
札幌。それは、私の第二の故郷である。
高校3年まで大阪府で過ごした私は、北海道大学への進学を機に札幌に移り住んだ。以後、大学院の修士課程を修了するまでの6年間、札幌で一人暮らしをした。私にとって札幌は、20歳前後という青春ど真ん中の時期を過ごした街なのである。ちなみに、私がスープカレー好きなのは、間違いなく札幌にいた影響である。
関東に就職した直後は、友人の結婚式やら何やらで年に1度くらいは札幌に行く機会があったのだが、それも数年経つと間遠になっていった。このまま札幌とは縁遠くなっていくのか……。
そう思っていたのに、なぜか今年はすでに3回も札幌を訪れている。しかも毎回、違う目的だ。なお、札幌へ行くたびにスープカレー屋さんへ足を運んでいることは言うまでもない。

3回の札幌訪問のうち、6月の出張の目的は北大での取材だった。実は北大は7月25日から、創基150周年を記念して「北極星をえがく」というタイトルで小説企画を始動している。岩井はその企画で、小説執筆を担当しているのだ。

小説を掲載した冊子は、全国各地の書店で無料配布している。よければ以下のサイトを参考にしてほしい。
https://www.hokudai.ac.jp/novel/
ところで、この「あなたの書店で1万円使わせてください」という企画は今回で第20回を迎える。つまりこれまでに19か所の書店で買い物をしているわけだが(ただしうち1回は文学フリマ)、札幌市内の書店は1店舗しかない。札幌は「第二の故郷」と言っておきながら、これはちょっと寂しい。
札幌出張の際になんとか取材できないか画策したところ、ありがたいことに御縁があり、MARUZEN&ジュンク堂書店札幌店さんで受けていただけることになった。同店は私が学生時代、よく通っていた書店の1つである。
札幌有数の大書店はいったいどんな売り場なのか? 節目の第20回、どうぞお楽しみください。
* * *
6月某日、担当編集者氏とともにMARUZEN&ジュンク堂書店札幌店さんへ向かった。同店は札幌駅とすすきのの間、大通に位置している。地下鉄大通駅34番出口直結、というアクセスのよさだ。
売り場面積は広い。ビルの地下二階から地上四階がお店のフロアであり、トータルで約1600坪だという。

まずは店長と文芸担当の方にご挨拶。その後、1階から買い物をはじめることに。出入口前で、1万円札を持った恒例の1枚を撮影。

本企画のルールは「(できるだけ)1万円プラスマイナス千円の範囲内で購入する」という一点のみ。さっそく自腹(ここ重要)の1万円を準備して、買い物スタート。
1階の出入口から入ってすぐの場所には、大阪・関西万博(EXPO2025)でおなじみミャクミャクが。とにかく種類が豊富だった。スタッフの方いわく、大阪の会場でグッズを買えなかった方が、ここで買っていくこともあるとのこと。(©Expo 2025)

書籍の売り場に移動すると、門井慶喜さんの『札幌誕生』が大々的に展開されていた。

やはり、札幌にゆかりのある本の展開が目立つ。そんななかでも、特に気になったのが岩内章太郎『星になっても』(講談社)。著者は札幌出身の哲学者で、亡き父との北海道での思い出をつづったエッセイ集とのこと。オビにはこう記されている。
「どうしてじいじは死んじゃったの?」 息子の問いに、私はうまく答えることができなかった。

自分の身に置き換えて、考えこんでしまった。私だったら、子どもからこう訊かれたらどう答えるだろう?
読者にいい問いをもたらす本は、いい本である。というわけで、今日の1冊目はこちらに決定。

1階には、他にも雑誌や文具などが展開されている。このワンフロアだけでも十分、広い。

エスカレーターで2階に上がると、正面にカフェ「MJ BOOKCAFE」が出現。居心地がよさそうで、ここで買った本を読むのも楽しそう。(購入前の本の持ち込みはNG)

その後も、2階のコンピュータ書コーナーを物色しながら進む。

そんななか、「観光学」の棚で陳列されていた『不謹慎な旅2 負の記憶を巡る「ダークツーリズム」』を手に取る。初めて知る本だった。

本書の著者は、辛い記憶を忘却することに抗うため、天災・人災や戦争、差別といった負の記憶を宿す場所への旅(ダークツーリズム)を実践し、文章と写真によってそれらを記録に残している。
その場で一読して、「面白い!」と購入を決定。ただしこれは「2」のため、棚から前巻・木村聡『不謹慎な旅 負の記憶を巡る「ダークツーリズム」』(弦書房)を見つけ出し、こちらをまず買うことにした。

書籍だけでなく、店内のいたるところで各種グッズが販売されている。それらを物色するのも楽しい。本とグッズが混在しているから、見ていて飽きることがないのだ。

続いて、3階に上がって文庫・新書のフェア棚へ。ここで気になったのが、山川方夫『夏の葬列』(集英社文庫)である。

「夏の葬列」といえば、昔、国語の教科書で読んだ記憶がある。教科書で読んだ小説はほとんどタイトルも忘れてしまったが、「夏の葬列」はいまだに覚えている。それ以外の山川方夫作品は未読で、いつか読みたいと思いながら手に取らずにいた。
これも何かの縁だ。せっかくなので、山川方夫の世界に浸ることにした。3冊目はこちらに決定。

その後もフェア棚を見ていると、「三島由紀夫生誕100年」フェアに遭遇。
余談だが、担当編集者氏の会社では、「岩井と三島由紀夫の見た目が似ているのではないか」という話題が出ていたらしい。言われてみれば、髪型と面長な感じはちょっと似ているかもしれない。

その隣にある「白水社創業110年記念フェア」棚には、面白そうな本がたくさん並んでいた。なかでも手が伸びたのが、マシュー・レイノルズ著/秋草俊一郎訳『翻訳 訳すことのストラテジー』(白水社)。

オビから一部引用する。
翻訳を「ヨコのものをタテになおす」、つまり「ことばとことばを置きかえる」と単純にとらえてしまうと〔……〕、昨今のように、ブラウザ上のボタンひとつで「翻訳」がおこなえてしまう時代にあっては、かんたんに原文の「等価物」が入手できるという思いこみにもつながりかねない。
この一文にはドキリとした。論文を読む時などにGoogle翻訳を使いまくっている私には、グサリと刺さった。一度、翻訳について真剣に考えたほうがいいかもしれない。
というわけで、こちらも購入。

引き続き、文芸書の棚などを物色。

すると、堀元見『読むだけでグングン頭が良くなる下ネタ大全』(新潮社)を発見。実はこの本は、以前ある書店員さんからオススメされたことがあった。しかしその時点では発売直前で、まだ店頭になかったのだ。
オビにはこう記されている。
〈ルソーも支持したオナニー害悪論〉〈ヘロドトスが見たスカートめくり〉〈正岡子規のおしっこ俳句〉
多くは語るまい。ただ、魅力的であることは間違いない。ありそうでなかった、教養×下ネタという世界に飛び込んでみよう。

エスカレーターで4階に上がると、「EHONS」のコーナーがあった。
EHONSは、絵本の世界をモチーフにしたグッズを販売する常設ショップである。人気の『パンどろぼう』やヨシタケシンスケさんの作品、『こんとあき』や『わかったさん』シリーズなど、数々の絵本があしらわれたグッズは、童心をくすぐること請け合いである。

残金的には、あと1冊くらいだろうか。次はコミックの棚を見てみることに。

ここで気になったのは、サイトウマド『解剖、幽霊、密室』(KADOKAWA)だ。
絵柄が好みだったのもあるが、タイトルがミステリアスでいい。〈予想は決して追いつかない〉という挑発的なオビの文言も気になるし、単刊というのも読みやすくていい。今日最後の1冊はこちらに決定。

買い物はこれで終了なのだが、まだ地下を回っていない。せっかくなのでそちらも見てみることに。
まずは地下1階。このフロアには、鉄道模型や鉄道グッズを扱う「ポポンデッタ」が入っている。新幹線がデザインされた子ども服も充実している。

地下1階には理工書や医学書も揃っている。

地下2階は、地図や実用書、芸術書など。

1階に戻ってお会計をしようと思ったら、セルフレジを発見。今までこの企画では使ったことがなかったので、あえてセルフレジを使ってみることに。

今回は6冊と冊数はそれほどでもないが、単行本が多め。果たして1万円に収まっているのか。
バン。

9944円。すばらしい!
毎度思うことだが、1万円あれば単行本にコミック、文庫、翻訳書まで買うことができるのだ。万博に行くのもいいけれど、その入場料の一部だけでも本に使ってみれば、また新しい世界が開けるかもしれない。

今回買い物をしていて特に思ったのは、「余白の大事さ」である。
一つには、面積的な意味での余白だ。今回は担当編集者氏と2人で訪問したのだが、通路が広いおかげで、色々と会話をしながら買い物をすることができた。本を買うのは1人でも楽しいが、複数人でも楽しいのだ。
もう一つは、選択する余白である。こちらのお店は圧倒的に書籍の品ぞろえがよく、本を買う側に十分な選択肢を与えてくれる。ただし、膨大な在庫をのっぺりと展開しているわけではない。『札幌誕生』や『星になっても』のような「これは」と思う本はしっかり前面に押し出し、メリハリをつけている。それでいて押しつけがましさがなく、あくまで買い手が考える余白を残してくれているのだ。この独特の気配を言葉にするなら、「上品さ」ということになるだろうか。
訪れた者を温かく、ゆったりと、上品に包み込んでくれる書店。MARUZEN&ジュンク堂書店札幌店からは、そんな印象を受けた。
それでは、次回また!
【今回買った本】
・岩内章太郎『星になっても』(講談社)
・木村聡『不謹慎な旅 負の記憶を巡る「ダークツーリズム」』(弦書房)
・山川方夫『夏の葬列』(集英社文庫)
・マシュー・レイノルズ著/秋草俊一郎訳『翻訳 訳すことのストラテジー』(白水社)
・堀元見『読むだけでグングン頭が良くなる下ネタ大全』(新潮社)
・サイトウマド『解剖、幽霊、密室』(KADOKAWA)
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文豪未満

デビューしてから4年経った2022年夏。私は10年勤めた会社を辞めて専業作家になっ(てしまっ)た。妻も子どももいる。死に物狂いで書き続けるしかない。
そんな一作家が、七転八倒の日々の中で(願わくば)成長していくさまをお届けできればと思う。
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