
へんてこなものばかりを愛する面白エッセイで定評のある宮田珠己さんが、今回、いつもの爆笑センスを封印、びっくりするほどエモーショナルな小説『そして少女は加速する』を上梓した!
部長としての力不足に悩む水無瀬咲(2年)、
チーム最速だが、気持ちの弱さに苦しむ横澤イブリン(2年)、
自分を変えるために、高校から陸上を始めた春谷風香(1年)、
なんとしてもリレーメンバーになって全国に行きたい樺山百々羽(1年)、
部のルールに従わず、孤独に11秒台を目指す手平あかね(1年)。
5人の少女の群像物語は、果たして、どこへ向かうのか――。
宮田珠己さんへのインタビュー、後半!
構成・文/タカザワケンジ
* * *
書くうちに予想外の繋がりが生まれた
──高校に入ってから陸上を始めた「風香」が主人公なのかなと思って読み進めると、陸上部員の視点がリレーされていき、やがてこの小説が群像劇だったことがわかります。群像劇にしようというのはどこから? さきほど『藪の中』の話も出ましたが。
宮田 群像劇を昔から書きたかったんです。もともと物書きになりたいって志したきっかけが、滝沢馬琴の『八犬伝』を読んだことだったので。

──そうだったんですか! 意外です。
宮田 八犬士だから8人いるじゃないですか。8人それぞれに個性があって、集まって何かをやるっていう展開がすごく好きで。映画でも、『七人の侍』とか『荒野の七人』とか、それぞれ個性のあるメンバーが集まって戦う話が好きなんです。今回、『そして少女は加速する』をこんな形で書きましたが、とても楽しかったので、これから書く小説も、このパターンにはまりそうな気がします。
──最初にキャラクターの設定みたいなものはつくったんですか。
宮田 つくりましたね。まず最初に、「4継」の出場選手+1人で、主役となるのは5人と決めました。そこから、5人のキャラクター表と、時系列の一覧をつくって、パズルみたいに組み合わせていったんですけど、書き始めたらだんだん面倒くさくなって、最終的には流れに任せてしまいました。でも不思議なことに、それが自然に繋がっていったんですよ!
──面白いですね。意図しない繋がりができた、と。
宮田 初めて書いた小説もそうだったんです。オチをつけるつもりはなかったのに、この話とこの話を繋ぐと、最後にはこういうオチになるな、みたいな。勝手にそうなっていきました。
それと同じような感覚が、今回もありました。物語の中で、「百々羽」が「あかね」を嫌うようになって、あかねの触ったものは触りたくないっていうエピソードがあるんですが、その後、リレーを走る場面で、あかね→百々羽という走順になったのも、たまたまで。あかねから百々羽へバトンを受け渡すことになったら、そこにドラマが生まれた。これは意図したわけではなく、偶然生まれた流れでした。
――書いてるうちに本人も驚いてるっていう。読者にとっても、そのほうが面白いかもしれませんね。予想外のことが起きていることを目撃してる感じがして、興奮できるんじゃないかなと思います。登場人物の輪郭がだんだんはっきりしてきて、私自身も、彼女たちがそれぞれの問題をどう乗り越えていくかを見守っているような気持ちになりました。この5人のキャラクター作りにあたって、苦労はありましたか?
宮田 この5人は、全員「自分」だと思います。高校生の時の自分です。僕も「風香」と同じで、高校から陸上を始めたんです。中学の時はハンドボール部だったんですが、幽霊部員で……。だから俺には何もないっていう劣等感があって、高校では何かをやろうと陸上部に入りました。
友達にいい記録を出されてしまった「あかね」も、細かい失敗をずっと引きずってしまう弱さを持った「イブリン」も、全部自分。自分を5つに分けて、それぞれ動かしたのが彼女たちですね。僕は男ですけど、書いていて思ったのは、スポーツの悩みに、男も女も関係ないんじゃないかということでした。
――たしかに、男性女性ということではなく、ひとつのスポーツに向き合う、人としての物語だと感じます。

ブックデザイン:宮本亜由美
結果が、わりと見えているのが陸上競技。それにハマるってどんな感じ?
――陸上は「ジャイアントキリングみたいなことはあまり起こらないかわりに、ノミで少しずつトンネルを掘るようなストイックな戦い」があると文中にあります。陸上にあまり詳しくないので、これがとても面白いと思いました。
宮田 嬉しいです。それは伝えたかったことのひとつなんです。自分が陸上をやっていた時を思い出しても、ライバルに勝てないってわかってるのに、なんであんなに練習していたんだろうって、思います。
――でもがんばるんですよね。
宮田 そうなんですよ。オリンピックに出るわけでもないのに、なんであんなに真剣に走っていたんでしょうね。
――作中でも、選手たちがふと「どうしてこんなにがんばっているんだろう」と自問したりしていますよね。でも、走るんだ、と。
宮田 この意欲の源はなんなのでしょうね。「勝ち負け」ではなく「自分の中でベストのタイムを出したい」っていうのはあるし、「次の試合こそ勝つぞ」ってことももちろんあります。でも、「もうだいたいこれくらいのタイムだろうな」っていうのは、試合に出る前から見えてるんですよね。「準決勝はいけるかもしれないけど、決勝は絶対無理だな」みたいなことはわかってて、そう思いながら走ってるところさえある。それでも、走るんです。あれはなんなんでしょうね。……でも、そもそも、スポーツってそういうものかもしれないですね。
――スポーツを本気でやっている人たちって、青春時代の時間も人間関係も、それに伴う感情など日々の多くを、スポーツに注ぎ込みますよね。「人生を賭けてる」と言ってもいい。宮田さんは、スポーツの魅力ってどう考えていますか? スポーツに魅了される人たちは、なぜここまでのめり込むことになるのだと思いますか?
宮田 難しい質問ですね。まず体を動かすことそのものが気持ちいいっていうのはあると思いますね。それと長くスポーツやってると、自分に感動する瞬間があるんです。傍から見たらたいしたことじゃなくても、ここまでできるとは思わなかった、って、やるな自分、てことがたまに。ひとりになってから、ガッツポースしたくなるような。あれがあるから、やるのかも。
――今回の題材となっている短距離競技は、一瞬でカタがついてしまうスポーツです。
宮田 ほんと、スタート前の緊張感たらないです。コンマ何秒ミスったらもう終わりなんで。
――そういう一瞬で決まるスポーツを小説にする難しさはありませんでしたか? 読者としては、レースのシーンが魅力的で、特に、最後のレースは、このシーンを読むためにこの物語を読んできたのだ! と思うくらい素晴らしかった。

宮田 一瞬の出来事を臨場感をもって書くのに苦労しました。ただただ、走るシーンのスピード感が伝わればいいなと思って書いてました。
――「一瞬」といえば、なかには本作に出てくるイブリンのように、「一瞬の悪夢」に囚われたまま苦悩する選手もいますよね。
宮田 自分のミスで負けるってこと、スポーツではよくありますけど、かなり精神的にきついと思いますね。とくに部活でそれやると、多感な年頃だし、トラウマになるんじゃないでしょうか。「部活」って特殊な世界だと思うんですね。子供の時には無いコミュニティで、大人の「社会」とも違う。そんな部活の時代にしか生まれない、この時だけの感情と行動を、物語にしたいと思いました。
――様々な苦悩を乗り越え、彼女たちは、はたしてインターハイに出場できるのか? 文字通り、手に汗握る読書時間になると思います。
(ぜひ本書をお読みください!)
そして少女は加速する

コンマ1秒で悪夢に陥る、バトンミス。
それは、あまりに儚く、あまりに永い、「一瞬」――。
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高幡高校陸上部の4継(4×100mリレー)の女子リレーチームは、痛恨のバトンミスによりインターハイ出場を逃していた。
傷の癒えぬまま、それでも次の年に向け新メンバーで再始動する。
部長としての力不足に悩む水無瀬咲(2年)、
チーム最速だが、気持ちの弱さに苦しむ横澤イブリン(2年)、
自分を変えるために、高校から陸上を始めた春谷風香(1年)、
なんとしてもリレーメンバーになって全国に行きたい樺山百々羽(1年)、
部のルールに従わず、孤独に11秒台を目指す手平あかね(1年)。
そして、ライバルや仲間たち。
わずか40秒あまりの闘いのために、少女たちは苦悩し、駆ける――!
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100分の1秒が勝敗を分ける短距離競技は、天国も地獄も紙一重だ。
個人競技でありチーム競技でもあるリレーの魅力を、とことんまで描いた!
悔しさも、涙も、喜びも、ときめきも全部乗せ!のド直球な青春陸上物語。