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心と現実

2024.04.26 公開 ポスト

心の世界と現実世界はどのようにつながるのか 認知科学の永遠の課題川合伸幸/鈴木宏昭

なぜある人にとっては何の変哲もないモノが、別のある人には感情を揺さぶる特別な存在になるのか。こうした問題に答えるのが「プロジェクション」の科学だ。世界を見る時、私たちは心で生成されるイメージを現実の存在に投射し、重ね合わせている。この「プロジェクション」の概念が、今、心をめぐる謎を解き明かしつつある――。

最新の研究から人間の本質に迫る知的興奮の一冊、鈴木宏昭さんと川合伸幸さんの共著『心と現実 私と世界をつなぐプロジェクションの認知科学』より一部を抜粋して紹介します。

認知科学のカギは身体にある(鈴木)

今ではこうした認知科学に身体を持ち込む考えが主流である。この流れは、認知科学の隣接分野である情報科学においてもロボティクスの隆盛という形で姿を現し、2000年以降に爆発的な発展を遂げた。

ロボットは身体を持ち、その身体を用いてさまざまな行為を世界の中で行う。そしてその結果変化した世界は新たな情報をロボットに与えてくれる。

また、身体を持つのは人間だけではない。動物も身体、行為を通して世界と相互作用しながら生活を営んでいる。その意味で動物と人間にも多くの類似性があるはずである。こうした視点から動物が用いる認知や学習のメカニズムが、いわゆる人間的な知性の中にも存在するのではないかという考えも広まった。そのアプローチで研究するのが比較認知科学である。

こうしたアプローチが、人の知性の研究に多くの所産をもたらしたことに疑問の余地はない。しかしこれだけで心と世界の一体化が解明されたとはいえない。以下にその理由を四つほど挙げる。

①体感が身体を離れない

身体性認知科学は経験の意味を身体と関連づけ、豊かな体感が生み出される仕組みを明らかにした。

しかしそれらはまだ主体の中にとどまっており、現実世界とのつながりは欠けたままである。一方、人間は豊かな体感を体験するだけでなく、それを世界の特定の場所に位置づけ、意味に溢れた世界で知覚、行為を行っている。つまり意味は身体の中にとどまるのではなく、物理的な外の世界に構築されるはずである。

おいしそうな食べ物、素敵な人、荘厳な風景は、そう感じられているだけではなく、世界の中に実在しているのだ。この仕組みについて身体性認知科学は明確な答えをまだ持っていない。

②行為の向かう先を特定しなければいけない

前述した問題に対して、次のような反論があるかもしれない。つまり人は行為を行い、それによって世界とつながっているため、決して体感は身体のみにとどまっているとは見なせないのではないか、というものである。

確かに行為は人、心と世界を有機的に結びつける方法の一つである。しかし行為は、世界のある特定の対象に対してなされるが、その対象はどのように把握されるのだろうか。行為が向けられる先が決まらなければ、行為は成立しない。また現前する荘厳な風景に対して私たちは知覚すること以外、どういった行為を行っているといえるだろうか。

行為が世界と心とを結びつけるのだとすれば、知覚以外に荘厳な風景に対して行動を取れていない私たちが、外の世界とつながっているといえるのだろうか。荘厳な風景が現前するためには、世界と心を結びつける別の心の仕組みが必要になる。

③身体と自己は対象化される

また身体が認知の基盤にあるといっても、注意が必要である。少なくとも人間の場合は、身体とは生の物理的、生理的身体だけを指すのではない。身体は認知の対象となっている。

対象化された身体とは、自己のそれまでの経験や、未来に向けての願望、他者との比較、社会の規範から生み出される物語としての身体(後に詳しく述べるナラティブ・セルフ)のことだ。だから人間にとって身体は意味の基盤となるだけでなく、すでにそれ自身が、意味にまみれた記号的な存在でもある。

そして化粧、服飾など、加工することでさらに記号化を進める。つまり単純に身体を行動の主体としては捉えられないのだ。この複雑な入れ子関係について身体性認知科学の知見からアプローチするためには、これまでにない心の働きを考えざるを得ない。

④記号ベースの認知

人間も動物であり、進化の過程で獲得した感覚─運動協応のような基礎的なメカニズムに基づいて行動する場合もある。たとえば、反射や汗などの生理的な仕組みがそれだ。

しかしそれは人間の生活、経験のごく一部に過ぎない。私たちは動物的な身体が適応している生存、採餌、生殖というものでは説明できない認知、行動を数多く実行している。たとえば、広義のフェティシズムに見られるようなモノへの執着、芸術作品やポルノなどの記号、メディアへの没入、宗教などに見られる信仰、スポーツ観戦における応援などは、動物的な身体の捉え方では到底理解できない。

これらの活動においては、本来的な価値、特に生物学的な価値はほとんどないものにも強烈な感情が見られる。つまり私たちが出会う世界は文化的、制度的、社会的な意味が投射された、それぞれの人間固有の彩られた世界なのである。

こうした領域における人間の行動については、社会学、文化人類学が専門的に研究を重ねてきている。しかし意味のないものにとてつもない価値を与える心の仕組みについて知られていることは少ない。

関連書籍

鈴木宏昭/川合伸幸『心と現実 私と世界をつなぐプロジェクションの認知科学』

なぜある人とっては何の変哲もないモノが、別のある人には感情を揺さぶる特別な存在になるのか。なぜパントマイムでは、壁や障害物が実際にあるかのように見えるのか。これらの問題に答えるのが「プロジェクション(投射)」の認知科学だ。世界を見る時、私たちは心で生成されるイメージを無意識のうちに現実の存在に投射し、重ね合わせて見ている。この心と現実の世界をつなげる「プロジェクション」の概念が、人間の心をめぐる数々の謎を解き明かしつつある。最新の研究成果から人間の本質に迫る知的興奮の一冊。

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川合伸幸

一九六六年、京都府生まれ。、名古屋大学教授。二〇〇五年第一回文部科学大臣表彰・若手科学者賞、二三年同科学技術賞、一〇年日本学士院・学術奨励賞、日本学術振興会賞を受賞。二三年から日本認知科学会会長。主な著書に『ヒトの本性 なぜ殺し、なぜ助け合うのか』(講談社現代新書)、『凶暴老人 認知科学が解明する「老い」の正体』(小学館新書)など。

鈴木宏昭

一九五八年、宮城県生まれ。八八年東京大学大学院教育学研究科を単位取得退学。東京工業大学大学院総合理工学研究科助手、エディンバラ大学客員研究員などを経て、二○〇九年に青山学院大学教育人間科学部教授となる。一三年から一五年まで日本認知科学会会長を務める。主な著書に『教養としての認知科学』(東京大学出版会)、(講談社ブルーバックス)、『私たちはどう学んでいるのか 創発から見る認知の変化』(ちくま新書)など。二三年三月八日逝去。

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