

下町ホスト#33
眼鏡ギャルの要求を何一つ叶えられなかった右手で光の漏れているカーテンを閉め直す
最近、ひとつ仕事を増やした眼鏡ギャルは手際良く支度をして、私が寝ぼけている間に家を出る
一度、新しい仕事の内容を酔った勢いで聞いてみたが決して教えてくれず、機嫌を損ねてしまった
それ以降、詮索はせずに、黙って見送っている
昨日、飲み過ぎたにも関わらず、体はとてもすっきりしていて、寝る直前の眼鏡ギャルとの会話が繰り返し頭の中で鳴り響く
『あたしがやるから』
その言葉は私の心臓をゆっくり縛りながら、脈を早めた
脳内の音を振り払うように、自炊している形跡のない換気扇の下へ行き、煙草を吸う
肺の一番奥まで煙を入れて、上を向いて溜息のように大きく吐いた
くらくらと脳味噌が麻痺してゆき、微かに視界が揺れる
暫くこのままでいたかったが、すぐに体がニコチンに慣れて、いつも通りの苦い味が口内を占領した
携帯電話を開くと、君から呼び出しのメールが入っている
私は簡単に準備を済ませ、電車を乗り継ぎ家へ向かう
インターホンを押す前に君はドアを開けて待っていた
そのまま私の衣服をせっせと脱がせ、匂いを嗅ぐ
「あの派手な女の子の家今日もいたでしょ?」
「いないよ」
決まってこの会話を繰り返す
裸でいる時間が今日も終わって、君がシャワーを浴びている間に整頓された使用感のあるキッチンの換気扇の下で煙草を吸う
粘り気が残る舌に煙が巻き付き、仄かに甘みが残った
水道水を片手で捻って、そのまま掬い、後味を消すように飲み込んだ
シャワーを終えた君は、バスローブを羽織って、キッチンへ来る
長細い煙草に火をつけて、清潔そうな口を開く
「シュンくん、シャワー浴びないよね?」
「え?今日は浴びていい?」
「だめ そのままで仕事行ってよ」
「、、」
「それでよし」
君の細い煙草はあっという間に灰になって、最後の火種が鎮まる
「俺さ、No.1になろうと思う」
「あら、なんかしてほしいってこと?」
「うん」
「No.1になって、どうするの?」
「歌舞伎町へ行く」
「別にさっさと行けばいいじゃない?」
「約束したからさ、あの人と」
「真面目ね、シュン君」
「そう?」
「あの派手なギャルみたいな子が頑張ってくれるんじゃない?」
「わからない」
「まあいいけど、シュン君、No.5でしょ?色々足りてないよ?」
「どうすればいい?」
「まず、シュン君はNo.1のこと真似しすぎてるから他の売れてる子をもっと見てみれば?」
「そっか」
「あのギャル男みたいなホストにシュン君もうすぐ抜かれると思うよ」
「え?あいつに?」
「うん、最近話してないでしょ?」
「うん」
「先は長いね」
そう言って君は、帰れと言わんばかりに夕飯の支度を始めた
私はそれ以上、口を開かず、静かに家を後にした
久々にパラパラ男に電話をしてみたが、プツリと切られてしまった
暫くして、メールが来た
【電話すみません!同伴中っす!】
遅れて店に着くと、パラパラ男の席が複数あり、どこも盛り上がっている
私はその現実から逃げるようにスタッフルームへ行き、携帯を弄っているふりをする
そこに既に少し酔っているパラパラ男がやってきた
「逃げてるの見えてますかね、しっかりして下さいよ 何かありました?」
「なんか色々言われてお前に負けるとかなんとか」
「どーでもよくないすか?ここで終わりすか?」
「沼に浸かって気持ちよくなってるじゃないすか」
「、、、」
「今月は勝ちますよ だから負けないでください」
パラパラ男は力強くそう言うと、堂々とフロアへ戻っていった
「怠慢を刺す」
まだ若い幸福に刺す怠慢が花火のように奇声を上げる
日が昇り無駄に浸った体から放たれている不幸の香り
薄色の夏を待てないやさぐれたオレンジジュースを飲む真夜中
反射する怠い鼻歌を歌いつつ蠱惑に光る携帯電話
春先に並んでしまう靴の跡 ひとつなくなりふたつなくなれ

歌舞伎町で待っている君を

歌舞伎町のホストで寿司屋のSHUNが短歌とエッセイで綴る夜の街、夜の生き方。
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