
人気怪談系YouTuberナナフシギが、子どもたちに届けたい、実話怪談をセレクト!
児童向け怪談集『5分怪談』から、夏にピッタリな怖い話をお届けします。
油断していると、大人でも眠れなくなるかも……?
* * *
夕焼け
写真撮影が趣味の僕は、休日になるとカメラを持って近所の散歩に出かける。
なんでもない日常の風景も、カメラのレンズを通すと別世界に見えるのが好きだった。
「こんなもんかな」
橋から見える川ぞいの景色を写真におさめて、僕は帰ろうとする。そろそろ日没だ。
自宅に通じる道を曲がると、目の前に大きな夕日があらわれた。
「お、ラッキー」
夕焼けは、季節や時間帯によって見える景色がまったく異なる。今日のは一段と大きく、あざやかなオレンジ色だったから、僕はさっそくカメラをかまえて撮影を開始した。
何枚か撮影してデータを確認し、ふたたびカメラをかまえる。
すると、夕日の色はさっきよりもこい橙色に変化していた。
周囲の家の壁が、夕日に照らされて赤く染まっていく。不思議な光景だ。
その場で一周してみると、家も外壁も道も、オレンジと赤色しかない世界になってしまったみたいに同じ色をしていた。
(どうなってるんだ、これ)
神秘的だけど、どこか異様な光景に僕はおどろく。こんな夕焼けは見たことがない。
なんだか不気味な感じもしたから、追加で何枚か撮影して、すぐ家に帰ることにした。
夕日に向かって速足で歩いていると、反対側から自転車に乗った女子高生がやってくる。そういえば、夕方だというのにほかに人の姿が見えない。普段なら子どもの声がひびきわたっているはずの住宅街も、静まり返っていた。
(まあ、そんな日もあるか)
通りすぎていく女子高生に何気なく目をやる。
「……栞?」
僕は思わず二度見をした。
その子は、僕が高校生のころに付き合っていた彼女とそっくりだったのだ。
「こんにちはー」
通りすがりに声をかけられて、僕は後ろをふり向く。
彼女もこちらを見ていて、目が合うと、笑顔で会釈をして去っていった。
「なんだったんだ、今の……」
見間ちがえるはずがない。制服も、長くのばした黒い髪も、少し高い声のトーンも、彼女は僕の記憶の中にある栞そのものだった。
家に帰ると、僕はパソコンを起動してカメラフォルダをさかのぼった。
カメラにハマり始めた高校1年生のときから、僕はすべての撮影データをパソコンに保存している。どこかに栞の写真が残っているはずだった。
「……あった」
数千枚の写真をスクロールしていくと、制服を着た栞の写真が出てくる。
撮影日は高校2年の春。家の近くの川で撮影したもので、背後には桜の木が映っていた。
写真の彼女は、さっき見た女子高生とまったく同じ笑顔をうかべている。
「どうなってるんだ?」
次の写真には、同じ場所で栞がななめ上を見上げている様子が映っていた。
視線はカメラではなく、どこか宙を見ている。
それを見て、僕は撮影日のことを思い出した。
――声が聞こえるの。
あの日、彼女はそう言っていたのだ。
今思えば、栞は少し浮世ばなれしているというか、不思議な雰囲気のある高校生だった。
この日も、僕がカメラの調整をしていると、明後日の方角を向いて「声が聞こえる」と言っていた。意味はわからなかったけど、その角度がきれいだったから僕は写真におさめたのだ。
もちろん僕にそんな声は聞こえなかったし、声の正体も最後までわからなかった。
そんなことが、一度じゃなく二、三度あったのだ。
いたずらとか、ウソをついているとは思えない声のトーンで言うものだから、少し気味が悪かったのを覚えている。なんの声が聞こえたのかは、何度たずねても教えてくれなかった。
カメラを引っぱってきて、あらためて今日撮影した写真を見返す。
画角に広がるオレンジ色の光。
赤い夕焼け。
夕日の色にそまっていく誰もいない住宅街。
どれもきれいだけど、僕がこの目で見たような強烈な夕日ではない。撮り方が悪かったか、レンズの性能が追いついていなかったのか。切り取られた風景は記憶とはまるで別物で、僕は違和感を覚えた。
(そういえば……)
昔、付き合っていたときに栞が言っていたことを思い出す。
「たまにね、君が大人になったらこんな感じなのかなっていう雰囲気の人を街で見かけることがあるんだ。不思議だよね」
あのときは、そんなこともあるんだねとか、僕ってどこにでもいる顔なのかなとか、適当に返事をしていた。でも、今日出会った彼女が本当に高校時代の栞だとしたら……。
(彼女は、過去の世界からやってきたのか?)
(それとも、僕が過去に行っていたのか?)
奇妙な感覚におそわれて、僕はスマホの時計アプリを開く。
2024年3月30日、18時23分。
僕が高校を卒業したのはもう10年以上も前のことだし、今の僕はアラサーの社会人だ。大丈夫、ここは過去ではない。ひとつずつ確認してほっと息をはく。
でも、だとすれば彼女はどこから来て、どこへ向かっていったのだろうか。
僕はこれから、何度も君に出会うことになるんだろうか。
栞、あのとき君が見ていた『僕』というのは一体――。
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