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『土漠の花』(月村了衛著)重版記念

2014.10.20 公開 ツイート

作品冒頭が無料で読める!


「まあ、明日からは大変な作業になりますが、死人の悪口みたいなことはよしましょうよ。連中だって家族がいただろうし、こんな所で死にたくはなかったでしょう」
 友永の内心を察したのか、最年長の朝比奈満雄1曹が穏やかに言う。最年長といっても三十七歳の男盛りだ。既婚者で小学生の息子と娘がいるという。合気道を嗜む豪傑で、隊内での信頼も厚い。人間味あふれる彼の言葉には新開も素直に頷いている。
 午前〇時。吉松3尉が定時の連絡を行なった。
 日中は嫌になるほど蒸し暑かったが、夜になるとさすがにしのぎやすくなっている。用を足しに車外に出た隊員は、ほとんど例外なく惚けたように口を開けて空を見上げる。日本では考えられない星々の煌めき。見る者を射るかのような無数の銀光の鋭さが、その圧倒的な広がりが、アフリカの夜の深さを感じさせる。原始の迫力がもたらす理屈を超えた幻惑と畏怖だ。
 〇時一一分。遺体搬出作業の手順について依然検討を続けていた友永達は、闇の奥から接近してくる複数の足音に気づき、怪訝な思いで振り返った。
 なんだ、こんな所に――こんな時間に――
 立哨の原田琢郎1士が規則通り英語で誰何する声が聞こえる。
「Halt ! Who is there !」
『誰か』――それに対して、若い女の声が英語で答えた。切迫した口調だった。
「助けて下さい」
 夜の向こうから三つの人影が走り寄ってくる。黒人の女達だ。
「止まれ!」
 やはり英語で制止しつつ、軽装甲機動車の上部ハッチから由利和馬1曹が女達に機関銃を向ける。警務隊からわざわざ普通科を経て空挺団に入った男だけあって、普段は寡黙だが声も眼光も人一倍鋭い。
 足を止めた三人は、いずれも怯え切った様子で、大きく息を弾ませている。ここまで駆けに駆けてきたようだ。
 強力なライトの光が三人に向けられる。女達は眩しそうに目をすがめた。
 中年の女二人が震えながらも中央の若い女を守るように左右から身を寄せる。
「私はビヨマール・カダン氏族のスルタン(氏族長)の娘アスキラ・エルミ。この二人は私の縁者でビキタとダンジュマです。私達は追われています、どうか助けて下さい」
 若い女が再び答えた。ソマリア北部のかつての宗主国はイギリスだ。先祖に白人の血が入っているのか、肌の色は黒と言うより褐色に近い。真っ白なシルクのワンピースに巻きスカート。裾のあたりにはカラフルな紋様の刺繍が入っている。ブブと呼ばれるソマリアのディル氏族系イッサ族の民族衣装だ。左右の二人も同じくブブを着ているが、色は赤茶で素材は綿のようだった。
 友永達は言うまでもなく、仮眠中だった隊員達も飛び起きて三人に89式小銃を向けている。相手が女であっても油断はできない。自爆テロの可能性もある。自衛隊の海外派遣部隊は現地の人々の信頼を得ることを身上としているが、なにしろここは世界有数の危険地帯だ。隊員達の緊張が友永にはひりひりと感じられた。彼自身も同様に緊張している。

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