

下町ホスト#41
「つーか、せっかく歌舞伎町いんだから、ついでに髪切って染めれば?」
「いや、出勤しないと」
「当欠しろよ」
「いや、」
「アタシがなんとかしてやるから」
「なんとかって?」
「明日売上上げてやるよ」
「、、、」
強めの口調で言い放ち、眼鏡ギャルはその場で御用達のヘアサロンに電話をする。
「今日いける? ホスト! 任せるよ」
私と話す時よりやや甲高く、そしてテンポよく言葉を発して、短い電話が終わった。
一方、私は恐る恐る店長に体調が悪いという旨の嘘メールを送り、携帯電話をそっとテカテカスーツのポケットに仕舞った。
「アタシ仕事してくるから、終わりそうになったら連絡して」
「わかった」
「場所、あそこだから」
眼鏡ギャルは目の前にあるビルの三階を指差してから颯爽と姿を消し、私は眼鏡ギャル御用達のヘアサロンへゆく。
ビルの入り口は狭く、エレベーターは無い。
薄汚れた白色の階段をひとつ上がり、ふたつ上がる。
三階に着くと、激しめのユーロビートが薄っすら聞こえてきて、音の強まる方へ向かった。
扉はそもそも開いていて、中に入ると過度に甘いココナッツの香りが鼻腔を貫き、眼鏡ギャルから、紹介してもらった担当がやってきた。
担当は、眼鏡ギャルより少し年上で腰の低い丁寧なギャルだった。
ユーロビートで鼓膜が揺れる中、親切なカウンセリングを終えて、私の髪の毛はかなり狭いシャンプー台で充分に濡らされる。
フロアは思っていた以上に広く、鏡の数は少ない。
一番奥の席に通され、少しずつ髪の毛が短くなってゆく。
ある程度、形が出来上がった頃、別のスタッフがやってきて、私の髪の毛を少量ずつ纏め、ブリーチ剤を塗り、アルミホイルで包む。
暫く放置され、ピピピとタイマーが鳴るとさきほどのスタッフがひとつアルミホイルを開いて、担当に確認をとる。
どうやら私はなかなか脱色しづらい髪質のようだった。
数時間かけて完成したヘアスタイルは、程良くギャル男臭が香り、私の青白い肌を際立たせた。
眼鏡ギャルは新しくなった私の姿が気に入ったようで、やけに機嫌が良い。
帰り道は、珍しく罵られる回数が少なく、眼鏡ギャルの自宅へ帰った。
あのテカテカに光るスーツを纏い、派手になった髪の毛で、店内でより浮くようになったが、私より遥かに浮いているパラパラ男と共に数字を伸ばしていった。
八月現時点で、五番手くらいを走っており、上位のホストとの会話が減ってゆく。
断トツで一番手を駆けている美しい青年は、私の見た目の変化や売上に特に触れず、今まで通りに接してくれた。
私は変わらず、美しい青年のヘルプに積極的に着き、チャリンとベルを鳴らす君の教えに反して彼を模倣した。
今週末は、パラパラ男が誕生日らしく、正式なイベントではないが、何やら画策しているらしい。
天気予報によると、週末は大雨。
「内股」
適当な灯が君に沈むとき、舌に広がる焦げた焙じ茶
肥大する腹を摩った指先でお前の顔をスクロールする
枯れてゆく花を横目に君はただ夏に向かって薄れていった
太ももに挟んだはずの青春は臓器のように冷たくなった
湯気のなか内股気味に歩いたら君だけ映した鏡は曇る
歌舞伎町で待っている君を

歌舞伎町のホストで寿司屋のSHUNが短歌とエッセイで綴る夜の街、夜の生き方。
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