
5月、蔵前にある独立系書店・透明書店でトークイベントを行った。
岩井が編者を務めたエッセイアンソロジー『花粉はつらいよ』(亜紀書房)の刊行記念イベントである。一緒に登壇したのは、作家のカツセマサヒコさんと木爾チレンさん。「花粉症ではない」というカツセさんの主張と、「花粉症への憧れがあった」という木爾さんの告白が印象に残っている。
ちなみに、この3人は各々知り合いではあったのだが、一堂に会したのはこの時が初めて。にもかかわらず、壁を感じることなくおしゃべりできたのは、お二人の人柄はもちろん、年齢がほぼ同じということもあっただろう。(カツセさんが1986年生まれ、木爾さんと岩井が1987年生まれ)

ところで、会場となった透明書店には、少し特殊な成立経緯がある。
こちらのお店を運営しているのは、会計ソフトや人事労務ソフトの開発・販売などで知られるfreee(フリー)という会社だ。「スモールビジネスを、世界の主役に。」というミッションを掲げる同社は、みずからスモールビジネスを実践する場として書店を開業したのである。
透明書店がオープンしたのは、2023年4月。面白いのは、「透明」というコンセプトだ。こちらのお店では、なんとオープンからの1年、毎月の収支をnote上で公開していた(現在は非公開)。実は私も当時から毎月追っていたのだが、書店という商売の生々しい実態を知ることができ、とても興味深かった。
noteには記事が残っているので、ぜひ覗いてみてほしい。以下の記事はオープン初月の売上等を赤裸々に報告したもので、翌月以降も公開されている。
「【実績公開】走り出した透明書店。初月売上を開示します。」
https://note.freee.co.jp/n/n5fa3567eb1b5
副店長を務めるのは、Chat GPTを搭載した「くらげ」だ。質問を投げかけると、瞬時に答えてくれる。(キャラクターとしてくらげが選ばれたのも、まさに「透明」だから)

もともとnoteの記事を読んでいたこともあり、透明書店には前から興味を持っていた。イベントにお声かけくださったのをきっかけに、逆にこちらから「あなたの書店で1万円使わせてください」の取材をお願いしたところ、快く受けてくださった。
透明書店はいったいどんなお店なのか、そしてくらげ副店長はわれわれを歓迎してくれるのか。楽しみに取材当日を待った。
*
透明書店を訪れたのは、イベントが開催される前々週の5月中旬。都営大江戸線・蔵前駅から徒歩1分の場所にある。(浅草線の蔵前駅だと、ちょっと歩きます)
お店の前で担当編集者氏と待ち合わせ、店内へ。スタッフの高場さんや遠井店長にご挨拶して、さっそく取材という名の買い物をさせてもらうことに。

本企画のルールは「(できるだけ)1万円プラスマイナス千円の範囲内で購入する」という一点のみ。さっそく自腹(ここ重要)の1万円を準備して、買い物スタート。

独立系書店とあって、オリジナリティある選書が光っている。新刊書店ではあまりお目にかかれない本もたくさん。角田光代『韓国ドラマ沼にハマってみたら』のカバーがポップでかわいい。

透明書店では新刊だけでなく、古書も扱っている。「くらげ」をあしらったお店のオリジナルグッズも豊富。

くらげ副店長は、お店に入って右手前にいた。キーボードで質問を投げかけてみると、すぐに答えが返ってきた。

透明書店ではZINE(個人・少人数で自主制作する出版物)も取り扱っている。それも、かなり大きな棚だ。

何気なく物色していると、中前結花『ドロップぽろぽろ』(私家版)が目に留まった。女の子のイラストがかわいい。遠井店長いわく、売れ行き好調とのことで重版を重ねているらしい。ZINEなのに何度も重版するなんて、なかなかすごい。
あえてまったく試し読みせず、購入することにした。というわけで、今日の1冊目はこちらに決定。

お店は奥に長い構造で、左右の壁は本棚で埋め尽くされていた。本棚と本棚の間には、グッズを展開する什器や、座って本が読めるテーブルセットなどが配置されている。

どれを買おうか迷っていると、「透明書店の人気本」の棚を発見。こういうのは本探しの目安になるのでありがたい。

本の並び方が普通の新刊書店とはまったく違うので、歩いているだけで驚きがある。コミックのすぐ近くにサイエンスの本があったり、人文書と小説が並んで陳列されていたりする。こういう味わいは独立系書店の醍醐味。

そんななか、無視できないタイトルを発見。前田安正『AIに書けない文章を書く』(ちくまプリマ―新書)である。小説家としてはこのタイトルだけでかなり心揺さぶられるが、オビの文章がまたいい。
AIがものを書く時代だからこそ、「それでも自ら文章を書く」。
文筆家の存在意義を問うような一文である。迷わず、今日の2冊目をこちらに決定。

透明書店の棚はテーマが設定されている。ただ、ガチガチに分野を決めてしまうのではなく、あくまでゆるい縛りである。こういう「ゆるくまとめる」行為は、まさにAIが苦手とするところかもしれない。

そして、スモールビジネスを応援するfreeeの関連会社らしく「素敵な小さな出版社」という棚もある。

ここで気になったのは、上川多実『〈寝た子〉なんているの? 見えづらい部落差別と私の日常』(里山社)。
実はこのタイトルは、SNSで目にしたことがあった。〈寝た子〉という印象的なワードが使われているが、里山社公式サイトによれば、その真意はこうである。
「差別はもうない。〈寝た子〉を起こすな」と言われがちな部落問題。東京生まれの部落ルーツ、シングルマザーの著者は子どもやママ友に〈部落〉をどう伝える?
一見遠いようで、実はきわめて身近な「部落」という問題に、今までにない角度から切り込んでいるようだ。こちらも購入決定。

お仕事に関する本もいろいろと揃っている。ビジネス書だけでなく、マンガや音楽といったエンタメ領域でのビジネスに関する本も。

手に取ったのは、木崎賢治『プロデュースの基本』(インターナショナル新書)。
著者は、沢田研二、吉川晃司、槇原敬之、BUMP OF CHICKENといった大物アーティストたちをプロデュースしてきた音楽プロデューサー。いろいろな職業の人が本を出しているが、音楽プロデューサーは比較的珍しい(気がする)。
アーティストとプロデューサーの関係は、小説家と編集者の関係と、どこか似ているようにも思う。自分の仕事のヒントにもなりそうなこの1冊も、購入することに。

お店の奥には、シェア本棚が展開されている。透明書店は、シェア型書店でもあるのだ。コンセプトは「独立したい系書店」だという。

実は透明書店は、24時間営業の書店でもある。木曜~月曜の12時~19時は有人営業で、その他の時間帯は無人営業となっている。24時間営業のシェア型書店は、(おそらく)日本初だという。
ここでは、武田砂鉄『わかりやすさの罪』(朝日文庫)が気になった。
わかりやすいことは善なのか、というのは私もよく考えることである。特に小説というメディアは、わかりにくかったり、時間がかかったり、面倒だったりもする。小説の存在意義を考えるうえでも、読んでみたい1冊。
というわけで、この本も買うことに。

オリジナルグッズはバラエティ豊かで、Tシャツ、ソックス、ハット、バッグなど、どれもオシャレ。

再度棚を物色していると、西村佳哲『自分をいかして生きる』(ちくま文庫)を発見。同著者の『自分の仕事をつくる』は読んだことがあり、面白かった記憶があったので、こちらも手に取ってみる。
どうやら本書は、『自分の仕事をつくる』の続編のよう。といっても単刊でも楽しめそうだし、なんといっても〈人間のいちばんの大仕事は「自分をいかして生きる」ことなんじゃないか〉というオビの文章がいい。
こちらもほぼ即決で、購入することに。

まだあと2冊くらいは買えそうな気がする。22坪の店内をぐるぐる巡りながら、棚をじっくり観察する。

興味を引かれたのが、最首悟『能力で人を分けなくなる日 いのちと価値のあいだ』(創元社)だ。
本書は「あいだで考える」というシリーズの1冊。「あいだで考える」シリーズには面白い本が多く、『根っからの悪人っているの? 被害と加害のあいだ』などを読んだことがあった。
本書はタイトルから察するに、メリトクラシー(能力主義)を考えるうえで意義がありそうだ。私自身、「能力」という言葉が持つ曖昧さには関心があるので、この本を読みながら考えてみることにした。

そろそろ最後の1冊を決めたい。今日はまだ小説を選んでいないので、最後は小説がいいかもしれない。

そんなことを考えながら棚を見ていると、すばらしいカバーデザインの文庫を発見。村田沙耶香『変半身』(ちくま文庫)だ。
表紙デザインに使われているのは、夭逝の天才画家・中園孔二の作品だ。以前、『穏やかなゴースト 画家・中園孔二を追って』という本で作品を見たことが合ったので、すぐにそれとわかった。
村田作品のなかでも『変半身』は未読のため、最後の1冊はこちらに決定。

というわけで、今日選んだ本は8冊。文庫や新書メインのため、冊数的には割と買うことができた。

さあ、いよいよお会計である。

今回はいくらになるだろうか。
……ジャン。

9,858円。文句なし!
レジ横ではビールも売っている。このビールを飲みながら、お店で本を読むこともできるそうだ。いいですね~。

一見してオシャレな透明書店だが、このお店はオシャレなだけではない。「やれることはなんでもやろう!」という迫力がみなぎっているのだ。
オリジナルグッズの販売、古書の取り扱い、24時間営業、シェア型本棚、飲食物の販売……とにかく、経営状況を改善するためにあらゆる手を打っている。このアクティブな姿勢は、スモールビジネスを応援するfreeeという会社にルーツを持つことと無縁ではないだろう。
実はfreeeは、「freee出版」という出版レーベルも持っている。(レーベル1冊目は川内イオ『ウルトラニッチ 小さな発見から始まるモノづくりのヒント』)

傍観者ではなく、実践者として積極的に書店・出版ビジネスに関わろうとするfreeeの姿勢は、他ではちょっと見られない。こうした背景こそが、透明書店のオリジナリティの源泉と言えるかもしれない。
透明書店が次にどんな手を打つのか、今から楽しみでならない。
それでは、次回また!
【今回買った本】
・中前結花『ドロップぽろぽろ』(私家版)
・前田安正『AIに書けない文章を書く』(ちくまプリマ―新書)
・上川多実『〈寝た子〉なんているの? 見えづらい部落差別と私の日常』(里山社)
・木崎賢治『プロデュースの基本』(インターナショナル新書)
・武田砂鉄『わかりやすさの罪』(朝日文庫)
・西村佳哲『自分をいかして生きる』(ちくま文庫)
・最首悟『能力で人を分けなくなる日 いのちと価値のあいだ』(創元社)
・村田沙耶香『変半身』(ちくま文庫)
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文豪未満

デビューしてから4年経った2022年夏。私は10年勤めた会社を辞めて専業作家になっ(てしまっ)た。妻も子どももいる。死に物狂いで書き続けるしかない。
そんな一作家が、七転八倒の日々の中で(願わくば)成長していくさまをお届けできればと思う。
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