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歌舞伎町で待っている君を

2025.05.29 公開 ポスト

「暇ならホテル行こうよ」家庭の匂いを背後にそそくさと電話を切る君SHUN

(写真:Smappa!Group)

下町ホスト#34

その日の営業はフロアにいることから逃げて、頼まれてもいない洗い物をした

誰からも声をかけられることはなく、薄っすらと誰かのラストソングが聞こえる頃には、手は冷たく荒れていた

すべてのグラスをきっちりと拭き上げてから、誰とも目を合わさず、そそくさと荷物をまとめ店を後にする

 

ほとんど開いていなかった携帯電話に眼鏡ギャルからの着信が入った

立ち止まり、胸ポケットから煙草を取り出して、デュポン風の安価なライターで火をつけてから通話のボタンを押す

「出るのおーせよ どうだった?」

 「お茶だった」

「誰がラスソン?」

 「わからない」

「わかんないって何?」

 「洗い物してたから」

「お前、まぢ帰ってくんなよ しね」

通話はあっさりと切れた

たまたま強く吹いた風で吸ったばかりの煙草の火は消え、そのまま力を込めて地面に叩きつけた

私の平凡な心臓は鈍く鼓動し、体がやたらと重い

ひび割れたコンクリートを見つめながら、誰もいなそうな駅の路地裏を歩き、たまたま見つけた漫画喫茶に入った

面倒な書類を適当に書き、二度と使わなさそうな会員証を作成し、狭い個室を借りた

軽いプラスチック製のグラスに並々と常温のお茶を注ぎ、一度は読んだことのある漫画を大量に持ってくる

思考を停止させるようにページを捲った

数時間が経過した頃、携帯電話に君からのメールが届く

【なにしてるの?】

 【漫喫にいる】

【なんで?】 

 【なんとなく】

【暇ならホテル行こうよ】

 【わかった】

【そこ出たら電話してね】

漫画喫茶を出て電話をかけると、君は少し酔っ払った様子で受話した

背後から少年のような声が微かに聞こえると君は小声になり、薔薇のような名が付いたホテルの場所を告げて、手短に切った

そのホテルに行ったことはないが、ネオンで彩られた看板がとても目立ち、地元では有名だったので、場所は把握していた

先ほどから纏っている重い空気を温い外気で冷やしながら、ゆっくりと徒歩で向かう

君は先に到着していたようで、部屋番号だけメールで送られてきた

顔が見えないホテルのフロントに部屋番号を伝えてから、カビ臭いエレベーターで部屋へ向かった

使い込まれた扉をノックをすると、缶ビールを片手に持った君が出迎える

「今日どうしたの?」

薄汚い部屋に入り、湿気ったソファに座ってから、一連の話を暗いトーンで君に話した

「可愛い 弱くていいじゃない」

 「いや、嫌だよ」

「私はそのままでいてほしいなあ」

 「色々足りてないとか昼間は言ってたじゃん」
 
「うん、それはそうだけど、シュンくんはこれでいいの」

 「、、、」

そのまま一緒に広めのお風呂へゆき、隅々まで洗われた後、ぬるいベットでまた私は昼間と同じような裸の時間を過ごした

君はさっさと寝てしまい、私は煙草を吸いながら、ずっとキラキラと着信を知らせていた携帯電話を開く

着信履歴が眼鏡ギャルで埋まっており、一通だけメールが入っていた

【苦しい】


「咀嚼」

毒ぐさい視線浴びつつ飄々とからだひとつでゆく歌舞伎町



がらんどうああがらんどうがらんどうどうやらここで誰かになれる



日が暮れてようやく外に出れるから迎えに行くよ普段着のまま



軽薄な水滴ほどの重たさで新たな痣を洗っておくれ



さよならを咀嚼しきれぬ君の歯に張り付いているしらすの目玉
 

(写真:SHUN)

 

関連書籍

手塚マキ『新宿・歌舞伎町 人はなぜ<夜の街>を求めるのか』

戦後、新宿駅周辺の闇市からあぶれた人々を受け止めた歌舞伎町は、アジア最大の歓楽街へと発展した。黒服のホストやしつこい客引きが跋扈し、あやしい風俗店が並ぶ不夜城は、コロナ禍では感染の震源地として攻撃の対象となった。しかし、この街ほど、懐の深い場所はない。職業も年齢も国籍も問わず、お金がない人も、居場所がない人も、誰の、どんな過去もすべて受け入れるのだ。十九歳でホストとして飛び込んで以来、カリスマホスト、経営者として二十三年間歌舞伎町で生きる著者が<夜の街>の倫理と醍醐味を明かす。

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歌舞伎町で待っている君を

歌舞伎町のホストで寿司屋のSHUNが短歌とエッセイで綴る夜の街、夜の生き方。

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SHUN

2006年、ホストになる。
2019年、寿司屋「へいらっしゃい」を始める。
2018年よりホスト歌会に参加。2020年「ホスト万葉集」、「ホスト万葉集 巻の二」(短歌研究社)に作品掲載。

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