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家族のレシピ

2024.02.23 公開 ツイート

「塩はパッパッと6回くらい」母の残したレシピノートから伝わる思い NBS「看取りを支える訪問診療」取材班

がんを患い、「余命わずか」を宣告された母が、家族に遺した1冊のレシピノートに込めた思いとは。「NBSみんなの信州」で大反響を呼んだ感動のドキュメンタリーを書籍化した『家族のレシピ』より、抜粋してお届けします。

母が残したレシピノート

インタビュー中、料理の大変さに話が及んだときのことです。

「こんなのもあるんですよ」と、1冊のノートが差し出されました。

ページを開いてみると、1ページ目には大きく「三色丼」という文字。材料と工程が、イラストと共に書かれています。

他のページも同様です。料理名と材料、その工程。「お父さんには納豆のカラシをつけてあげて」など、家族ならではのアドバイスも至る所に記されていました。

伊鈴さんが家族に残した、レシピノートです。

手作りシューマイのレシピが書かれた手書きのノートの写真

「すごい……。こんなものが残されていたのか」

中村記者は息をみ、心の中でつぶやきました。

優華さんは、実際にこれを見ながら料理を作っていると言います。それを聞いた中村記者は、伊鈴さんが家族に残したものの大きさを改めて感じました。

この日の会話の中で、成長アルバムや闘病記のことも知りました。もちろんそこにも、お子さんを喜ばせたい、家族が心配でたまらない、家族思いの伊鈴さんの姿が見えます。しかし、その中でも、このレシピノートは、三嶋家の絆を表す最たるものに思えました。

保育園で調理師として働いていた伊鈴さん。

いつも伊鈴さんの手料理を、おいしいおいしいと言って食べていた子どもたち。

立てなくなるギリギリまで、「ここが自分の居場所だから」と言って台所に立っていた伊鈴さん。

最期のとき、「手料理、おいしかったよ」と伝えていたお父さん。

お母さんが作る料理は、いつも三嶋家の中心にありました。

伊鈴さんが作る料理が、三嶋家を明るく、温かく育んでいたのです。

 

聞けば、亡くなる数日前、これは偶然出てきたそうです。

優華さんが何か探し物をするために、お母さんのバッグの中を見ていたら、レシピノートと闘病記があったそう。その頃はもう、ほとんど会話はできなかったため、いつからこんなものを書いていたのか、いつまで書いていたのかは不明です。

けれども、おそらく最初に書き始めたのは、2018年の入院時。なぜなら「闘病記」の中に「優華が三色丼 作るからレシピ教えてと言うので 紙に書いてたら結構 時間つぶしになった。」という記載があるから。

在宅医療が始まってからも、書き続けていたかもしれません。料理を一手に引き受けることになった優華さんは、「自分で作れるようにレシピが欲しい」と言ったことがあったからです。

 

今度、料理を作っているところを撮らせてほしいと言い残し、中村記者は三嶋家を後にしました。

何度も作ってくれた母の味

優華さんは買い物を済ませて、準備に追われていました。

中村記者に頼まれた夕食の取材日です。

何を作ろうか迷った結果、「三色丼」「手まりシューマイ」「なめたけのサラダ」を作ることにしました。

いくつか作った中で、この3つは特に簡単でおいしく出来上がるので気に入っています。

準備をしながら、ふと思います。

「もっとお母さんの料理の手伝いをしておけばよかったな」

自分で料理を作るようになってから、お母さんの大変さが身にしみてわかるようになりました。

昔は、足手まといになると思って、ろくに手伝いませんでした。

だけど今。味噌汁担当の弟が、味噌汁を作ってくれるだけでもとっても助かる。それだけで、全然違います。だから「やっぱり手伝っておけばよかったな……」という思いにどうしても駆られます。

そんなことを考えていると、キャベツを買い忘れたことに気が付きました。

「お父さんごめん、キャベツ買ってきて!」

 

約束の時間。中村記者が三嶋さんの家の前に到着すると、キャベツを持ったお父さんに遭遇しました。

「キャベツだけ足りなかったので、今買ってきました(笑)」。お父さんの笑顔につられ、中村記者も笑顔でおうちにお邪魔します。

 

トン、トン、トン。

台所でニンジンを切る音が響いています。味噌汁担当の健渡くんです。

優華さんも、レシピノートを見ながら準備を進めていきます。

「今日は全部ここにあるのを作ろうかなと思って」

料理は得意なほうではありませんが、お母さんのレシピがあるから安心です。

 

「お母さん、いつも分量とか基本的に適当にやってるんですけど、塩こしょうとか『パッパッパッ……6回ぐらい』とか書いてあるんですよ。私に『少々ってどのくらい?』って聞かれるとか、そこらへんまで考えてやってるのかも」

 

料理が完成。

帯状に切った皮を肉団子にまとわせる「手まりシューマイ」。

たまご、そぼろ、オクラがのった「三色丼」。

なめたけが食感のアクセントになる「なめたけのサラダ」。

どれも伊鈴さんが何度も作ってくれた母の味です。

 

お父さんが小皿にご飯をよそって、お母さんの仏壇に供えて手を合わせます。

その間に、健渡くんと優華さんが料理を食卓に運んで着席。

「今日はわりと、てきぱきできたんじゃないでしょうか(笑)」

「じゃあ食べましょう」

「いただきます」

「おいしいよ」。優華さんの目を見て健渡くんが言います。

「うん。味付けもいいんじゃないですか? よかったね、これね、お母さんの味が継承できてるから」。お父さんも感想を伝えます。

「100点?」と、優華さん。

「100点!」と、お父さん。

「いつもは?」と、問いかける健渡くん。

「いつも100点だよ」

お父さんの言葉を聞いて、子どもたち二人は満足気な笑顔を見せました。

 

3人で囲む食卓。しかし、そこには伊鈴さんから受け継いだ料理があります。

*   *   *

この続きは書籍『家族のレシピ』でお楽しみください。

関連書籍

NBS「看取りを支える訪問診療」取材班『家族のレシピ』

胆のうがんを患い、「余命わずか」を宣告された母・三嶋伊鈴さん。歯科衛生士を目指す専門学校生の娘・優華さん。高校受験を控えた中学生の息子・健渡くん。寡黙ながら優しい父・浩徳さん。 コロナ禍で病院での面会が制限される中、家族は在宅医療を受けることを決断する。在宅医療を支えたのは、訪問診療クリニック樹の瀬角英樹医師。 NBS「看取りを支える訪問診療」取材班の中村明子記者は、瀬角医師から紹介を受け、2022年9月から家族4人で過ごす最期の日々を取材していく。 伊鈴さんが亡くなる数日前に見つかった1冊のレシピノート。材料と工程がイラストと共に丁寧に書かれたレシピの数々には、家族への深い愛情と絆が刻まれていた。

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