
Xのフォロワーは90万人超、歌舞伎町での人間模様を描いた小説『飛鳥クリニックは今日も雨』(扶桑社)が大人気のZ李。今度はショートショートで、繁華街で起こる数々の不思議な事件を描く!
今回は、あるヤクザの組のお話。
何もかも忘れたかのように、無邪気に笑い合う夜。どんなに冷たい世界にも、あたたかな灯がともる瞬間というのは、あるものです。
* * *
兄貴の晩御飯
「兄貴、飯くらい自分がやりますって」
南熊一家二代目杉本連合会の夜は長い。
当番者が賄いを作るのは、初代の杉本親分の頃からの伝統だ。
出前で済ませている日に、横沢のおじきが来ると大変なことになる。
やれ「最近の若いものは飯も作れない」だの「半グレがやるようなシノギをやっているからそうなるんだ」だの、小言が止まらなくなるし、飲んで帰ってきた日なんかだと、クダまきが0時を過ぎても止まらないときだってある。
「俺がやりますって、おめえよ。俺よりうめえもん作れるようになってから言えよ。それに、杉本の叔父さん、さっきここらへんプラついてたから、どうせ来るぜ」
「いや、そうなんですけど、兄貴に玉ねぎなんか刻ませられませんって」
鋭い瞳の奥にじんわりと涙を滲ませながら、兄貴は玉ねぎをみじん切りしている。
「カレーってのはな、ルーにこれを入れるか入れないかで全然違うんだよ」
というのが、兄貴の口癖。
「おい、浩志。棚からアレ、持ってこい」
「押忍、アレっすね」
俺は、来客用のインスタントコーヒーを取りに給湯室へ走った。顆粒タイプのやつだ。
「これを加えることで、深みのある大人な味わいになる」
兄貴はそう言っていた。
一度、俺が飯番のときに隠し味にはちみつを入れようとしたら、「浩志、ヤクザもんが甘口カレーなんて作ってんじゃねえ」ってげんこつくらってさ。「おめえには渋味が足りない」って言って、顆粒コーヒーをザーッと鍋にいれて。
あんときの兄貴、かっこよかったな。
「これって、どれくらいのバランスで入れればいいんですか」
「そんなもんおめえ、企業秘密だよ。ヤクザがシノギの種明かしてどうすんだ」
「えっ、これシノギなんですか?」
げんこつを食らった。
「馬鹿野郎、お前。たとえ話もわかんねえのか。さてと。あとはこれ。こいつは初めての試みになるが、俺の勘だとこいつはやべえことになる」
そう言うと、兄貴はヘネシーのボトルを取り出した。そして、コップ半分くらいを鍋に投入したんだ。
「えっ。酒っすか?」
「昨日よお。クラブでこれ飲んでたわけよ。そしたらこの香り、絶対カレーに合うんじゃないかと思ってよ。まあ見てろ。俺はこういうの、外さねえから」
それといつものヨーグルトを鍋に入れて、兄貴は蓋を閉じた。
そうこうしているうちに、兄貴が言っていた通り、杉本のおじきが来た。
「おうおうおう。いいにおいさせやがってよう」
アルコールのにおいをぷんぷんさせながら、おじきがキッチンに入ってきた。
「なんだあ? 今日の飯番、金本かあ。おめえの飯は昔っからうめえからなあ。お、カレーじゃねえか。金本のカレーつったらよ、会の中じゃ有名よ。これレトルトにしてよお、テレビショッピングで売ったら、10億くれえになるんじゃねえの? おっと待てよ。そうなった場合には、まず兄貴には半分持って行かねえといけないだろ。そんで金本にもああ、3割か。すると、俺の監修料は2割ってとこか、がはははは」
「叔父さん、勘弁してくださいよ。原価が入ってないじゃないですか」
「なにい? 金本。おめえちょっと算数できるからってよ、株だかFXだかピコピコしやがって。原価なんてもんは、芋から自分で作ればいいんだよ、がはははは」
「いやいや、土地耕すのにも人件費かかりますよ?」
「なにい、まだ言うか金本。この、この!」
おじきは兄貴が大好きなんだ。事務所にいるときは、ずっと兄貴とじゃれていて、兄貴はそれをクールにかわしている。
「よう、浩志。できたぞ。米人数分、よそえや」
米の盛り付けだけは頑張らねえと。
「一家は兄弟だからな、誰の量が多いとかならないように、きっちり同じ分量でよそえよ」
これも兄貴の教えだ。
数分後、事務所内はざわついたね。
「エッ、まじかよ、なにこれ」
「すげえ、母ちゃんのと全然ちげえ」
「なんか飲み込んだときによ、鼻から抜けてくる、何だこれ?」
「がははは、金本。また腕を上げたな」
俺まで誇らしい気持ちになった。兄貴のブランデー作戦は、大成功だ。
「それにしてもよう、金本。どうやったらカレーがこんなにうまくなるんだ? なんか隠し味でも使ってるのか?」
「へへっ。実はね、叔父さん」
兄貴はわざとらしくポケットに左手を突っ込んで、何かを取り出すような素振りをしたかと思うと、おじきの目の前で手をパーに開いた。
「俺のエンコ、すりおろして入れちゃったんです」
「なにい、金本。がはははは。笑わせるじゃねえか! このこの~」
一家団欒ってやつだ。親も兄弟もいないってやつも多いから、こういう時間が楽しいんだよ。まあ、今の時代にヤクザなんかやってると、キツいこともたくさんあるけれど。
翌日。
兄貴はいきなり死んだ。
面倒をみてる客引きグループ同士が東口で揉めて、仲裁をしにいったところを、ポン中にわき腹を刺された。
ポン中はそのまま通行人を何人か切りつけ、走り回っていたところを徹の兄弟が押さえつけたそうだ。
駆け付けたデコスケたちに、ポン中は連れ去られた。
返しを入れようにも相手もいない。そんな状況だった。
それから何年か経ち、俺も若頭補佐になった。あのときの兄貴と同じ座布団ってわけだね。
「兄貴。飯くらい自分が作りますよ」
「なんだと、龍二。俺よりうめえもん作れるようになってから言えよ。それによ、杉本の叔父さん、さっきピンパブで見かけたぜ。どうせまた来るんだからよ」
俺は慣れた手つきで顆粒タイプのインスタントコーヒーとヘネシーを鍋に流し込んだ。
「おっ、いい匂いさせやがって。今日は浩志のカレーか? がはははは」
南熊一家二代目杉本連合会の夜は長い。
Photograph:TOYOFILM @toyofilm
君が面会に来たあとで

Z李、初のショートショート連載。立ちんぼから裏スロ店員、ホームレスにキャバ嬢ホスト、公務員からヤクザ、客引きのナイジェリア人からゴミ置き場から飛び出したネズミまで……。繁華街で蠢く人々の日常を多彩なタッチで描く、東京拘置所差し入れ本ランキング上位確定の暇つぶし短編集、高設定イベント開催中。