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それが、人間

2025.09.07 公開 ポスト

犬たちに明日はない

チャットGPTには止められたけど、茨城の野犬の群れに会いに行ってみた。インベカヲリ★(写真家、ノンフィクション作家)

犬たちに明日はない

 

茨城県では今、野犬の群れが急増し、社会問題となっているらしい。報道によると、これらの犬は捨て犬が繁殖したものと見られ、茨城町を中心に30匹以上の群れとなって森に住みついているとか。
人が噛まれたという報告はまだないものの、近隣では、野犬集団によって畑が踏み荒らされたり、養豚場の子豚約30匹が殺されたり、飼い犬が暴行を受けて死亡するなど、深刻な被害が相次いでいるという。

私が不思議に思うのは、人間に従順なはずの犬たちが、なぜ人間の手を離れたとたん牙を剥くのかということだ。「忠犬ハチ公」に代表されるように、可愛がられた犬はどこまでも人間に寄り添うものだ。ところが、ひとたび飼い犬ではなくなると、たちまち反旗を翻す。一体、どちらが本性なのか。人懐っこく見える犬たちも、実は心の内で「いつか噛み殺してやる」と考えているということなのか。そんなことが本当に!?
犬たちの真意を確かめるためにも、まずは自分の目で現場を見るしかない。

ちょうど、地方に住む友人のドロロちゃん(仮名)が東京に遊びに来ているというので、「一緒に野犬を見に行かない?」と誘うと、「野犬、見たい!」と即答。2人で茨城町へ向かうことにした。

その前夜、念のためチャットGPTに、野犬を見に行く旨を相談すると、
「うーん、それはちょっと注意が必要ですね」
と、難色を示しているではないか。
「目的が『野犬をそっと見てみたい』程度であれば、リスクが高すぎるためおすすめできません」
などと言う。なんてこった!
今年4月には、カリフォルニア州に住む16歳の少年がチャットGPTの助言を借りて自殺し、両親が開発元のオープンAIとCEOを訴えるというニュースが出たばかりだ。こいつらは、自殺は止めないのに、私が野犬を見に行くことは止めるというのか。その基準は何なのだ。
とりあえず野犬には近づかないことをチャットGPTと約束し、いざ茨城町へ。

新宿でレンタカーを借り、目的地まで2時間弱。……のはずが、なんとカーナビが一般道に設定されていることに気付かず延々と都内の下道を走ってしまい、ハッと気づいて慌てて高速道路に乗るも、今度は分岐を間違えて逆戻り。さらに道を何度も間違えるということを繰り返し、「どうしよう、諦めたほうがいいのかな」「いや、犬たちが待っているかもしれない」とすったもんだし、半泣きになりながらも3時間半かけてようやく到着したのだった。

さて、茨城町の周辺は、森や畑が広がっているものの、犬らしき姿はそう簡単には見えない。
コンビニの駐車場に車を停め、どこへ向かうべきか考えていると、社交的なドロロちゃんがサッと通行人を捕まえ、「この辺りに野犬はいますか?」と質問しているのだった。私も慌てて会話に加わる。
「いっぱいいるわよ」
近所に住むというその女性は、そう言うと「その辺の茂みにね」と続け、近くに見える森を指さした。
なんでも、野犬と頻繁に出くわすのは冬で、夏場は茂みに隠れて姿を見せないという。それも、時間帯は朝の4時や5時が多いとか。真夏の午後に来た我々は、的外れな行動をしていたようだ。
女性は小さな犬を飼っており、冬場の朝に散歩をすると、よく3~4頭の群れに出くわすという。愛犬が怯えるので、抱っこして散歩しなくてはならないらしく、
「遠くからジーッと見てるだけで、絶対に人には違づいてこないのね」
と、まるで変質者を説明するように語っていた。
住人たちは、捕獲機を仕掛けてせっせと捕まえているが、野犬はどんどん増えるため、まったく追いつかない状況だという。
「何を食べて生きてるのかしらね。大きい犬で、いつも群れで移動してるのよ。森の中を、たくさんの群れでね」
どうやら、犬たちが集団行動をしていることは確からしい。

有力情報を掴んだ我々は、再び車に乗って、入れそうな茂みを探すことにした。
養豚場のそばを通り過ぎ、民家の細道を抜け、農道をゆっくり走っていると、ふいに目の前を一匹の犬がぽんぽんぽんと跳ねるように通り過ぎていった。柴犬のような風貌で、毛並みも綺麗だ。
私はてっきり、リードなしで散歩している飼い犬だろうと思ったが、飼い主の姿はどこにも見えない。「??」と思っている間に、犬はあぜ道を通って、遠くへ行ってしまった。
ハッと我に返り「あれが野犬か!!」と気づくも、時すでに遅し。慌ててカメラを向けたが、そこにはいるかいないか分からない、残像のようなものしか写っていなかった。

まさかこんなに近くで見れてしまうとは。それも、人々が言うような「大きな犬」ではなく、茶色の小型犬で、しかも一匹である。ということは、野犬のねぐらが近くにあるのかもしれない。私たちはその場で車を停め、付近を歩いてみることにした。
しばらくして、不気味な森の入り口を発見。

中に入っていくと、覆い茂った葉で空が遮られ、視界は真っ暗だ。足元には謎の羽虫が飛び交っている。ときおり蜘蛛の巣が顔に掛かり、「うわああ」と声を上げた。
ドロロちゃんは、「私が犬だったら、こういうところに入る!」と言い、俄然テンションを上げている様子だ。
とはいえ、3分も歩けば森は開け、広大な畑に出てしまった。周囲は180度森で、あたりには人っ子一人いない。
ふと目をやると、またもや茶色の小型犬が一匹、あぜ道を歩いているではないか。幼犬なのか、ぴょんぴょん弾みをつけてクルクル回り、一人遊びをしているかのようだ。
「おお!」と思わず声をあげたが、距離がかなりあり、畑と同化しているため目視でもよくわからない。念のため撮影したが、映っているとは言えないレベルだ。

犬はそのままあぜ道を通り、どんどん遠ざかっていく。追いかけたら、きっと逃げてしまうだろう。
私たちは、犬の進んだ方向へ、ゆっくりと歩いていった。あぜ道には乾燥した肥料が撒かれているのか、踏むたびに堆肥の匂いが舞い上がり、スニーカーはみるみる土まみれになっていく。
ふいに、遠くの茂みから、犬の遠吠えが聞こえてきた。しかも、明らかに複数の犬の声だ。私はギョッとして立ち止まり、あたりを見まわした。この場所で野犬に襲われたら、誰にも気付いてもらえないだろう。
私はこのとき初めて、チャットGPTが言っていた意味を理解した。さっきの犬は、愛らしいルックスを隠れ蓑にした見張り役だったのだ。我々の情報は、すでにボス犬へと伝わっているに違いない。遠吠えは、どう考えても「こっちへ来るな!」という警告だ。
私がたじろいでいると、何を思ったのかドロロちゃんが応戦するように森に向って遠吠えを始めた。
「うぉーん!! うぉん! うぉん!」
両者の遠吠えが、空に向かってこだまする。私はすぐさま録画を始めたが、人間の奇声に警戒したのか、あるいはアホらしく思ったのか、犬たちはピタリと遠吠えを止めてしまった。どうやら、ヤバイ奴らだと思われたようだ。

幸か不幸か事件は起こらず、森を出るころには、すっかり夕方になっていた。
結局、我々が確認できたのは、その2匹のみ。それも報道で流れていたような目つきの鋭いムキムキの大型犬ではなく、さわやかな柴犬風情だ。

犬たちの目的は何なのか。その答えは依然として掴めないままだが、日が暮れたのでそろそろ東京に戻らなくてはならない。我々は、帰路へつく前に、茨城町にある蕎麦屋で腹ごしらえをすることにした。
年配の女性店員が切り盛りしていたので、何気なく「この辺に野犬はいますか?」と訪ねると、「ええ、いますよ」と、あっさり。
「店の前に来たこともあったけどね、ドアを閉めて無視。居つかれると困るから、お菓子もあげなかったわ」
と、慣れた様子で語るのだった。
野犬に食べ物を与えてしまったら、ますます増えて治安が悪くなるからだろう。それは仕方のないことだ。だが、同時に私の脳裏には、寂しそうな犬たちの顔が浮かんだ。
一度悪に手を染めた犬たちは、こうして人間社会からも切り離されていくのだ。

そして、ふいに理解した。
野犬の群れの正体──、それは社会的に保護されなかったストリートドッグたちの「ギャング化」なのだと。
人間社会から排除された犬たちは、放置され、孤立し、やがて徒党を組んで群れを形成した。人間から距離を取り、「恐れられる存在」になることで、群れを守ろうとした。つまり、数々の暴力行為も、彼らにとっての生存戦略なのだ。そうすることでしか生き延びられなかったのである。
私には、「わんわん!」という犬たちの心の叫びが聞こえてくるようだった。

いくら野犬になったからといって、「犬」が「狼」に戻るわけではない。DNAは、あくまで飼い犬のままであるはずだ。本心では、人間と暮らすことを望んでいたとしても何もおかしくはない。人間が大事にしているものを襲っても、人間そのものは決して襲わないことが、その証左ではないのか。
彼らは、飼い主に抱きかかえられる「ワンちゃん」を遠くで眺めながら、何を思っていたのだろう。真に求めているのは、犬友達よりご主人──、そんな気がしてならなかった。

参考
日テレ2025年7月2日放送「news every.」
テレ朝2024年10月8日「スーパーJチャンネル」

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それが、人間

写真家・ノンフィクション作家のインベカヲリ★さんの新連載『それが、人間』がスタートします。大小様々なニュースや身近な出来事、現象から、「なぜ」を考察。

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インベカヲリ★ 写真家、ノンフィクション作家

写真集『やっぱ月帰るわ、私。』『理想の猫じゃない』『ふあふあの隙間』。著書『家族不適応殺 新幹線無差別殺傷犯、小島一朗の実像』『私の顔は誰も知らない』『伴走者は落ち着けない』『未整理な人類』など。

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