
親愛なる綾へ
8月最後の夜です。綾がうちに泊まってからもう一ヶ月経とうとしているなんて!
この一ヶ月、めまぐるしくて記憶がない。本も読めてないし、映画もぼちぼち。
ぼんやりしていて、いくつかのへまをした。
ぼんやり事件その1。知人宅でのホームパーティーで、飲んでもないのに終電を逃した。1時間半かけて、LUUPの自転車で自宅まで帰った。走行中の深夜3時、chocoZAPに入る人間を見かけてびっくりしたけれど、同じ時間に自転車で疾走している私のほうが冷静に考えて怖かったよね。無事帰宅できましたが、お尻ががちがちになってしまった。二度とやりたくない!
ぼんやり事件その2。飲みすぎて心身ともにボロボロになった先月末。「自分愛せなきゃ人も愛せない……」と反省し、長年放置していた胃のピロリ菌の除去に取り組むことにした。一週間、朝晩絶対に飲み忘れてはいけないという薬をもらったのだが……。三日目の夜に飲み忘れてしまった。服薬の間隔が空くとその間にピロリ菌が抗生物質に対する耐性を身につけ、除菌が失敗してしまうらしい。永遠にピロリ菌と暮らすことになるかもしれない……(あと2回、違う抗生物質でチャレンジできるらしいです)。
ぼんやり事件その3。これは昨日起きた。いや、正確に言うと一週間ほどかけて起きていた。友達との待ち合わせのときに見かけたパン屋さんのパンがおいしそうで、何か買おうかな……と思案したときに、前の日曜に神楽坂のブーランジェリーで買ったパンを一口も食べずに放置していることを思い出したのです。イチジクのカンパーニュととうもろこしのリュスティック。青ざめたよね。さいわい、表面に少しカビがついただけだったので、削って食べた!
一つひとつは些細なことでもスリーアウト重なると「いま結構やばいな」と自覚できる。今日は予定していた用事をあれこれキャンセル。パソコンの前にがっぷりと座り、「何でどのように忙しかったのか」のをばーっと書き出した。
イベント出演3件、依頼原稿9件、ポッドキャスト収録3件、そして自分で運営しているnoteの執筆4件、所属しているユニット「劇団雌猫」の諸々の打ち合わせ……。フルタイム会社員をしながらこなす量としては多すぎた。しかもその合間に、友人知人との会食11件まで済ませていた。あと実は……先月消すと宣言したマッチングアプリを再インストールして、5件のアポイントメントに出向いていた! なんか……どうしても気になっちゃって……。Facebookの産業医として勤務していたという精神科医が書いた『マッチングアプリの心理学』(英題はSpeaking in Thumbs!)なる本を買ったのだけど、そこではマッチングアプリをスロットマシンにたとえ、マッチングアプリというものが現代人をいかにアディクトする仕組みに溢れているかを説明していた。
「脳内化学物質の大量放出をもたらすあらゆる常習性の高い行為と同様に、マッチングアプリは小さく震えるような快感を何度も得ることに、ユーザーがのめりこむようつくられている。」
なるほど。ここ2ヶ月やたらハイな気分だからマッチングアプリに手を出したのかと思っていたけれど、マッチングアプリに手を出したからハイになっていたのかもしれない。興奮したラットのように動き回っていた結果、楽しくまぶしい8月になった。しかし、すっかりキャパシティ超え。先月の自分は感情に振り回されてぐちゃぐちゃになっていたけれど、今月はそのぶん仕事と新しい出会いに打ち込もうとしてカオスな状況! 心身ともに上向きだけど、キャパシティに限界が来ていることを身をもって理解しているところです。
綾はキャリアコーチと一緒に自分の状況を整理して道筋をつけたんだね。ロジカルで前向きな綾らしい。
私がこういうときに頼るのは……タロット占い!
綾って、いわゆる神頼みをすることはあるのだろうか。ロンドンで遊んだとき、「She's Lost Control」なるスピリチュアルショップを教えてくれたから、きっと嫌悪感はないだろう。話を続けるね。
新宿駅南口で店をかまえているタロット占い師がわたしの「かかりつけ」で、通い始めて5年目になる。レンガづくりのヴィンテージマンションの一室が彼女の城だ。彼女が占い師名にしている花をモチーフにした飾りがかかったドアを叩いて中に入ると、真っ赤なクロスのかかった四角いテーブルがあり、メガネをかけたその人が座っている。毎日大量のお客さんを迎える彼女は、何度行っても初対面のようにかしこまった挨拶をして、生年月日と名前を書くように促してくる。それだけを見てから目を瞑り、カードの山をひらりひらりとめくっていくのだ。
一般的にタロットというのは、偶然出たカードが象徴する意味を読み解くことで占うのだけど、彼女の場合、カードを見ている時間はかなり短い。一枚一枚をぱっぱと一瞥しては捨て、依頼者の悩みにぴたりとあった一言を紡ぎ出す。職人芸を見るときの気持ちよさがある。寿司職人やマジシャンに近い。
ホロスコープや算命学のように、生年月日などその人固有の情報をみることで現在の運勢や悩みにアプローチする占い、いわゆる「命術」もたまに受けるけれど、タロット占いのような、偶然の要素を利用した「卜術(ぼくじゅつ)」のほうが楽しいなと思う。楽しい、というか心安らぐ。おそらく、私をいつも苦しめているのが、「自分ってこうだからこういう目にあっているのだ」という因果思考だからだろう。それはつまり、綾と違って、自分の未来をあまり自分でコントロールできると思ってないんだよね。I've lost control from the start.卜術は、「未来は変えられる」という思想が感じられるので、因果思考の良いカウンターになる。
私が彼女のもとに来たのは半年ぶりだった。前回は2月。元彼が私と別れたいのと、会社の上司が退職する予定なのを立て続けに告げられた直後だ。
いま、仕事運はいいらしい。30代後半になって体力落ちてきたなーと思い始めていたけれど「何言ってんの、35からが働き盛りよ」と背中を押された。まあたしかに、この夏の殺人的スケジュールをこなしつつマチアプのアポをこなしていたのは、無駄に体力があったからだ。せっかくの体力、いまは仕事に振ろう。商売っ気は出しすぎず書きたいものを書きなさいとのこと。
恋愛は、まだまだ元彼に気持ちが引きずられているとのこと。年末くらいから切り替わると言われた。そんなに先?と絶望しかけたけれど、別れた直後は「一生誰とも付き合わない……これを最後の恋にする……」くらいのテンションで、まだ時々それがフラッシュバックしていたので、希望が持てた部分もある。
あとは「顔で選んでもいいけど、顔だけで選んじゃダメだよ」と言われた。もはや占いではない!(笑) でも心当たりがありまくりだった。ちょうど、マッチングアプリで会った男性たちのなかで2回目のデートに残留していたのが、顔が好きだが絶対に気が合わないだろうな……と思うタイプの男性だったのだ。
実は、これまでマッチングアプリで交際することはあれど、大体会って一人目と付き合ってしまっていた。メッセージでのコミュニケーションを重んじており、メッセージが続いていたら大抵その人を好きになり、会って、付き合って、すぐにアプリを消していたのだ。運が良かったともいうし、怠惰だったともいう。1〜2回のデートで人となりがわかるわけがない! でも、ちょっと趣味が合って顔が好みなだけで恋に落ちていた。前回の彼氏も、Tinderをインストールした日にメッセ交換をはじめ、家が1km圏内だったこと、オタクだったことから「運命じゃん!」と早合点して付き合ったという経緯があった。蓋を開けてみたら、何にも気が合っていなかったのですが……。
このように早撃ちガンマンのようなムーブをするのには、そもそもマッチングアプリに渦巻く思惑と瘴気が苦手すぎて、一刻も早く足を洗いたいからというのがある。大量のプロフィール写真から溢れる欲望にあてられてしまうのだ(そして、自分もまた、彼らと大して変わらないことにうんざりする)。そのくせ、可愛いとか好きだとか言われるとすぐに気を許して、泥酔したりしてしまう(それが先月のことです……)。だから本当に、マッチングアプリ向いてねえ〜〜と爆速にアンインストールしかけたわけだけど、せっかく課金していたので、あまりシリアスにならない範囲で(そして酔っ払わずに)まだメッセージの続いていた何人かと会ってみることにしたという経緯だ。酒を飲んで気分良くなって仮初めの馴れ合いを消費するのは不毛だけれど、フィーリングが合いそうな男性を見つけ出すのを諦めるにはまだ早いと思い直したため。
また、自己開示の練習をしてみたいとも思った。前の彼氏には、文筆業をしているのは言っていたけれどフェミニストだとは言えなかったし、彼が排外主義的なイデオロギーを匂わせても、表立って反論することができていなかった。結局、私は彼を信頼できていなかったということだ。
いろんな人に会ってみて気づいたこと。年収も年齢も身長もどうでもいいけど、趣味のある人がいい!(笑)
この歳になってくると、真面目な交際を求めている男性ほど趣味に関しては「Netflix」か「資産運用」みたいになるということに衝撃を受けた。「晩酌しながらNetflixを見るのが好き。昨日は韓国のアクション映画を観た」という男性に、「え!私も韓国映画も好きです〜。なんてタイトルですか?」と聞いたら、「覚えてない」と返されて話が終わってしまい、卒倒しそうになった。Netflixも、Netflixというプラットフォームを通じて映画を見る行為も、「テレビでバラエティ番組を見る」のに近い行動であって、趣味ってわけじゃないんだなと気づきました。別に私と好きなものが同じじゃなくていいけど、固有名詞に愛着があって、それを掘り下げられるような会話ができる人が心地よい。(まあこの人に関しては「子供が欲しいのでまだ結婚を考えてない若い彼女と別れた」と言いつつ、交際相手を選ぶ基準は「顔!」と言っていたので、相手にとっても、私ではなさそうだ……というのはあった)
こんな文章を世に開陳したら、「そんなことにこだわってると結婚できないよ」と言われそう。でも、気づいた。私、やっぱり大して結婚したいわけでもないから、世間からするとどうでもいいだろうことにこだわっていて問題ない!
正直、出産については悩んでいた。綾と読書会をやったあの週、人生で最大級に真剣に「出産したいか」を考える機会があった。話は単純。予定日をすぎて1週間ほど、生理が来なかったのだ。予定日3日後あたりにうすいピンクのおりもののような分泌物があったものの、経血とはかなり違った様子だった。調べると、妊娠時に出る「着床出血」の特徴に似ていた。結局、もう数日したら見慣れた鮮血と再会したのだけど。とりあえず本当に妊娠していたら産むことにしようと決めて、近くの産婦人科までは調べていた。
そこでするっと「産もう」という決断をしたことに自分で驚き、「やっぱり私子供欲しかったのかなあ……」「じゃあやっぱり出会いを諦めないでおこう」と思ったのが、マッチングアプリ継続の動機でもあったのだけど。
綾はPlanよりPersonを大切にしているからマッチングアプリにあまり関心がないと話してくれたね。私はおそらく……PlanよりもNo Planを大切にしている!「成り行き的に子供を授かったら産もうと思うが、何がなんでも出産したいとは全然思っていない」というのが、正直なところなんだなーと気付いた。だって、結局、占い師に指摘された通り、顔が好きな「結婚したいけど子供は欲しくない」という男性だけを残留させてたからね(笑)。
綾は今、パートナーと自分の行動フレームワークをすり合わせる作業をしているところなんだね。綾から「妥協」という言葉を聞くのはとても新鮮だ。綾の辞書には存在しない言葉ではないかと思っていた!
でもよくよく考えると、「妥協」の文字がないのは、私の辞書の方かもしれない。妥協というのはつまり、自分の人生にビジョンがあることを前提とした概念だからだ。
今言ったように、私にはPlanがない。最初から、人生をコントロールしようと思っていない。そのときそのときで心躍る方に向かうことだけを重視しているの。だから、アンチフェミニストの彼氏とも付き合っちゃうし、別に望んだわけではない妊娠疑惑に見舞われたりもする。深夜のLUUP疾走22kmを「二度とやりたくない」と話したけど、本当は夜風が気持ちよくてすごく楽しかった。綾は以前の手紙で、朝、友人とプールサイドでビジネスミーティングをした時に自由を感じたと言っていたね。私は、恋愛に限らず、アンコントローラブルな状況を一人乗りこなしている時に自由を感じるんだろうな。意外と自分に降りかかる全てを楽しんでいて、受け入れている。そういった無計画をおもしろがれるだけの、経済的・心理的余裕を保ち続けることだけが、唯一、私が信念を持っている点なのかもしれない。
そうそう、私は文章を書きたいから文筆業をしている、バレエがしたいからバレエをしているというよりも、人とつながる手段として、文章を書いたりバレエをしたりしているところがある。だから、文章やバレエが続けられなくなっても、そこで決定的に損なわれる何かがある人間ではない。その時はその時で、別の方法で、人とつながることを模索するだろう。
綾にとって、一番譲れないことってなんなのだろう。たとえば、「経済的に困窮するリスクを背負いながら、転職を先延ばしにして、もう一本小説を書くことに集中する」という未来はありえないのだろうか? 自分の手に入れたいものが明確で実際いろいろ手に入れてきた綾は、「他のすべてを失っても、一つだけ残しておきたい自由」について考えてみ
るというのもありかもしれない。逆にいえば、それが損なわれない「妥協」であれば、何も妥協ではないんじゃないだろうか。
綾には綾の自由を貫いてほしい。きっと、今のパートナーとならそれができそうだって、私は思うよ。
往復書簡 恋愛と未熟

まだ恋愛にじたばたしてる――? 30代半ば、独身。ロンドンと東京で考える、この時代に誰かと関係を紡ぐということ。
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