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家族のレシピ

2024.02.11 公開 ツイート

「いつも通りのお母さんでいたい」がんの告知を受けたその夜… NBS「看取りを支える訪問診療」取材班

がんを患い、「余命わずか」を宣告された母が、家族に遺した1冊のレシピノートに込めた思いとは。「NBSみんなの信州」で大反響を呼んだ感動のドキュメンタリーを書籍化した『家族のレシピ』より、抜粋してお届けします。

「胆のうがんのステージ4」

病名が判明したその日。

ブルルル。仕事中の浩徳さんのスマホが鳴りました。

かけてきたのは伊鈴さん。何事だろうと思って出ると、伊鈴さんはひどく取り乱した様子で言いました。

 

「がんだって言われた。先生がわけのわからないことを言ってる。すぐに入院だって」

「え? 嘘だろう?」

 

突然耳に入ってきた言葉を、浩徳さんは信じることができませんでした。

伊鈴が、がん?

電話の向こうでは伊鈴さんが何かを口にしていますが、気が動転していたのでしょう。まったく要領を得ません。そこで、自分も付き添って、もう一度医師の説明を聞きに行くことにしました。

 

後日。

「何かの間違いであれば」と願った二人でしたが、医師の説明は簡潔でした。

 

「胆のうがんのステージ4です。肝臓にも転移していて、残念ながら手術はできません。今後は抗がん剤で治療をしていくことになります」

それを聞き、一気に血の気が引いていきます。

思えば伊鈴さんは、これまで健康だったゆえ、医者にかかるといえば歯医者ぐらい。健康診断を受けるようになったのは、働き始めたここ数年のことでした。

 

浩徳さんは、動揺を必死に抑えながら医師に問います。

「どうして手術できないんですか? がんの手術って、けっこうみんなしてるじゃないですか」

「いや、残念ながらもう無理です。手術をしてもがん細胞は取りきれません」

医師はあっさり言い、今後の方針を話し始めました。

すぐに入院する必要があること。けれどもその第一の目的は、がんを治療するためではなく、がんが転移した肝臓の機能を回復させるためであること。

 

そのときの伊鈴さんは、胆のうにできたがんによって、胆管(胃と肝臓の間にある、胆汁を通すための管)が押しつぶされた状態にありました。そのため、胆汁が通れなくなり、肝臓が機能せず、黄疸が出ていたのです。だから、まずはそのつぶれた胆管をふくらませる処置が必要でした。

「治りますよね?」

浩徳さんが尋ねると、医師は言葉を濁すように言いました。

「薬が効けばしばらくは大丈夫です」

しばらく?

どう解釈すべきか迷いつつも、医師が言わんとすることを感じ取りました。

「下手をしたら、あと半年くらいなのかもしれない」

思わず伊鈴さんを見ると、彼女もまた顔が固まり、ぼうぜんとしています。

医師に、あさってから入院するように指示を受け、二人は診察室を後にしました。

 

沈黙が二人を包みます。

このとき浩徳さんは、心の中で必死に自分を落ち着かせていました。

「先生はああ言っていたけど、でもきっと大丈夫だ。食欲がないだけで、こんなにピンピンしてるじゃないか。伊鈴が死ぬなんてありえない。大丈夫、大丈夫」

動揺する浩徳さんの隣で、伊鈴さんが静かに口を開きました。

「子どもたちには、絶対に言わないで」

いつも通りのお母さんでいたい

告知を受けたその日の夜のことです。

娘の優華さんはお母さんから食事に誘われました。「今夜は、ちょっと外食にしない?」

お父さんは仕事に戻ったので、弟の健渡くんと3人です。

向かったのは近所の「すき家」。

食事をしていると、唐突に、お母さんが言いました。

 

「ちょっと悪いものが見つかったから、お母さん、あさってから入院するわ」

 

入院!?

びっくりして顔を上げ、お母さんの顔をじっと見つめます。

でも、別に泣いてはいないし、重苦しい雰囲気もありません。いつも通りのお母さん。むしろ、いつもより明るいようにさえ見えました。

「大したことはなさそうだな」

そう思った優華さんは、「ふーん、わかった」と返事をして食事を続けました。

 

一方、弟の健渡くんは「ドッキリかな?」と思いました。

たしかに、最近お母さんの食事の量が減っていることには気づいていましたが、だからといって入院なんて信じられません。

「なんで急にこんな嘘をつくんだろう? お母さんが病気だなんてありえない」

狐につままれたような気持ちで食事を続け、店を後にしました。

 

当時、優華さんは高校2年生。もうすぐ、楽しみにしていた沖縄への修学旅行が控えていました。今、本当の病名を知ったら心から楽しめなくなるでしょう。あるいは、入院生活をサポートするために、修学旅行に行くのをやめてしまうかもしれません。

健渡くんは小学5年生。伊鈴さんが42歳のときに誕生した待望の長男です。お母さんっ子で、まだまだ手がかかる子ども。

そんな子どもたちに、本当のことなんて、とても言えっこありません。

「いつも通りのお母さんでいたい」

それが伊鈴さんの願いだったのです。

もとから、自分のことより人のことを大切にする、優しくて明るい人でした。そんな人柄だからこそ、浩徳さんは伊鈴さんにかれ、結婚したのです。

*   *   *

この続きは書籍『家族のレシピ』でお楽しみください。

関連書籍

NBS「看取りを支える訪問診療」取材班『家族のレシピ』

胆のうがんを患い、「余命わずか」を宣告された母・三嶋伊鈴さん。歯科衛生士を目指す専門学校生の娘・優華さん。高校受験を控えた中学生の息子・健渡くん。寡黙ながら優しい父・浩徳さん。 コロナ禍で病院での面会が制限される中、家族は在宅医療を受けることを決断する。在宅医療を支えたのは、訪問診療クリニック樹の瀬角英樹医師。 NBS「看取りを支える訪問診療」取材班の中村明子記者は、瀬角医師から紹介を受け、2022年9月から家族4人で過ごす最期の日々を取材していく。 伊鈴さんが亡くなる数日前に見つかった1冊のレシピノート。材料と工程がイラストと共に丁寧に書かれたレシピの数々には、家族への深い愛情と絆が刻まれていた。

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