
Xのフォロワーは90万人超、歌舞伎町での人間模様を描いた小説『飛鳥クリニックは今日も雨』(扶桑社)が大人気のZ李。今度はショートショートで、繁華街で起こる数々の不思議な事件を描く!
今回の舞台は、歌舞伎町のとある老舗風俗店。
繁華街の毒気を浴びながら、何年も続くこのお店。中に入ってみると、なんだか少し“奇妙”な様子です。
* * *
待合室のあの子
「この店、マジでヤバいって噂あるんすよ」
カメラ担当の拓馬が、ペットボトルの黒烏龍茶をぐっと飲みながら言った。
歌舞伎町の箱ヘル「エレガンス嬢」。
ずっと前からある、流行ってるわけでもないが廃れてるわけでもない、とにかくずっとある店だ。
若い頃に抜きに行ったことはあっても、女の顔は覚えていない、簡単に言うとそんな店。
俺たちは、風俗情報サイト『夜姫ナビ』の取材班として、この老舗風俗にやってきていた。特集名は「古き良き風俗遺産 ~歌舞伎町編~」。要はPV稼ぎのネタ記事とでもいえばいいか。
この「エレガンス嬢」は、20年選手の嬢が複数在籍してる“生きた博物館”扱いで、コメント欄には「実家のような安心感」「昭和のママの匂いがする」との声多数。一部マニアの間では聖地とされているようだった。
先に説明すると、問題は店内にあった人形だった。
待合室のソファの横、なんであるのかも分からない古びた箪笥の上に置かれた、日本人形。
典型的な造形。赤い着物、黒髪おかっぱ、首だけはやや傾いていたが。
「これ、気味悪いな。映して大丈夫ですか? できればどかしたいけど」
レンズを覗きながら拓馬が店長に聞くと、
「あの子、ずっといるからそのままで。綺麗に撮ってあげてください」
店長がそう答えた。
今思えばだけど、その“あの子”って呼び方が、ちょっとばかし引っかかったんだよな。
取材は順調に進んだ。レトロな待合室、背中で語るベテラン嬢たちのエピソード、妙に味のあるポラ写真――どれもネタになるなってね。
1時間ほどで撮影は終わってさ、俺たちは撮れ高確認のため近くのドトールに入った。
そこで、違和感ってやつを感じたんだ。
待合室の全景を撮った写真。その右端にだ。
着物姿の、小さな女の子が立っているんだから参るよ。
「……は?」
俺も拓馬も固まった。
撮影時には、絶対にいなかった。嬢は全員出勤前だったし、客もいなかった。
だいたい歌舞伎町の風俗店なんて、小さな子供がいていい場所ではない。
別アングルでも、ぼやけた姿が廊下の奥や暖簾の隙間に映っている。
「やばくね?」
「まあ……その、偶然じゃねえの?」
その場は笑って流した。それから家に帰った俺は、この日の原稿をさっとまとめると、いつものように安酒をかっ食らって眠りについたんだ。
翌日、拓馬が死んだ。
自宅マンションでの変死。
風呂場で溺れていたという。
血中からはアルコール反応なし。
はいはい、あるわけねえだろって、まあ思うだろ?
取材データの整理中だったと聞いた。締切近かったしそりゃあそうだ。
3日後、編集部のデスクから電話があった。
「お前、あの“エレガンス嬢”の写真って、確認した?」
「いや……あれから見てないっすね。もう入稿もしましたし、飯田さんがワードプレスにあげてくれてるはずです」
「それがよお。今朝、バックアップ確認してた飯田が倒れてそのまま死んじまった。くも膜下出血だとよ。まだ31だぞ?」
嫌な汗が背中を伝った。待合室でみたあの日本人形と、デジタルデータに残った小さな女の子。ふたつの像が頭の中で交錯する。
「……人形。人形写ってませんでしたか、エレガンス嬢の写真に」
「俺は見てないからわからないよ。確認するか?」
「いや、やめてください。俺が見ますから、そのままで」
俺はあの日、確かに画面越しに“目が合った”気がしていた。
昔、新宿のビデオボックスで働いてた時、誰もいないトイレから「帰して」って声が聞こえたことがある。
あの感覚に近かった。あれの理由だっていまだにわからないけど。
とにかくやばい、と直感した。
デスクにはああ言ったものの、会社に戻る勇気もなかった。でも、どうしても気になって『夜姫ナビ』に掲載された記事を読み直した。
待合室の紹介の一文。
「赤い着物を着た少女の人形が、あなたと遊びたがっています。」
そこだけ、俺が書いた原稿と違っていた。
俺はその一文を書いていない。
飯田が、俺のレポートを改変したことなんて、ただの一度もなかった。
その数日後「エレガンス嬢」は急に営業停止になった。理由は「施設老朽化」と聞いたが、誰が確認を取ったわけでもない。
そもそも俺たちが取材に行った時の社長と、他誌が昨年取材に行った時の社長は、名前も風体も違っていた。
飯田と付き合いがあった風俗情報誌『MAN―POKU』の編集がいて、葬式で雑談してたら分かったんだ。
俺はもう、そのデータに触れていない。
記事も削除された。
でも、夜になると時々、スマホのロック画面が勝手に開くんだ。
そしてうっすらと、着物の袖のようなものが映ったりする。
大抵は眠剤を飲んだあとの出来事だから、俺がおかしいのかもしれないけど。
午前2時、スマホはもう見ないようにしている。
だって、開くたびにあの子が近づいてくるから。
君が面会に来たあとで

Z李、初のショートショート連載。立ちんぼから裏スロ店員、ホームレスにキャバ嬢ホスト、公務員からヤクザ、客引きのナイジェリア人からゴミ置き場から飛び出したネズミまで……。繁華街で蠢く人々の日常を多彩なタッチで描く、東京拘置所差し入れ本ランキング上位確定の暇つぶし短編集、高設定イベント開催中。