
発売前から、「展開が予測不能!」「一気読み必至!」と書店員さんが熱狂している『妻はりんごを食べない』。
著者の瀧羽麻子さんに、刊行記念インタビューを行いました。
これまで、ほっこりと温かい物語、優しさに満たされる物語で読者を魅了してきた瀧羽麻子さんが、今までとはガラリとちがう作風に挑んだのはなぜ?
(構成/瀧井朝世 )

妻が帰ってこない。いるはずの場所に行っても姿がない―。
世相を映し、ロードノベルとしても楽しめる今作は、謎を軸にした物語。
―― 新作『妻はりんごを食べない』、先が読めない展開でハラハラしながら読みました。これまでの作風とはちょっと違って、謎が牽引するタイプの作品ですね。
瀧羽 じつは最初、「新聞連載を書きませんか」というお話をいただいたんです。結局その企画はなくなったんですが、せっかくなので、先が気になる話で、世相や現代の価値観にもふれるようなものを書いてみたいなと思いました。ミステリーというほどではないけれど、あまり書いたことのない、謎を軸にした話を考えました。
たとえばギャングが銀行強盗をするとか、派手な事件性のある話は私には書けないと思うので(笑)、日常と地続きで、警察沙汰になるかならないか微妙なラインの出来事を考えました。残虐だったりセンセーショナルだったりすることが起きるわけでもなく、どちらかというと心理戦のなかで、静かに疑惑を膨らませたいなと思いました。
――視点人物は東京に暮らす41歳の会社員、暁生です。37 歳の妻、玖美とは仲のよい夫婦ですが、法事で彼女が京都の実家に戻り、なかなか帰ってこない。連絡は取れるので心配していなかった暁生ですが、不在が長引くにつれ不安になり、自分は玖美のことをよく知ってはいなかったと実感せざるを得なくなる。
瀧羽 価値観も合うし、この人とならやっていけると思って結婚しても、意外に相手を深く知らない、ということはある気がして。
この二人は互いの過去や属性にあまりこだわらず、一緒にいて心地よかったから結婚したのかなと思います。主人公にとっては目の前の彼女がすべてで、相手のバックグラウンドについてはそこまで深追いしようとしなかった。もともと主人公も妻も、仲はいいけれど何もかも開示しあうタイプではない。この二人は少し極端ですが、誰しも言いづらいことや聞きづらいことはあるだろうし、すごく特殊な夫婦だとは思わないですね。問題が起きなければ、ずっと知らないまま添い遂げることもできたかもしれません。
――二人は行きつけの飲み屋で出会った仲なので共通の知り合いもいないし、互いの家族ともあまり交流がない、というのも大きいですよね。
瀧羽 ひと昔前だったら、結婚するとなるとお互いの家を巻き込むことも多かったかもしれませんが、今は個人対個人で家族を作るということもしやすくなっている気がします。昔のお見合いみたいに、相手の生まれ育った環境や家族について、細かく気にしすぎないというか。その分、知らないことも増えますよね。
――ただ、二人は結婚前に、子どもはほしくない、という意思は確認しあっている。
瀧羽 妻が30代後半で夫が40代前半ですし、やっぱり、感情だけで盛り上がって結婚するのはちょっと難しいのかと。結婚という制度において、やはり子どもは重要なファクターなのかなと思います。

――主人公の暁生について、どういう人物像をイメージしていましたか。
瀧羽 優しいし人に気を遣うけれど、根本的なところでちょっと腰が引けているというか。一方で、意外にプライドが高くて、人に弱みを見せたくないところもある。素直に自己開示できないタイプだからこそ、妻に過去について訊けなかったところもあるかと思います。
これは書きながら気づいたことですけれど、41歳という世代的に、いわゆる昭和の男性像から完全には自由になりきれていないのかも。本人は自覚が薄くて、現代的にふるまおうとしているけれど、男としてみっともないことはしたくないと感じているふしがあります。
妻がなかなか帰ってこない時も、彼女を信じたいという気持ちだけでなく、心配しすぎて心の狭い人間だと思われたくないという気持ちや、現実を直視するのが怖いという気持ちが働いている。それで問題を先送りしてしまう。周りの人が発破をかけないとなかなか行動する勇気が出ないんです。
―― 発破をかける役割の人間が複数いますよね。一人目は、学生時代に映画サークルの友人だった絢子。実は暁生には離婚歴があり、絢子は元妻です。偶然再会した際、妻がなかなか戻ってこないと聞いた絢子は「戻ってきたくないんじゃないか」と訝しむ。それでようやく暁生も不安を感じるという。
瀧羽 性格も主人公との関係性も、今の妻とは対照的ですよね。元妻は結構きついことも口にする人。主人公にとっては、唯一自己開示できる存在です。学生時代って友達にみっともないところも見せてしまいますし、今さら隠す必要がないというか。主人公は、今は落ち着いているけれど、20歳前後の時はもっと無邪気に、好きな人には気を許すタイプだったんじゃないかとも思います。
なんでも分かりあえて気の合うしっかり者の元妻と、ふんわりと穏やかだけど、何を考えているのか分かりにくい今の妻、という対比は意識して書きました。
――もう一人、暁生に行動を起こさせる人物がいます。玖美の弟で、東京の大学で民俗学を研究している28歳の斗真です。彼は大のお姉ちゃんっ子で、ずっと暁生を敵視してきましたが、彼も玖美が戻らない理由が分からず、暁生を引き連れて京都へ向かう。二人の間にバディ関係が生まれていきますね。
瀧羽 最初は仲が悪くて、でもちょっとずつ心を許していく、という過程を書きたかったんです。主人公が腰が重めなので、他に動きのある人がいないと話が進まないし、相棒がいることで収集できる情報も増えますし。
ただ、弟は主人公を助けてくれるようでいて、何か裏もありそうなんですよね。元妻や会社の先輩は完全に主人公の味方ですけれど、弟は敵なのか味方なのかよく分からない。
―― 玖美は京都の実家におらず、彼女の両親は何か隠している様子。暁生と斗真は本格的に彼女を捜し始めますが、次々と新たな事実が出てきて驚きの連続でした。情報の小出しのテンポも絶妙ですね。
瀧羽 情報を出すタイミングは工夫しました。主人公は妻について知らないことがいっぱいあるし、主人公も妻に知らせていないことがある。それを少しずつ出して、「こんなことがあったのか」「あんなことがあったのか」と、事実をどんどん発見していく面白さを出したかったんです。「そう言われてみればこのシーンではこうだった」と後から思えるような会話や描写を伏線として入れていきました。
――読みながら真相を推測したんですが、完全に騙されました。読者をどう翻弄するか念入りに考えられたわけですか。
瀧羽 読者というより、主人公の予想を裏切り続けることを考えました。それは主人公の一人称の語りだからできたことかなと思います。
今回は主人公の葛藤や、思い悩むところを書くうえで一人称を選びました。彼の主観を通すと、もう誰を信じたらいいか分からなくて全員怪しい、みたいな感じになっていきますよね(笑)。
(後半へ続く)
妻はりんごを食べないの記事をもっと読む
妻はりんごを食べない

40代に入った小川暁生は、妻と二人の生活を気に入っている。
ところがある日、妻が実家に行ったきり、戻ってこない。
京都にある彼女の実家を皮切りに、日本を北へ南へ――彼女に縁のある場所を探る暁生だったが、どこへ行っても、彼女は気配だけ残し、姿は無い。
見知らぬこの地で彼女は何をし、どんな顔を見せていたのか?
遠く離れた土地と土地を結ぶ“線”には、どんな秘密があるのか?
そもそも彼女は無事なのか?
穏やかすぎる夫婦に突然訪れた、愛のゆらぎの物語。
愛と謎を軸にしたロードノベルに、書店員からの絶賛の声が続々届いている。