
話題作に次々と出演し、舞台でも映像でも鮮烈な存在感を放つ俳優・安藤玉恵さんのご実家は、東京・尾久のとんかつ屋「どん平」。はじめての著書『とんかつ屋のたまちゃん』では、街と家族の記憶を軽快な文体で繊細に綴りました。なつかしくて、おかしくて、泣ける名エッセイは、いかに出来上がったのか? 安藤さんと一緒に、マネージャーの山田恵理子さん、担当編集者の幻冬舎・竹村優子が振り返りました。
(写真:牧野智晃)

行間ににじむ戦争の記憶
竹村 最初に原稿を読んだとき、子供の安藤さんが2階からスナック木の実さんを覗いてるシーンがいいなと思いました。大人たちが店先で喧嘩してるシーン。目に浮かぶようでした。あと、食べ物がどれも美味しそうでした。とりわけ、おばあちゃんが白菜のお漬物を食べるところ。
山田 「どん平」で働いていた石川さんのところもいいですよね。布団のシーンは、思わず「わっ」と声が出ました。
竹村 尾久って昔、工場が結構ありました? そう聞いたことがあります。
安藤 そう、工場だらけだったそうですよ。石川さんも工場で働いていたみたいです。
竹村 『とんかつ屋のたまちゃん』の面白いところのひとつは、時代や歴史が描かれていることだと思っています。阿部定事件がどん平から20メートルくらいの場所で起きたという冒頭だけでなく、ちょっとしたエピソードや行間に日本の歴史を垣間見ることができる。それは、安藤さんが、普段から意識されてるということですよね?
安藤 それはありますね。ただの思い出を振り返るだけじゃなくって、そこの隙間に、その当時の日本だったりとか、戦争のことを見てしまいますね。
竹村 お父さんが、お腹すいてることが嫌でお客さんにどんどんキャベツを追加したというのも戦時中の体験があるからですものね。
山田 昭和19年生まれのお母さんや石川さんのお名前、「カツ子」と「千勝」でも時代の空気がわかりますよね。子どもにつける名前にまで、戦争に勝つことへの思いを込めなきゃいけなかったんだって。
安藤 女の子から見る戦争が大事じゃないかというのは思ってます。大学生の時のゼミの先生に、大学4年間であなた自身の戦争論をちゃんと考えなさいって言われたんです。美術史の先生だったんですけど、そこを通らないとダメなんだって。大学生になるっていうのはそういうことなんだと。
竹村・山田 すごい先生。
安藤 だから、卒業するまでに自分の中で戦争をちゃんと決着つけろ、と。これからどう戦争と関わっていくのかって言われたのはもうずっと残ってるんです。お父さんが自分の体験を話してくれたのも大きかったですね。私は、同世代の中で圧倒的に戦争の話を聞いてる方だと思います。でも、目を凝らしてみると、ちゃんと「これは戦争の影響だな」と思うことが今の普段のなかにもたくさんあるんですよ。
竹村 東京の下町の碁盤目状の綺麗な道路は、関東大震災、そして東京大空襲で焼け野原になった影響もありますよね。
山田 石川さんも北関東から集団就職で来たのかなとかいろいろ考えたり。
竹村 そうそう、そういう時代を想像するヒントがたくさん散りばめられてるなと思います。
(第3回につづく)
とんかつ屋のたまちゃん

2025年5月28日発売『とんかつ屋のたまちゃん』について