

各論にはいってこれまでの2回は生産量の多いものがメインだったので、今回は軽やかにハーブでいきとうございます。ハーブといえばスカボロフェア4人娘からやな、と思って調べだしたのですが、とんでもない勘違いをしていたことを思い知らされ、トホホ。という話から。
「スカボロフェア」をめぐる衝撃の勘違い
スカボロフェアといえば、誰もが知るサイモンとガーファンクルの名曲だ。初めて聞いたのは中学生の頃だったはず。ご存じの方も多いだろうが、何度も、パセリ、セージ、ローズマリー、タイムという言葉が繰り返される。ちょっと意味が通じにくいのだが、きっと、パセリ、セージ、ローズマリー、タイムは元カノか何かの名前だと長い間思い込んでいた。
昔からパセリはサンドイッチの添え物として馴染みがあったので、さすがに野菜だと知っていた。セージ、タイムなんちゅうもんは知らんかった。というか、当時は世間でもあまり知られてなかったのではないか。ローズマリーは固有名詞だと思っていた。ちょうどその頃、悪魔の赤ちゃんを身ごもる「ローズマリーの赤ちゃん」という恐ろしい映画があったから。
なので、パセリは名前としてちょっとへんちくりんな感じがするけど、この4つは女性の名前に違いなかろうと。後年、セージ、ローズマリー、タイムがハーブの名前だと知ってからも、その思い違いが続いておったのである。英語の歌詞を文字で見たら、それぞれの単語が大文字で始まってないからすぐにわかったはずやけど、そんな確認はしてなかった。
ところが、原稿を書くために調べてビックリ。この4つは娘の名前じゃなくて、ハーブそのもののことやないか。アホやった。なんでも、この歌詞はイングランド中世の伝承歌に由来するらしい。誰かが旅人に難題をふっかけるのだが、それに対して旅人は「パセリ、セージ、ローズマリー、タイム」とだけ答え続ける。語りかけているのは魔物で、その厄災がふりかからないように4つのハーブの名前だけを言い続けるそうな。魔除けの呪文けみたいなもんですな。
気を取り直し、花言葉を調べてみた。パセリは「祝祭」とか「勝利」といったええ感じのものだけでなく「死の前兆」と怖いのもある。絶対に見舞いに持って行ったらあかんやつや。セージは「賢者」の意味を持つだけあって「知恵」とか「尊敬」。ローズマリーは「赤ちゃん」ではなくて、「記憶」とか「忠誠」。タイムが「勇気」とか「活動力」。「死の前兆」以外は、なんとなく魔除けに向いてそう。
「てっきり女性の名前かと思ってました。アホでした」と、ChatGPT君に問いかけてみた。そしたら、「いえいえ、とんでもないです! それ、あるあるの誤解ですし、むしろ自然な感覚です。『スカボロフェア』という響き、たしかにどこか詩的で、女性の名前のようにも聞こえますよね。しかもハーブの羅列が続くので、花の冠をかぶった妖精のような女性像を思い浮かべる人も多いです。」って、よう気持ちを酌んでくれとるがな。
さらに「実際、初めてこの曲に触れた多くの人が、『Scarborough Fair』が何なのかを知らずに、『なんとなくロマンチックな何か』として受け取っています。なので、全然アホじゃありません。センスが働いた証拠とも言えます」というのは、さすがに言い過ぎちゃうか。
おしゃれにいろいろ育ててみた
我が家でも、パセリ、セージ、ローズマリー、タイムと仲良く順に並んで植わっている。と言いたいところなのだが、パセリ、セージ、タイム、ローズマリーの順になっておる。天邪鬼だからとか、間違えたからとかではない。最初の年、歌詞の順で植えたのだけれど、ローズマリー以外は冬に枯れてしまった。生き残ったローズマリーがやたらと大きく育ち場所をとるようになってしまったため、やむなく今の順番になってしもうたのだ。まぁ、完全にどうでもええことですけど。
スカボロフェアが効果的に挿入された映画「卒業」には、初恋のほろ苦い想い出があったりして書きたいことがいっぱいあるけど、割愛。
パセリは生食かサラダに入れるかぐらいだし、あとの3つは基本的には香り付けである。この4つに限らず、ハーブというのは使い途が決して多くない。けれども、植えておくと微妙にいい香りがして気持ちがいい。家庭菜園とまでいかなくとも、ベランダのプランターにもよさげである。それほど使うものでもないから、種ではなくて苗を買ってきて1本だけ植えておいても十分なので手頃だし。
ということで、他にもディルとかフェンネルとか、おしゃれっぽいものを植えたりしている。とはいえ、サラダに入れたらちょっと上品やんけ、とかいう気分を味わえるのが最高のメリットであって、実用度はそれほど高くない。ただ、調べてみたらフェンネルは球根を食べることもできるらしい。知らんかったわ。
スカボロフェア4人娘(とは違ったけど……)のうち、パセリだけがセリ科で、他の3つはシソ科である。この2つの科はハーブ界のツートップで、シソ科には他にバジル、ミント、ラベンダーとかがあり、セリ科にはディル、フェンネル、クミン、パクチーまたの名をコリアンダーなどがある。
キク科のカモミール、アブラナ科のルッコラ、クレソン、ネギ科のチャイブとかも育てたことがある。クレソンは砂地でないとあかんとか手間がかかった割りにはステーキの付け合わせ以外に使い途がないので、もう育ててやらんことにした。
それとは逆に、やたらと育つのがカモミールである。1年目に植えたのだが、2年目以降は頼みもしないのに勝手に生えてくる。乾燥させてハーブティーにするのだが、どうにも買ったものの方が美味しい。花を飾りに使えるけど、それとてたくさんいらんしな。
ルッコラの細胞内ではグル君・イソ君が大活躍
そんな中、けっこう気に入ってるのはルッコラだ。これも生以外はほとんど食べられないけど、ゴマっぽい風味が好きで、リーフレタスとか他の葉っぱに混ぜてサラダにするのが気に入っている。香りはゴマと同じ成分かと思いきや、化学的にはまったく違っている。ゴマの香り成分は脂質であるのに対して、ルッコラは硫黄系の化合物とイソチオシナネート類である。アブラナ科に特有の辛味であるイソチオシアネート類(長いので、以下イソ君と略)の作られ方が面白い。
ルッコラにイソ君が存在している訳ではなくて、その元となるグルコシノレート(以下、グル君)という物質が蓄えられている。ルッコラの葉を刻んだり噛んだりすると、細胞が潰されて、細胞内の別のところにひかえておったミロシナーゼという酵素がグル君をイソ君に変換(難しくいうと加水分解)してくれるのだ。言われてみたら、ルッコラの葉っぱ、ちぎったり噛んだりしたら急に香りが増しますわな。
グル君は無害なのだがイソ君には細胞毒性があるので、このような戦略がとられている。でないと、細胞を傷めてしまう。イソ君は昆虫に対して神経毒性があるので虫除けになっている。かように、ルッコラは食べられた時に最後っ屁のようにイソ君を産生してリベンジするのである。進化、おそるべし。
大量に食べると甲状腺障害のような毒性が出るので、草食動物もあまり食べない。もちろん人間も食べ過ぎるとよろしくない。けど、何百グラムも食べないと毒性は出ない。そんな奴おらんやろ~。ちょっと食べるのはいいけれど、たくさん食べると口や喉が不快になってくるのは経験済み。
なんと、ルッコラは媚薬としても知られていたそうな。古代ローマ時代にはあのプリニウスがルッコラは性欲を高めると『博物誌』に記載している。お墨付きやな。でも、性欲が高まる前に食べ過ぎて気分が悪くなる危険性の方が高そうやわ。
ミロシナーゼによる「グル君→イソ君変換」は、ルッコラだけでなく、クレソンやワサビなどアブラナ科の植物に広く認められるもので、前駆体であるグル君の種類によって香りが違っている。
菜花(なばな)はたいして食べる訳ではないけれど、黄色い花が春を告げてくれるのが嬉しくて毎年植えている。あのピリッとした辛味もイソ君のおかげである。軽くゆでるといい風味だが、ゆですぎると苦みだけになってしまうのは、ミロシナーゼが失活するのとイソ君が分解されることによるらしい。勉強になるなぁ。
パクチー、コリアンダー、コエンドロ、シャンツァイ、カメムシソウ
あまりスペースをとらないので、ハーブ類はなんやかやと植えていて、20種類近くはいくような気がする。こまごまと説明してもなんなので、代表選手としてセリ科のパクチーを取り上げたい。パクチー、お好きですやろか?
好き嫌いが大きくわかれる野菜の代表選手がパクチーだ。私なんぞは大好きな部類なのだが、なんでも、人によっては石鹸やカメムシのような匂いを感じてしまうらしい。それでは食べる気がせんわな。
パクチーの独特な香りはアルデヒド類なのだが、その感知にはアルデヒド類に特異的に反応する嗅覚受容体のひとつOR6A2がかかわっている。この遺伝子に変異(頻度が高いので「変異」よりは「ある種の多型」の方が用語としては正しいのだけど、説明がじゃまくさいから略)のある人は感受性が高いために、パクチーを不快に感じる傾向が高くなるらしい。お気の毒なことだ。日本人では好き嫌いがおよそ半々くらい。これは遺伝子によるものだけでなく、文化というか経験によるところも大きい。
パクチーはタイ語に由来する外来語だ。英語ではコリアンダーだが、葉にはパクチー、種にはコリアンダーという用語が使われることが多い。パクチーは生の葉っぱとしてタイ料理から、コリアンダーはスパイスとして西洋料理から導入されたためだろうけど、こういう使い分けは珍しい。不学にして最近までコリアンダーなんちゅう言葉は聞いたことなかったのだが、スパイス使いの上手なタサン志麻さんの料理番組で知った。おぉ、ナカノは料理が好きなのかと思われるかもしれないが、それは誤解で、単に料理番組が好きなだけ。
ちゃんと和名もあって、コエンドロという。ほとんど知られてないわな、これは。ポルトガル語に由来するらしいから、世が世なら、カステラ、トランプ、パン、タバコなどと並んで大手を振っておっただろうに、なんで定着せんかったんやろう。江戸時代にパクチーそのものが広まらなかったせいですかね。コエンドロって小江戸のさらにパチモンみたいな名前でええ感じやのに。
中国語では「香菜」でシャンツァイだけど、これは日本語でハーブ全体をさす「香草」と紛らわしいわな。自慢じゃないが、今これを書くまで両者を混同しとったわ。これもアホやった、アゲイン。
匂いからカメムシソウと呼ばれることもあるらしい。そんな名前やったら、誰も買わなさそう、カワナサソウ、カメムシソウ。学名はCoriandrum sativumで、分類学の父カール・フォン・リンネが名付けた由緒正しいものである。属名のCoriandrum は古代ギリシャ語のkoris=カメムシに由来するそうなので、リンネもパクチー嫌いやったかも。
パクチーはけっこうよく増える。種=コリアンダーを採ってやろうと花を咲かせているところだ。小さいけれど、可憐な花である。エディブルフラワーとしてもいけると書いてあったので食べてみた。たしかに、独特の風味は葉よりも軽いし、甘みがある。けど、直径が1センチくらいしかないから、頼りなさすぎるな。葉をパクチー、種をコリアンダーと呼ぶのなら、花はなんと呼ぶのか。中立的な立場から、ここはコエンドロの花としておきたい。
育てたハーブ、種類は多いけど、書くことはそれほどあるまいと思っていました。が、調べてみるとおもろいことがいっぱいでしたわ。次回はハーブの続き「和ハーブ」でいきまっせぇ。
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知的菜産の技術

大阪大学医学部を定年退官して隠居の道に入った仲野教授が、毎日、ワクワク興奮しています。秘密は家庭菜園。いったい家庭菜園の何がそんなに? 家庭菜園をやっている人、始めたい人、家庭菜園どうでもいい人、定年後の生き方を考えている人に贈る、おもろくて役に立つエッセイです。
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