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日本の「食」が危ない!

2025.06.14 公開 ポスト

15歳の少女が訴えた地球の危機―私たちが目指す「本当の豊かさ」とは中村桂子(JT生命誌研究館名誉館長)

米の値上がり、野菜・果物の不作、水揚げ量の低下……。歴史的な食糧危機から抜け出すため、私たちが今取り組むべきこととは。

生命誌研究の第一人者である中村桂子さんが、40億年の生命誌の観点から「食」と「農」の未来について語った『日本の「食」が危ない!』(幻冬舎新書)が発売になりました。本書より、試し読みをお届けします。

*   *   *

15歳の少女の叫び

「食品ロス」という言葉は単に賞味期限切れのお弁当を捨てるという話にとどまらず、食べものを巡って大きなロスが起きていることを見てきました。

それは地球環境の変化によって起きているのであり、その変化の原因は私たち人間の暮らし方にあります。ここで科学的証拠を問う人がいますが、地球と生きものは単純な因果関係で捉えられるものではありません。素直に現実を見るほかなく、そこからは、豊かさや便利さだけを求め、欲望のままに生きることは考え直さなければならないという答が見えています。

好きな時に好きなように食べ、いらないと思ったら捨てるのが上等な暮らしと思って食べものを扱ってきた結果、自然の状態が変化し、良質な食べものを充分に手にできないことになりそうなのです。食べものは地球の力、生きものの力で生れるものであり、人間が勝手につくれるものではありません。

スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥーンベリさんが活動を始めたのは、15歳の時です。地球環境問題に大人が無関心なことに憤り、スウェーデンの国会議事堂前で抗議活動を始めました。他の学生たちも彼女に触発されて抗議活動を始め、「未来のための金曜日」の名で気候変動対策を求める学校ストライキが始まり、この運動は、世界に広がっていきました。

2019年、国際連合事務総長のアントニオ・グテーレスさんは、「私の世代は気候変動の劇的な課題に適切に対応できていない。これは若い人たちが深く感じている。彼らが怒っているのもふしぎではありません」と認めました。私たちは、子どもは何もわかっていない、若い人は未熟だと思いがちですが、生きものとして大事なことがわかっているのは子どもであり、その頃を忘れていない若い人です。彼らが本質を忘れないような状況をつくることが大人の役割だと私は思っています。大人の思う方向へ導くことではなく。

便利さの裏にあるエネルギー大量消費

20世紀後半、私たちの生活は飛躍的に便利になりました。車に乗り、家庭にエアコンが備えられ、ジェット機で各国を行き来する。工場では大量の製品が製造され、それを消費していく――。

「便利さ」や「豊かさ」を物が支え、物を手に入れるためのお金が豊かさの象徴となりました。便利さとは、速くできること、手を抜けること、思い通りになることです。携帯電話など、テクノロジーの進歩によって次々と開発された機器は、さらなる便利さをもたらしました。そうした製品を生産する産業の活発化で経済は成長しました。24時間営業のコンビニエンスストアにはプラスチック容器に入ったお惣菜やお弁当、ペットボトル飲料がずらっと並んでいます。コンビニエンスとは、「便利」「手がかからない」という意味であり、現代社会の象徴でしょう。私はほとんど使ったことがないのですが、周囲の若い人たちは「コンビニのない町には暮らせない」と言います。

ほとんどの生活用品はインターネットで注文すれば家まで届けてもらえますし、お金さえあればいながらにしてあらゆるものが手に入る方向を目指して社会は動いています。

これがエネルギー消費を増やし、化石燃料を燃やすことで、大気中に放出される二酸化炭素量が増え、地球温暖化を進めました。ここでグレタさんは、ジェット機には乗らないと決め、国際会議に出席する際も鉄道や船を使うといった少し極端な形でメッセージを出しています。誰もがジェット機に乗らないという選択をするのは難しいでしょう。

でもこのメッセージを受け止めて生活の見直しはできますし、生きものとして生きると、日常の中でできることがたくさん見えますので試してみて下さい。

私がグレタさんと同じ年だったのは、テレビ放送が始まるのを楽しみにしていた頃ですから、もっと豊かになることが幸せにつながると信じていました。レイチェル・カーソンの『沈黙の春』が出版されたのは大学院生の時で、その頃からこのままではいけないなと思い始めたのを思い出します。短期間の変化です。以来悩みながら辿り着いたのが「生きものとして生きる」ということです。すべてをこの切り口で見ることにしました。社会全体の成長路線を変えることなどできませんでしたし、グレタさんのような活動家にはなれないダメ人間ですが、小さな発信は続けています。

社会を変えるために一人一人ができることをやらなければなりません。物の豊かさ、便利さを全否定することはありません。でも今の状況はいき過ぎです。そのために生きものである人間が生きものとして思う存分生きられない、暮らしを楽しめないのでは何のための豊かさかわかりません。本当の豊かさを考えよう。グレタさんもそうだろうと思います。世界中で動かなければならないことに若い人たちも気づいています。子どもたちや若い人は経験不足のところはありますが、生きものとしての本質には近いと言えます。ここでもフラット。子ども目線を大切にしたいと思います。

関連書籍

中村桂子『日本の「食」が危ない! 生命40億年の歴史から考える「食」と「農」』

米の値上がり、野菜の不作、漁獲量の激減……。 日本の「食」は今、かつてない危機に直面している。 その原因は、私たちが便利さを追い求め、大量のエネルギーを消費してきたことにあるのではないか。 生命40億年の歴史が教えてくれる生きものの世界の本質は、格差も分断もなく「フラット」で「オープン」であること。人間は特別な存在という思い込みを捨て、この本質に立ち戻ることにこそ、危機を乗り越え、ほんとうの豊かさを取り戻す鍵がある。 持続可能な「食」と「農」の実現のため、人類の生き方を問う一冊。

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日本の「食」が危ない!

米の値上がり、野菜の不作、漁獲量の激減……。日本の「食」は今、かつてない危機に直面している。その原因は、私たちが便利さを追い求め、大量のエネルギーを消費してきたことにあるのではないか。生命40億年の歴史が教えてくれる生きものの世界の本質は、格差も分断もない「フラット」で「オープン」であること。人間は特別な存在という思い込みを捨て、この本質に立ち戻ることにこそ、危機を乗り越え、ほんとうの豊かさを取り戻す鍵がある。持続可能な「食」と「農」の実現のため、人類の生き方を問う1冊。

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中村桂子 JT生命誌研究館名誉館長

1936年東京生まれ。JT生命誌研究館名誉館長。東京大学理学部化学科卒、同大学院理学系研究科生物化学専攻修了。国立予防衛生研究所研究員を経て、1971年三菱化成生命科学研究所に入所。同研究所人間・自然研究部長、早稲田大学人間科学部教授、大阪大学連携大学院教授などを歴任。1993年JT生命誌研究館副館長、2002年同館長、2020年同名誉館長。1993年毎日出版文化賞、2007年大阪文化賞、2013年アカデミア賞、2024年後藤新平賞など受賞。『自己創出する生命』(ちくま学芸文庫)、『科学者が人間であること』(岩波新書)、『生命誌とは何か』(講談社学術文庫)、『老いを愛づる』『人類はどこで間違えたのか』(ともに中公新書ラクレ)など著書多数。

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