

知的菜産の技術、各論編もサクサク進み、大きなところとしては、ナス科、ウリ科、マメ科などを残すばかりとなりました。どれからいってもええのですが、今回はマメ科をば。
生産量世界一のマメは大豆じゃない?
豆類、大阪では「お豆さん」という。東京でもいうんかしらん。品性に欠けると思われがちな大阪弁だが、意外なところで丁寧だ。お芋さんとか、おあげさんとか、けっこういろんなものに「さん」をつける。飴は、もちろん飴ちゃんだ。食べ物以外では、膝小僧などとえらそうな物言いはせずに、膝ぼんさんとリスペクトしている。と思って調べたら、坊主のように毛が生えていないので「ぼんさん(坊さん)」らしい。やっぱりちょっとガラが悪いか。
日本豆類協会という法人がある。公益財団法人だけあって、HPもえらく充実している。豆類の収穫面積や生産量も載っていて、2023年の豆類生産量は全世界で1億トン弱である。種類がいろいろあるから単独の種類ではそれほどではないけど、マメ科野菜全体でいくと、トウモロコシ、ジャガイモ、トマトの御三家についで、堂々の第4位入賞だ。
内訳は、インゲンが2850万トンで1位、2位は日本ではあまり食べないが1650万トンのひよこ豆。へぇ、そうなんや。以下、エンドウ、ササゲ、ヒラマメ、ソラマメと続く。ヒラマメ、ご存じだろうか、レンズマメという名の方が有名かもしれない。ひよこ豆やレンズマメは外国へ行くとよく食べますわな、たしかに。両方とも乾燥を好むので、日本の気候は不向きだからあまり作られない。他に、キマメ、ルーピン(ルペン豆)、バンバラ豆、とかいう聞いたことのない豆も結構な量が作られている。マメ科植物、侮りがたし。
我が家で栽培しているのは、エンドウ(スナップエンドウ含む)とソラマメ、それから、上位には入ってないけど枝豆と落花生である。ん? 枝豆は「大豆の未熟なうちに茎ごと切り取ったもの」(広辞苑)やないか。落花生が上位に入ってないのはええとして、大豆が入ってないのはおかしいやろ。と思って調べると、大豆の生産量は約4億トンもあって、ジャガイモと同じくらいである。ただし、搾油に使われるのがメインなので、統計上、野菜扱いされないそうだ。それって、どうなん。大豆、仲間はずれで不憫なり。
インゲンとササゲは世界的な収穫量は多いけど、個人的にはいまひとつ青臭さが気にいらんので作ってない。ほとんど食べないせいもあるが、インゲンとササゲは同じものだとばかり思っておった。ホンマ、物知らずやわ。けど、ネットに、インゲンとササゲは同じものですか、とかいう質問があったりするので、知らんのは私だけとちゃうわな。なんせ、むっちゃ似とるがな。
両者はどちらもマメ科だけれど、インゲンはインゲンマメ属、ササゲはササゲ属と、分類上、属のレベルから違う。原産地はインゲンが中南米で、ササゲはアフリカか南アジアであり、進化的に両者が分かれたのは6000~7000万年前というから、まだ霊長類が出現していない大昔である。むっちゃ遠縁、というか、他人のソラマメ、じゃなくて、そら似ですわな。
たんに「新鮮だから」ではない秘密が
好かんタコならぬ、好かんマメの話をしていてもしかたがない。好物のソラマメに話を移そう。ソラマメ、通常、漢字では空豆と書く。栽培を始めるまで知らなかったのだが、どうして空豆というかご存じだろうか。広辞苑にもあるように「(莢(さや)が空に向いてつくからいう)マメ科の二年生作物」である。最初、莢は空に屹立するように向いているのだけれど、実ると共にだんだんと下を向いていって収穫。実るほど頭を垂れる、というよりも、実るほど元気がなくなるような感じである。

自分で作ったものはどの野菜も美味しく食べられるのだが、ソラマメはその中でもトップクラスだ。いや、エンドウ、スナップエンドウ、枝豆もあわせて揃い踏みである。どれも柔らかくてすごく甘い。ソラマメやスナップエンドウは生でも十分に食べられるほどだ。どうも新鮮さだけでは説明できそうもないので調べてみた。驚きの事実があった。これら御三家は、化学的な面から本当に甘くて柔らかいのである。
柔らかいのは、ある程度わかる。乾燥していないせいだろう。しかし、ソラマメにしてもエンドウにしてもけっこうな莢に包まれているので、そんなに急速に乾きそうにない。不思議だと思っていたら、もうひとつ、リグニン化という現象があったのだ。リグニン、あまり有名じゃなさそうだが、植物にとってはむっちゃ重要な高分子である。
木材の成分のうち40~50%がセルロースだが、リグニンは20~30%もある。セルロースより無名だが、その重要性は劣らない。木材の硬さを維持するのに重要で、これがなければ植物は大型化できないし、昔ここにも登場した維管束の構造を保つにも必須である。また、マメの皮や莢にも含まれている。なんと、採取されたマメでは、乾燥だけでなく、皮のリグニン化(木質化ともいう)が一気に進んで硬くなるのだ。
まったく知らんかった。なんでも、切られることによるストレスや脱水の進行、それに、オーキシンのようなリグニン沈着を抑制するホルモンの供給が断たれることによってリグニンが爆速で合成されるとのこと。どやっ、びっくりしたやろ! そうでもない?
これも知らんかったが、甘さについてもしっかりとした化学的な裏付けがある。葉の光合成で作られた成分が豆に運ばれて蓄えられるのだが、その主たる成分は甘みの強いスクロース(蔗糖ともいう)だ。広辞苑を引いてみたら、蔗糖は「しょとう」として載っているが「シャトウの慣用読み」とある。へぇ、そうなんや。でも、そんなん誰も知らんやろ。構造的には、単糖であるブドウ糖(グルコース)と果糖(フルクトース)のくっついた二糖である。
豆は運ばれてきたスクロースを蓄えるだけでなく、それを利用して成長している。さて、摘み取られたらどうなるか。供給を断たれてしまっても生き続けているので、お豆さんはスクロースを代謝に回してしまう。かくして、糖度が下がるのである。エンドウの場合、常温だと1日で6~7割に、2日で半分以下に低下してしまうという。売られている豆と収穫直後の豆はそれだけ甘みがちがうのだ。
同じように固くなって甘さが減る野菜には、トウモロコシとアスパラガスがあると書かれていた。我が意を得たり! トウモロコシは以前に書いたとおりだし、いずれ書くアスパラガスは、マメやトウモロコシ以上に収穫直後の甘さと柔らかさが際立っている。感覚的にそうだろうと思っていたことが裏付けられてむっちゃうれしい。研究でいいデータが出たときみたいに。知的興奮度、爆上がり!
スナックエンドウとスナップエンドウ、どちらが正しい?
これに比べるとむっちゃちっこいが、スナップエンドウとスナックエンドウのどちらが正しいか問題というのもある。元々、70年代に米国から導入されたもので、原名は snap pea だから、スナップエンドウが正しい。農水省的にもそうだ。ちなみに snap はポキッと折れるとかパリッと音がするという意味で、なかなかええ感じだ。
なのに何故スナックエンドウなる名前が、というと、サカタのタネ(当時は坂田種苗)が販売を開始するときに「スナックエンドウ」という商品名で売り出したからぁ(←チコちゃん風に読んでください)。スナップよりもスナックの方が食べ物感があって言いやすいのかもしらん。
スナップって、外来語としては「スナップを効かせる」で使うのが普通やから、どこにスナップが効いとんねんという感じがしてしまうせいもあるのかもしらん。ちなみに、サカタのタネでは今でも「つるありエンドウ スナック753」の種が売られておりまする。
生態もけったい、名前もけったいな落花生
おつぎは落花生。茹で落花生や落花生ご飯にするために育てている。たまにスーパーで見かけることもあるが、生の落花生はあまり売られていない。千葉ではどうか知らんけど、すくなくとも大阪ではそうだ。それに、茹で落花生にしても落花生ご飯にしても、自家栽培の新鮮なものの方が明らかにおいしい。これも理由はソラマメやエンドウと同じである。「新鮮豆共通原理」と名付けたい。
しかし、落花生というのはけったいな植物である。花が咲いた後に子房柄と呼ばれる茎が下へと伸び始めて地中に潜り、そこに実がなる。花が落ちたところに実ができるというわけではないけれど、落花生と呼びたくなる気持ちはわかる。元は中国語らしい。子どものころは南京豆ともいうてたけど、最近は聞かんようになりましたな。定冠詞をつけたザ・ピーナッツいうたら往年の双子デュオやけど、お二人ともお亡くなりになられてるし、もう知らん人の方が多いかも。
ピーナッツというのはへんちくりんな名前である。pea=マメ + nut=ナッツなのだから、どっちやねん! と言いたくなる。学名はこれまたリンネの命名で Arachis hypogaea。rachis は「花梗(かこう)」あるいは「花枝(かへい)」で、花をつける短い枝のこと。 arachis は、頭のaでそれを打ち消してるから「花梗がない」、hypogaea は gaeaが大地だから地下で生じるの意味。味気ないけど、シンプルでええ感じの学名やん。
マメ科植物と根粒菌の偶然の共生
マメ類といえば連作障害である。他の種類の野菜でも、同じ場所に植えたら出来が悪くなるというのはよくあることだが、マメ類ではそれが顕著で3~5年間はあけて栽培すべきとされている。マメ科に特有の病害虫があること、他の植物の発芽や生育を抑制する物質の分泌があることと並んで、根粒菌の問題もあるとされている。マメ科といえば根粒菌、根粒菌といえば窒素固定である。
植物にとって窒素は重要な必須元素のひとつだ。窒素ガスとして空気中に大量に存在しているが、残念ながら、植物はそれを養分として利用することができない。窒素ガスから、利用できる窒素化合物に変換する反応が窒素固定である。根粒菌という細菌は、ニトロゲナーゼという酵素で窒素分子からアンモニアを生成し、それをマメ科植物に提供している。
根粒菌が植物の根に侵入して形成するコブ状の構造が根粒である。マメ科植物にとっては、アンモニアが水に溶けてできたアンモニウムを養分として吸収できるのだから、根粒菌を体内に持つことに大きなメリットがある。一方の根粒菌にとっても、植物から糖質を供給してもらえる、生育環境を整えてもらえるというメリットがあるので、両者は共生状態である。
素人ですら、他の植物でも根粒菌を利用できたら便利やないかと思いますわな。しかし、そうはなっていない。他にもなくはないが、ほぼマメ科植物限定である。これは、進化的に非常に稀なことが、マメ科植物と根粒菌の間で偶然に生じたためと考えられている。やっぱり進化ってすごいわなぁ。しかし、バイオテクノロジーの力を使って細菌による窒素固定を人工的に導入しようとする研究が進められていて、一部ではうまくいきつつある。いやぁ、人間の知恵もやっぱりすごいわなぁ。
人類を食料危機から救ったすごい発明
窒素肥料の歴史も面白い。19世紀の半ば、ドイツの化学者リービッヒが植物の生育には窒素・リン酸・カリウムの3要素が重要であるということを発見し、これらの成分が肥料として使われ始めた。とりわけ有効性の高かったのが窒素で、その主たる供給源はチリの硝石だった。これは海鳥の糞に由来するのだが、総採掘量は1000万トン以上におよんだというから、どんだけたくさんの海鳥がおったんや。しかし、いくらたくさんあったとしても、採り尽くされる日が来る。
チリ硝石が枯渇して食物生産が減少し、増加しつつある人口を支えきれなくなるとの危機的状況が迫っていたころ、ドンピシャリのタイミングで工業的な窒素固定法が開発された。トム・クルーズが危機一髪の時に、起死回生の武器を与えられたようなもんである。映画以外でも、世の中には信じられない幸運がおこることもあるのだ。
英国の貴族にして科学ジャーナリストであるマット・リドレーは、その著書『繁栄 明日を切り拓くための人類10万年史』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)の中で、悲観的になりすぎる必要はなく、人類は創意工夫で困難を乗り越えてきたと、この事例を紹介している。でも、地球温暖化や環境変化にはそんな奇跡はおこりそうにありませんわなぁ。
この20世紀初頭に編み出された方法は、開発者の名前をとってハーバー・ボッシュ法と呼ばれており、いまでも使われている。大量のエネルギーを必要とする、二酸化炭素を排出するという欠点があるが、いまだにこれを上回る方法が出現していないという優れものだ。化学者であるフリッツ・ハーバーが原理を発見し、カール・ボッシュがその工業化に成功したという合わせ技である。いまでも世界中で使われている窒素肥料の9割以上がハーバー・ボッシュ法で合成されたアンモニアだというのだから、別々にではあるが、二人ともノーベル化学賞を受賞したのは当然だろう。
人類を危機から救ったハーバーだが、第一次世界大戦では毒ガスの開発に携わり、倫理的に大きな非難をうけた。同じく化学者であった妻クララ・イマーアーヴァーは、ハーバーが毒ガス攻撃から帰宅した夜に自宅の庭で夫の軍用ピストルを使って自殺した。理由は定かでないが、毒ガス開発も関係ありとされている。そこまで国家に尽くしたハーバーだったが、プロテスタントに改宗していたとはいえユダヤ人であったため、後にナチスの排斥をうけ、スイスで客死する。
最後はちょっと悲しい話になってしまいましたけど、今回のメインテーマは、マメ科はえらい、という話であったことをお忘れなきよう。
知的菜産の技術

大阪大学医学部を定年退官して隠居の道に入った仲野教授が、毎日、ワクワク興奮しています。秘密は家庭菜園。いったい家庭菜園の何がそんなに? 家庭菜園をやっている人、始めたい人、家庭菜園どうでもいい人、定年後の生き方を考えている人に贈る、おもろくて役に立つエッセイです。
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