1. Home
  2. 生き方
  3. 「自分が嫌い」という病
  4. 子どもが好奇心旺盛なのは「べき論」に汚染...

「自分が嫌い」という病

2025.07.30 公開 ポスト

子どもが好奇心旺盛なのは「べき論」に汚染されていないから泉谷閑示(精神科医)

薬に頼らない独自の精神療法で、数多くのクライアントと対峙してきた精神科医の泉谷閑示氏。最新刊『「自分が嫌い」という病』は、「自分を好きになれない」「自分に自信が持てない」という問題に真正面から向き合った1冊です。親子関係のゆがみからロゴスなき人間の問題、愛と欲望の違いなどを紐解きながら、「自分を愛する」ことを取り戻す道筋を示しています。本書から抜粋してご紹介していきます。

*   *   *

人間の本質は「怠惰」にはない

それにしても、なぜ、幼い子どもが生き生きと好奇心を発揮するのでしょうか。

この問題を考える前に、ここで一旦、人間の構造についての理解をしておきましょう。私は人間を「頭」と「心=身体」に分けたイメージで捉えています。「頭」はコンピューター的に情報処理を行なう場で、進化によって人間が特に発達させ肥大化させてきた部分です。

計算や比較、シミュレーションなどを行ないますが、現在そのものを扱うことは苦手です。そして、物事を支配・コントロールしたがる傾向があり、「~すべき」「~すべきでない」といったmustやshouldの系列の物言いをする性質があります。

一方、「心」と「身体」は矛盾なくつながっているので、「心=身体」と表しておくことにします。こちらは、動物全般が基本的に持っている自然原理で動いている部分です。「頭」のような計算高いことはしませんが、「身体」とつながった五感や直観を備えており、「今・ここ」を瞬時に捉える鋭い知恵を持っています。

「~したい」「~したくない」「好き」「嫌い」などwant to系列の言葉で意思表示をしてきます。しかし、「頭」はしばしばその声を歓迎せず、「心=身体」の蓋を勝手に閉めてしまうことがあるのです。そうなってしまうと、自分というものが「頭」と「心=身体」の二つに分断されてしまい、「頭」独裁のような状態になってしまうのです。

現代人は、そのような「頭」独裁状態になっていることがとても多いのですが、これに対して「心=身体」はある程度までは我慢して従ってくれはしますが、限度を超えると反発したり反逆の狼煙を上げてくるようにもなります(詳しくは拙著『「普通がいい」という病』を参照のこと)。

さて、話を戻しますと、子どもは「頭」というコンピューターが未熟であり、まだその力も強くはないので、種々の「べき論」に汚染されていないのです。もちろん、効率主義や「タカをくくる」などの小賢しい傾向も身につけていないので、「心=身体」が伸び伸びと中心的に働いている状態なのです。そのために、子どもの「心=身体」から発せられる好奇心は、生き生きと発揮されるのです。

つまり、われわれ人間は、「頭」による自己コントロールを解除したとしても、その奥には本来の自然原理と知恵を持つ「心=身体」が控えているわけです。ですから、「自分は価値のない人間なんだから、常に努力して自己研鑽に励まなければならない」などという間違った「頭」の思い込みを外したとしても、その奥には、無邪気で好奇心に満ちた「心=身体」があって、生き生きとさまざまなことを知りたがり、自然に成長や成熟を志向する性質を備えているのです。

ちなみに、この種の「人間は基本的に怠惰なものだ」といった間違った人間観を持った大人たちによって、多くの誤ったしつけや教育が子どもたちに施され、またもや「分厚い雲」があちらこちらで再生産されていることは、実に痛ましいことだと思います。この種の人間観の根本的な誤りは、人間の精神を「頭」のみのイメージで捉えてしまったところにあります。

そして、買ってきたばかりのコンピューターのごとき「頭」には、多くの有用なアプリをインストールし、より多くのデータを入れた方が良い、といった考え方になってしまっているわけです。それゆえ、多くの現代人の知性は、知識や情報処理能力を偏重した薄っぺらなものになりがちで、奥行きと創造性を備えた本物が極めて少なくなってきているのです。

関連書籍

泉谷閑示『「自分が嫌い」という病』

「自分を好きになれない」と悩む人は多い。こうした自己否定の感情は、なぜ生まれてしまうのか。 その原因は幼少期の育ち方にあると精神科医である著者は指摘する。 親から気まぐれに叱られたり、理不尽にキレられたりすると、子どもは「自分は尊重され るに値しない」と思い込むようになる。その結果、自信を持てず、人間関係にも苦しみやすい。 では、この悪循環から抜け出すにはどうすればよいのか。 本書では、自分を傷つけた親への怒りを認め、心のもやもやを解消するための具体的な方法を解説。自信を持って生きられるヒントが詰まった一冊。

泉谷閑示『仕事なんか生きがいにするな 生きる意味を再び考える』

働くことこそ生きること、何でもいいから仕事を探せという風潮が根強い。しかし、それでは人生は充実しないばかりか、長時間労働で心身ともに蝕まれてしまうだけだ。しかも近年「生きる意味が感じられない」と悩む人が増えている。結局、仕事で幸せになれる人は少数なのだ。では、私たちはどう生きればよいのか。ヒントは、心のおもむくままに日常を遊ぶことにあった――。独自の精神療法で数多くの患者を導いてきた精神科医が、仕事中心の人生から脱し、新しい生きがいを見つける道しるべを示した希望の一冊。

泉谷閑示『「うつ」の効用 生まれ直しの哲学』

うつは今や「誰でもなりうる病気」だ。しかし、治療は未だ投薬などの対症療法が中心で、休職や休学を繰り返すケースも多い。本書は、自分を再発の恐れのない治癒に導くには、「頭(理性)」よりも「心と身体」のシグナルを尊重することが大切と説く。つまり、「すべき」ではなく「したい」を優先するということだ。それによって、その人本来の姿を取り戻せるのだという。うつとは闘う相手ではなく、覚醒の契機にする友なのだ。生きづらさを感じるすべての人へ贈る、自分らしく生き直すための教科書。

{ この記事をシェアする }

「自分が嫌い」という病

「自分嫌い」こそ不幸の最大の原因。「自分を好きになれない」と悩むすべての人に贈る、自身を持って生きられるヒントが詰まった1冊。

バックナンバー

泉谷閑示 精神科医

1962年秋田県生まれ。精神科医、作曲家。東北大学医学部卒業。東京医科歯科大学医学部附属病院、(財)神経研究所附属晴和病院等に勤務したのち渡仏、パリ・エコールノルマル音楽院に留学。帰国後、新宿サザンスクエアクリニック院長等を経て、現在、精神療法専門の泉谷クリニック(東京・広尾)院長。著書に『「普通がいい」という病』『反教育論』『仕事なんか生きがいにするな』『あなたの人生が変わる対話術』『本物の思考力を磨くための音楽学』などがある。

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP