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キリスト教の100聖人

2023.09.30 公開 ツイート

謎の夫婦 聖母マリアとヨセフ 島田裕巳

イエス・キリストの母として聖母マリアは超有名だが、その夫ヨセフのことは意外にも知られていない。この2人はどんな経緯で夫婦になったのだろうか?

※この記事は島田裕巳『キリスト教の100聖人』(幻冬舎新書)から抜粋・編集したものです。

*   *   *

処女のまま妊娠・出産した聖母マリア

マリアは、神の子であるイエス・キリストの母である。聖霊によって身籠もったとされ、キリスト教が歴史を重ねるなかで、キリスト教徒の信仰を一身に集めるようになった。

ただ、キリスト教の世界では、それを「マリア信仰」とは呼ばない。信仰の対象は神だけであり、「マリア崇敬」ということばが用いられる。日本では、「聖母マリア」と呼ぶが、キリスト教の世界全体では、「処女マリア」の方が一般的である。イエスの母であることは間違いないが、処女として身籠もったことの方が重視されているのだ。

しかし、マリアがどういった生涯を送ったのかについて、情報は限られている。福音書のうち、「マルコ」にはまったく登場しない。

詳しいのは「ルカ」で、キリスト教美術の格好の主題となった「受胎告知」の場面もそこで描かれている。天使ガブリエルが現れ、神の子を宿していることをマリアに伝えるのだ。

その後、マリアは夫のヨセフととともに、ローマ帝国政府の人口調査に登録するためにダビデの町に上り、イエスを出産する。マリアはイエスを産着(うぶぎ)にくるみ飼葉桶(かいばおけ)おけに寝かせた。ただ、出産した場所は宿屋ではなかったものの、馬小屋とは記されていない。

「ルカ」では、その後、天使に救い主が誕生したことを告げられた羊飼いたちがやってきた話や、12歳になったイエスがエルサレムで学者たちに交じって話をしている光景をマリアが目撃したことなどが語られる。

「マタイ」では、マリアがヘロデ王の迫害を逃れるためにエジプトに逃げ、そこからナザレに帰還したことしか語られない。共観福音書ではない「ヨハネ」では、イエスの十字架刑の際に、その場にいたとされる。福音書全体を見ても、処女のまま神の子を宿したということ以外、マリアを神聖視する記述は出てこない。

マリア崇敬が高まりを見せるのは、キリスト教がローマ帝国内に広まるようになってからで、教会堂がマリアに捧げられ、修道士たちはマリアに祈りを捧げるようになる。そして、マリアと幼子イエスを描いた聖母子像が数多く作られるようになる。厳格な神やイエスよりも、優しいマリアに救いを求めたい。そうした心理から、カトリックや正教会では、むしろマリア崇敬が信仰の核心を占めるようになっていく。

一方、ヨセフ(イエスの養父)はどんな夫だったか。

天使に離婚を思いとどまらされたおかげで崇敬されたヨセフ

マリアがイエスを宿していることを天使から伝えられるのが「受胎告知」の場面である。ところが「マタイ」では、その事実を最初に知らされるのはマリアの夫ヨセフとされる。ヨセフの夢に現れた天使は、「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎(はら)の子は聖霊によって宿ったのである」と告げられる。この場面を描いたキリスト教美術は「聖ヨセフの夢」などと呼ばれ、多くの作品が作られた。

「マタイ」では、この出来事は旧約に登場する預言者の予言(日本では「預言(者)」と「予言」を区別して使うことが多いが、英語ではともにprofecy。したがって、本書では「預言者」と「予言」に統一する)が成就したものであると述べられている。福音書の物語は、旧約の予言の成就として語られることが多い。さらに「マタイ」では、ヨセフの祖先は、旧約に登場するユダヤ人の王ダビデに遡るとされる。

ヨセフとイエスの間には血のつながりがないので、イエスがダビデの子孫というわけではない。ただ、ヨセフの血統が高貴なものであることは、その人格にも反映され、妻であるマリアが聖霊によって身籠もったことを表沙汰にしようとはしなかった。ただ、ひそかに縁を切ろうとしたところに天使が現れ、離縁を思いとどまらせる。

その後、天使がふたたびヨセフの夢に現れ、妻とイエスを連れてエジプトに逃げるように告げる。さらに、イスラエルへの帰還も、夢で天使から命じられる。ヨセフの夢に3度天使が現れたことは、彼がたんにダビデ王の末裔であるだけではなく、特別な人物であったことを示唆している。立場としてはイエスの養父に過ぎないわけだが、そうしたことも後にヨセフが聖人として崇敬の対象になる要因になっていた。

「ルカ」では、ヨセフは妻とともにエルサレムにおいて12歳になったイエスが学者たちに交じって話をしている姿を目撃したとされる。だがそれ以降、イエスとのかかわりは語られていない。マリアと同様、ヨセフもイエスが幼い頃の話にしか登場しない。

ヨセフは、ダビデ王の系譜につらなる以外「ただの人間」で、殉教したわけでもない。いつどこでどうやって亡くなったのか、福音書は何も語っていない。だが、8世紀頃から崇敬の対象となり、ヨセフとマリア、そしてイエスは「聖家族」とされ、三位一体と類比されるようになっていく。これがヨセフを聖人として崇敬することに結びついた。

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続きは幻冬舎新書『キリスト教の100聖人 人名でわかる歴史と教え』でお楽しみください。

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キリスト教の100聖人

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島田裕巳 作家、宗教学者

1953年東京都生まれ。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員を歴任。主な著作に『日本の10大新宗教』『平成宗教20年史』『葬式は、要らない』『戒名は、自分で決める』『浄土真宗はなぜ日本でいちばん多いのか』『なぜ八幡神社が日本でいちばん多いのか』『靖国神社』『八紘一宇』『もう親を捨てるしかない』『葬式格差』『二十二社』(すべて幻冬舎新書)、『世界はこのままイスラーム化するのか』(中田考氏との共著、幻冬舎新書)等がある。

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