
Xのフォロワーは90万人超、歌舞伎町での人間模様を描いた小説『飛鳥クリニックは今日も雨』(扶桑社)が大人気のZ李。今度はショートショートで、繁華街で起こる数々の不思議な事件を描く!
今回の舞台は、個室ビデオ。
常連の薬物中毒の男の部屋からは、ブツブツと独り言が漏れてきます。
この店の店員たちは、なぜかその声に耳をすまし、メモを取り続けているようです。
* * *
ビデオボックスの王様
「おはようございます」
エレベーターから飛び降りて、駆け足でタイムカードを押すタツヤ。
転職したばかりの体はまだ夜型で、個室ビデオの早番にはなかなか慣れない。
「おはようございます、じゃねえんだよ。お前、昨日も30分遅刻しただろ。毎日毎日よお。仕事、舐めてるんじゃねえか?」
「いや、そんなことは……」
「チッ」
舌打ちをした遅番は、面倒くさそうに引継ぎ事項を伝える。
「まあいいや。4番ルームのあの人、また来てるから。前に教えたように対応するんだぞ。わかったな? 4番ルームだぞ」
「あの人」とは、タツヤが入社する前からーーいや、ここに店がオープンして以来、定期的に通ういわば常連客だ。
いつものようにというが、この作業がこれまた特殊で。寝起きのだるさも加わって、タツヤはさらに憂鬱な気分になった。
この業態は特殊な「お客様」も多く、その対応に苦労することも多い。しかし、4番ルームの彼は、その中でも特殊中の特殊だ。
籠ってオナニーをしたおし、たまにモジモジしながらカウンターにアダルトグッズを買いにくる。ここまでは、通りいっぺんのポン中と同じ。
だが、異常なほど独り言が多く、そしてさらに面倒なのは、上司が事細かにその「独り言」をメモしろと指示してくることだ。
いつものようにとは、そのメモ作業を忘れずにしろということ。
「ゆあ様、僕のくっさいのもお願いします」
タツヤだって、こんな卑猥な文字列をメモするために就職をしたつもりは毛頭ない。
しかしこれも、管理部門に異動するまでの辛抱だ。そう思いながら、薄いドアの向こう側のじゅぽじゅぽというオナホールの摩擦音に耐えて、今日も用意された紙にメモをとる。
厄介なのが、卑猥な言葉の合間に、たまに意味不明な数字の羅列を喚きだすこと。
たとえば、
「ゆあ様、僕のも飲んで~。3582! 4582!」
という調子だ。タツヤは必死に耳を傾け、聞き洩らさぬよう書き続けた。
一方その頃ーー東京・丸の内からほど近い、外資系ホテルも入居する複合ビル。
その最上階のワンフロアを借り切った男は、眼下に広がる皇居を一瞥して部下の報告を聞いていた。
「会長。また株主たちの突き上げにあっていて。どうしてあんな不採算部門のももたろうンビデオボックスチェーンを廃業しないのかと、質問状が来ています。なぜ我々のような超一流の投資会社があんなこ汚い……」
「やれやれ。どれだけ不採算でも、“あの男”が来ているから私たちはここまでなれたというのに。まあ、それを言うわけにもいくまい。適当にかわしておきなさい」
ももてんグループ、莫大な投資運用益を誇る、一代で築き上げた一兆円企業である。
Photograph:TOYOFILM @toyofilm
君が面会に来たあとで

Z李、初のショートショート連載。立ちんぼから裏スロ店員、ホームレスにキャバ嬢ホスト、公務員からヤクザ、客引きのナイジェリア人からゴミ置き場から飛び出したネズミまで……。繁華街で蠢く人々の日常を多彩なタッチで描く、東京拘置所差し入れ本ランキング上位確定の暇つぶし短編集、高設定イベント開催中。
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