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国民の底意地の悪さが、日本経済低迷の元凶

2025.08.28 公開 ポスト

「ご挨拶訪問」が世界で嫌われる理由 渋沢栄一も苦悩した日本企業の“迷惑な慣習”加谷珪一(経済評論家)

日本人の隠れた本性が景気を停滞させている! 政府系金融機関などのコンサルティングを務めた経験を持つ加谷珪一さんが、日本経済の長期的低迷を「国民性」という誰も触れたがらない視点で暴いた注目の一冊『国民の底意地の悪さが、日本経済低迷の元凶』。本書より一部を抜粋してお届けします。

渋沢栄一が直面した「約束を守らない日本人」

前近代的な社会制度と近代的な価値観の相克は、ビジネスの世界においても様々な問題を引き起こしました。明治期の日本において数多くの会社の設立に関わり、日本の「資本主義の父」と言われた渋沢栄一も、この問題では相当苦労したようです。

渋沢が英国を訪問した際、英国のビジネスマンから、「日本人は他に対しての約束が甚だ堅くない所謂信用が堅固でない」(『銀行通信録』)と厳しい指摘を受けてしまいます。

日本のビジネスマンは、約束を守らず、都合が悪くなると商品を引き取らなかったり、税金を誤魔化すため領収書を複数作るよう求めるといった行為が多く、長期的な信用を構築できないという内容です。

渋沢は、このクレームに対して、果たして日本人だけの問題なのかと疑問に思ったようですが、相手に対して「遠慮なく言うて呉れと此方から誘出した」(同書)手前、その場では反論できなかったようです。近くにいた別の英国人が、英国人にも米国人にも同じようなことをする人がいると仲裁に入ったこともあり、それ以上のやり取りは生じませんでした。しかし、こうしたクレームが来たことをわざわざ書物に記しているわけですから、渋沢にとっては重要な問題提起だったと思われます。

 

実際、その後に出版された講話集である『論語と算盤そろばん』では、欧米のビジネスマンは、仮に損することがあっても、一度、交わした契約は破らないと述べています。欧米各国では、正直や正義といった概念がそのまま商習慣に持ち込まれているとの解釈です。

一方、日本のビジネスマンは、「未だ旧来の慣習を全く脱することが出来ず、ややともすれば道徳的観念を無視して、一時の利に走らんとする傾向があつて困る」(『論語と算盤』)と苦言を呈しています。つまり、日本のビジネス界は前近代的な慣習から脱却できておらず、道徳的観念がないという主張です。こうした行為は外国からの信用を毀損し、最終的には日本のビジネス界にとって大きな損失であると渋沢は憂慮しています。

渋沢は前近代社会においては道徳というものがなく、近代社会においては道徳が優先されるべきと考えていたわけですが、例にあげているのは同じ日本人です。

前近代社会に道徳がなかったというのは、日本人に道徳という概念がなかったということではなく、制度の違いが道徳の概念を異なるものにしていたという本書の主張と同じ文脈で捉えればよいでしょう。

江戸時代は、支配階級である士族は基本的に何も生産せず、農業従事者や商工業者が生み出す富から税金(年貢)を徴収することで生計を維持していました。工業化も行われておらず、生産性が著しく低かったことから、社会が生み出せる富には限界がありました

このため、立場が弱い商工業者は、とにかく利益を上げなければ生活を成り立たせることができません。道徳などという悠長なことを言っている余裕はなく、相手を陥れてでも利益を出すというのが当たり前の感覚でした。

当時、士族階級では儒教という教養が必須でしたから、儒教をベースにした道徳や礼儀の概念はみっちり教育されましたが、儒教は士族だけのものという感覚が強く、商工業者に道徳は不要という身分社会的な認識が根強く残っていたのです。

渋沢は、日本は明治維新によって近代化したのだから、ビジネスの世界にも道徳が必要であると繰り返し述べています。そして日本人に分かりやすい形で道徳を示すため、士族だけのものだった儒教(論語)を広く学ぶべきだと主張したわけです。

現代にも続く“前近代的”商習慣

渋沢が指摘した日本の商習慣は果たして明治や大正時代だけにとどまるのかというとそうではないでしょう。日本では旧態依然とした商習慣を残す業界が多く、これが経済全体の効率を引き下げています

日本では下請けの取引先に対して、代金の支払いを半年や10カ月先という長期に設定している企業が多数、見受けられます。資本主義が十分に発達していない時代であれば、キャッシュは貴重ですから、取引先に対して、できるだけ資金を払わないという商習慣にもある程度の合理性がありました。

しかし現代は金融システムが十分に発達しており、むやみに代金の支払いサイトを引き延ばす合理性はほぼゼロです。取引に関わるすべての企業が、当月末、あるいは翌月末払いにすれば、各社は資金繰りに余分な手間をかける必要がなくなり、その分、本業に邁進できますし、銀行に対して余分な利子や手数料を支払う必要もなくなります。

資金の支払いサイトの長期化で下請けを圧迫する行為というのは、上下関係を誇示するマウンティングであったり、単に相手の足を引っ張る行為に過ぎませんが、こうした商習慣がいつまでもなくならないのは、やはり日本社会の前近代性と関係があると考えざるを得ません。

「ご挨拶」が嫌われる理由と国際的な誤解

諸外国とのやり取りという点では、日本企業だけに存在する前近代的な「ご挨拶」という商習慣が、日本企業の評価を著しく下げています。

現代の資本主義社会においては、時間というのは極めて貴重な資源であり、相手の時間を一方的に奪う行為というのは、場合によっては犯罪のように見なされることさえあります。

生産性が著しく低かった前近代社会においては、とりあえず会って話をするという行為もあまり咎められることはありませんでしたが、現代的なビジネスの世界においては、双方にメリットがなければ、時間を取って面会することは基本的に許容されません。これは欧米やアジアといった地域を問わず、普遍的な価値観となっています。

 

ところが、日本企業だけがこの常識を持っていません

諸外国の企業に対して「ご挨拶」という形で、一方的に面会を要求し、情報収集だけを行って商談せずに引き上げるという行為が各国で問題視されているのです。

これは1990年代に米国でよく話題になっていたことなのですが、近年になってSNSが発達したことで、日本企業が世界各地で同じような振る舞いをしていることが明らかとなっています。

大した用件もないのにむやみに訪問するのは、近代社会では基本的に御法度ですが、前近代社会においては、他人の領域に土足で踏み込むことはそれほど罪悪視されていません。おそらく日本企業側に悪気はないのだと思いますが、それはあくまで前近代社会における常識であって、近代社会では確実に嫌悪されます。

しかも、こうした行為は、日本企業にとっても効果がありません。メリットを提示せず、一方的に時間を奪っている相手に対して重要な情報を開示するはずがないからです。結局は、こうした行為を行っている日本企業の生産性も著しく下がっており、賃金にも悪影響を及ぼしているのです。

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国民の底意地の悪さが、日本経済低迷の元凶

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加谷珪一 経済評論家

仙台市生まれ。1993年東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。その後野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は、「ニューズウィーク」や「現代ビジネス」など多くの媒体で連載を持つほか、テレビやラジオなどで解説者やコメンテーターなどを務める。ベストセラーになった『お金持ちの教科書』(CCCメディアハウス)、『ポスト新産業革命』(同)、『億万長者への道は経済学に書いてある』(クロスメディア・パブリッシング)など著書多数。

加谷珪一オフィシャルサイト http://k-kaya.com/

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