プレゼントとして本を贈るとき、“本の虫”梅津奏さんは何を選ぶのでしょうか?
本の素晴らしさを信じているからこそ
4月23日=「サン・ジョルディの日」をご存じだろうか。
スペイン・カタルーニャ地方発祥の、通称「本の日」。日本ではそこまで知名度がない気がするが、大切な人に本を贈る日とされている。
サン・ジョルディの日を知ったのは一年前のこと。5月頭に誕生日を迎える高校時代からの友人Aに、プレゼントする本を選んでいたときだ。その時点で既に4月23日を過ぎてしまっており、「そんな日があったなんて……」と悔しい思いをした。Aが本のプレゼントを想像以上に喜んでくれたこともあり、来年は絶対、4月23日に到着するように本を贈って、「誕生日には少し早いけれど、実はダブル・ミーニングなんだよ」とドヤ顔でメッセージを送ろうと決めたのだった。
さて今年の4月20日、私は青山にいた。
エッセイストの塩谷舞さんが新刊『小さな声の向こうに』を出版され、ピアニストの務川慧悟さんとトークショーを開催するという。私は塩谷さんのnoteを購読しており、数年前に務川さんのショパン縛りコンサートを聴きに行ってひっそりファンになっていた。お二人が友人関係であることに感激し、「素敵なイベント発見!」とインスタグラムのストーリーに投稿したところ、数年前から親しくなった友人Bさんから「私もこれ行きます」とメッセージが。せっかくなのでご一緒しましょうということに相成った。
会場は青山ブックセンター。イベント前に近くのレストランでランチしておしゃべり。終わった後は……、ちょうどいい。店内で誕生日プレゼントの本を選ぼう。翌日にレターパックで発送すれば、ちょうど23日に届くはず。完璧なスケジューリングにご満悦の私。
ランチしたのはフレンチ・ビストロ「ブノワ」。春の食材を贅沢につかったランチコースに舌鼓を打ちながら休日気分を満喫。おしゃべりがひと段落したところで、Bさんが「これ、よかったら…」と紙袋を取り出した。袋の中はびっくり、本だった。
『A Writer 作家』(M.B.ゴフスタイン 作・絵/谷川俊太郎 訳/ジー・シー・プレス)
絵本作家のM.B.ゴフスタインによる、「作家とは」「創作とは」を簡潔な絵と文で描いた一冊。
「M.B.ゴフスタインさんの本、好きなんです。この本は、ぜひ奏さんにあげたいなと思って」
Bさんは、二人の小さなお子さんを育てるお母さん。SNSではたくさんの絵本を紹介されていて、甥たちに本を贈るときにアドバイスをもらったことも。そしてBさんは、私のライター活動をいつも応援してくれている。
Bさんのキャラクター、私とBさんの関係、そして私自身が友人に贈る本を探そうと思っていたタイミング……。いろんな要素が折り重なって凝縮されて具現化して、この一冊の本という形をとって、私の手元にやってきたみたい。
淡いブルーの装丁に、更に薄葉紙で大切に包まれた美しい一冊。こんなに完璧な本のプレゼントは、なかなかできることではない。それでも、本の素晴らしさを信じている私だからこそ、大切な人にはとっておきの本を選んで贈りたいと思う。
『海をあげる』(上間陽子/筑摩書房)
私は静かな部屋でこれを読んでいるあなたにあげる。私は電車でこれを読んでいるあなたにあげる。私は川のほとりでこれを読んでいるあなたにあげる。――『海をあげる』より
高校時代から、もう20年の付き合いになる友人Aへ贈る一冊。小さな女の子と男の子を育てる母であり、理想と現実に日々折り合いをつけながらたくましく生きるあなたに。読んだらぜひ感想を教えてください。お手紙、のんびり待っています。
自身の出身地である沖縄にて、未成年少女たちの支援と調査に携わる教育学者・上間陽子さん。2020年に刊行されたエッセイ集『海をあげる』は、Yahoo! ニュース本屋大賞2021「ノンフィクション本大賞」を受賞。大きな理不尽に振り回される、沖縄という地のこと。上間さん自身の、家族との暮らし。上間さんの揺れる心と揺るぎない思いはあくまで静かな声で語られるが、いつしか読む人の心に変容をもたらす。
『野の古典』(安田登/紀伊国屋書店)
二日酔いの朝に一杯の水を飲むとスッキリするような、そんな力が古典にはあるからです。――『野の古典』より
「本の虫」の先輩である父へ。休日はソファに座り込み読書にふける、アクティブという言葉からはあまりに遠いその姿が、なんだか楽しそうに見えてしまったのが私の「本の虫人生」のはじまり。「実地調査」が苦手なのは私も同じだけど、たまには東京においでよ。一緒に能を観に行こう。68歳の誕生日おめでとう。
NHK「100分de名著」の平家物語シリーズの講師をつとめた能楽師・安田登さん。わかりやすい言葉で古典の世界を紐解いて見せる「古典のトランスレータ―」が語る、現代人に役立つ古典の効能とは。「古事記」「万葉集」「論語」「源氏物語」「平家物語」……全24講で取り扱われる古典は約25作。寺子屋に入門する子供のような気持ちで気軽に読める一冊。
『キンドレッド』(オクテイヴィア・E・バトラー著・風呂本淳子、岡地尚弘訳/河出文庫)
そのこともまた、考えてみると心を乱されることであった。自分たちがいともあっさりと同化してしまったみたいに思えるのだ。――『キンドレッド』より
出産以来、フィクションを読むことから遠ざかったしまったという友人へ。確かにあなたの本棚は、人文書や歴史書が多いよね。批判的精神と知識欲が旺盛なあなたに小説を選ぶのはとても難しかったけれど、これはきっと楽しめるはず。
アフリカ生まれの黒人女性によるSF・ファンタジー小説。舞台は1976年のアメリカ。黒人女性デイナが突然、19世紀初頭の奴隷制度下にあるプランテーション(大規模農園)にタイムリープしてしまうところから物語は始まる。19世紀と20世紀をいったりきたりすることになったデイナは、自身のルーツに関わる秘密に気づいていって……。タイムリープという設定によって二つの世界の違いが分かりやすく可視化され、「議論の種」がたっぷり埋め込まれた一冊。読んだ後は、きっと誰かと語り合いたくなる。
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