
階段を降りると、この時期決まって訪れる年末の静けさが深夜の街を包んでいるのが見え、引き締まった空気を肺に入れると酸素もどこか緊張していていつもよりざらついている。コンビニで缶ビールを買って、公園へ向かう。道には誰かのもういらなくなった歌がいくつか捨てられていて、拾い上げ街灯に照らす。もういらなくなった理由が透けて見え、もう少しだけポケットの大きな服でこれば、もう少しだけ持って帰れたのになとか思った。
今年はどんなだったろう? 前に進んだような気もするし、そもそもどこが前だったのかも忘れてしまった気もする。アイフォンのスケジュールを開いて2024年の一月まで遡ってみる。そうさせる力が年末にはある。たかだか数字が一つ増えるだけだというのに。
監督した映画「i ai」を公開したのも今年だった。あの時集った仲間たちはみんな元気にしているだろうか? その頃のスケジュールを見ると埋め尽くされた舞台挨拶やらインタビューの予定に胸が一気に苦しくなる。慣れない稼働に精神を蝕まれた記憶が白紙の上に滴る。この時期、わたしは闇に一度落ちた。でもその時の感触も今ではとっくに薄れて、世界には作品だけが残った。もう二度撮ることのできないわたしのデビュー作。同じ本、同じキャストを用意しても再現することのできない時間の集積が、わたしの遥か先から視力を失ったわたしを見ている。いや、そもそも同じキャストを集めることもできない。わたしたちはそれぞれの砂時計を振って愛や才能を渡しあい、有限な時を交換しながら生きているから。
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*マヒトゥ・ザ・ピーポー連載『眩しがりやが見た光』バックナンバー(2018年~2019年)