つまり、朔子自身が自分を捜すような話にもなっていますよね」

朔子の職場での人間関係も印象深い。“若い女の子”である朔子を連れ歩きたがる店長のような迷惑な大人もいれば、なにかとフォローしてくれる若い後輩男性もいる。

「後半に店内で起きる揉め事はあえて書きました。大人が若い人に“人生とはこうだ”と諭すのは嘘っぽい。大人のみっともない姿を見せられたほうが、朔子も“大人でもこんな感じだから、自分ももっと楽にしていいや”と、肩の力が抜けるかなと思って(笑)」

また、終盤には、あさひ側の心情や、彼女の意外な事情も分かる。

「どの小説でも、一方から見たものだけで書きたくないなと思っています。だから、あさひ側が本当はどうだったのか、ということはどこかで入れるつもりでした」

本書のタイトルには、少女たちの心を固定してしまっているもの、という意味合いが見えてくる。

「自分をとらえているギプスを壊していく、ということをイメージしながら書きました。ギプスは朔子にもあさひにもあったし、鳴海さんにも鳴海さんなりのギプスがあったと思っています」

強くなりたいと願っていた少女たちはギプスを壊すことができるのか、人が強くなるとはどういうことなのか。

「やはり人は一人で強くなれるわけではないと思うんです。自分の弱さを認めたうえで、他の人と関わりあいながら自分を作っていくことが、本当の意味での強さに繋がる気がします」

心に強さを蓄えていく過程が丁寧に描かれるからこそ、読者を励ましてくれる物語となっている。

好きな本の印象的なフレーズに選んだのは、湯本香樹実『岸辺の旅』から。死者となった夫と旅をする、生者の妻の物語だ。

「死者は断絶している。生者が断絶しているように」

平たい声で彼は言った。しばらくの間、私は身動きできない。

「それなら」

私は寄りかかるのをやめ、ゆっくりと体を起こした。川の水を見つめて静かに訊ねる。自分の声が、遠くから聞こえる。「死者と生者は、繋がっているの?」

「そうのぞむなら」

『岸辺の旅』湯本香樹実著(文春文庫)より

「『岸辺の旅』は、全体的な情景描写や心象風景の表現が素晴らしすぎて、何度も読み返しています。選んだフレーズでは、死者同士、生者同士よりも、死者と生者のほうが繋がっていると思わせてくれるところにかすかな希望を感じます。私はたぶん、繋がらなそうなもの同士が境界を越えて繋がっていく話が、ものすごく好みなんですよ。自分自身も、ボーダーを越えていくような話を書くのが好きです」

片島麦子『ギプス』KADOKAWA/1980円(税込)

ブックカフェで働く間宮朔子のもとに、ある日葛原鳴海と名乗る女性が現れ、妹のあさひを一緒に捜してほしいと訴える。しかし中学時代の同級生、あさひとはある“裏切り”を機に疎遠になっている。渋々あさひ捜しを手伝う朔子だったが──。

取材・文/瀧井朝世、撮影/〈人物〉冨永智子、〈静物〉米玉利朋子(G.P.FLAG)  

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書くこと読むこと

ライターの瀧井朝世さんが、今注目の作家さんに、「書くこと=新刊について」と「読むこと=好きな本の印象的なフレーズについて」の二つをおうかがいする連載です。小説幻冬での人気連載が、幻冬舎plusにも登場です。

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瀧井朝世

フリーライター。多くの雑誌などで作家インタビュー、書評、対談企画などを担当。2009~13年にTBS系「王様のブランチ」ブックコーナーに出演。現在は同コーナーのブレーンを務める。著書に『偏愛読書トライアングル』(新潮社)、『あの人とあの本の話』(小学館)、『ほんのよもやま話 作家対談集』(文藝春秋)など。

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