
「今」に向き合うことの難しさ
周囲にはほとんど言ってないけれど、BTSが好きだ。
好きになったのは2023年に入ってからで、我ながら参入が遅すぎる。
「もっと早くにファンになっていたら、あれもこれもオンタイムで楽しめたのに!」
そう悔やむ一方で、アイドルやアーティストのファンをすることに慣れていないので、これくらいがちょうどいいのかも。今は一人でこっそり、限られた供給(それでも、文芸界隈と比べればびっくりするほど多いけれど…)をマイペースに楽しんでいる。
BTSは2022年6月から、メンバー達の意向と兵役の関係で活動休止中。兵役に行っている2人(JINとJ-HOPE)以外の5人は、それぞれソロ活動をしながらSNSを通じてメンバー同士でもファン達とも活発に交流している。メンバー達の仲の良さはBTSの魅力の一つで、彼らが和気あいあいとじゃれ合っている姿はとてもかわいらしい。共に闘ってきた同志であり、互いの個性を尊重しあう、素敵な人間性の持ち主たちだ。
先日公開されたRMとSUGAの対談番組に、胸を突かれる場面があった。
「今を生きることが僕の夢です。これからも永遠に、今を生きること」(韓国語で話された内容の意訳。以下同じ)
番組定番の質問「あなたの夢はなに?」に対する、RMの答え。
高い知性と語学力を武器に、チームのブレーン役をつとめているBTSのリーダー・RM。韓国の弱小芸能事務所からスタートしたBTSがスターへの階段を駆け上り、グラミー賞にノミネートされたり国連総会に招聘されたり世界中から注目を集める中、いつもスポークスマンとしてマイクを握っていたのがRMだ。
番組の中で、「RMが、リーダーの重責から少し解放された様子なのがよかった」とSUGAから声をかけられていた。アイドルとしてこれ以上ないほどの成功を収めながら、兵役の問題やメンバーのモチベーション、自身のプライベートやキャリアを考えて、RMが大きなプレッシャーを感じていたであろうことは想像に難くない。今はもう、個人としてのびのびと、自分の好きな人生を生きてほしい……。私はにわかファンなりに、そんな気持ちでRMをはじめとするメンバー7人を見ていた。
しかし当然、話はそう簡単ではないのだと思う。
「今を生きることはとても難しい。最近は、過去と未来にすごくこだわってしまう」番組でRMはそう語っていた。大成功して、多くのファンに愛された過去。そして近い将来自分も兵役に行くこと。兵役を終えた後、BTSはどうなるのか……。
過去と現在と未来は、常に地続きだ。実感があるからこそ「過去」にすがりたくなるし、見えないからこそ「未来」を夢見たり憂えたりしてしまう。たいてい「今」はないがしろにされる。市井の人である私ですら、過去をなぞり、未来を心配することに思考の大部分をさいている。今に対しては、ちょっと上の空。自動操縦のように、手癖で目の前の「今」を処理しているように思えてならない。
「いずれにせよ、過去も未来もすべて今から作られるものなので、今の僕のコンディションや本心に集中して生きられるなら、今後どんな選択をしても後悔はしないと思います」
RMの言う通り、まず必要なのは今しっかり足元に根を張ること。今の自分に確信を持つこと。過去を重くとらえすぎたり、未来を心配しすぎたりしないこと。時間の流れに、必要以上に焦らないこと。
生きることに自信がもてないのは、RMも同じ。どんなに大きな成功をおさめても、どんなに鋭い知性をもっていても、悠々と今を生きることができるわけではないのだ。そのことにこっそり勇気をもらい、自分の「今」に向き合ってみる。
『日日是好日』(森下典子/新潮文庫)
「あなた、いまどこか、よそに行っちゃってるでしょ」――『日日是好日』より
おじぎ一つで「タダモノじゃない」ことが伝わってくる女性。そんな武田先生のもとで、大学時代からお茶を習っていたエッセイスト・森下さんが綴る、お茶が教えてくれたこと。気もそぞろで「作業」のようにお茶を飲もうとすると、先生から鋭い声が飛ぶ。雨が降ったら、雨の音を聴く。今このときに集中する豊かさと喜びを、等身大の言葉でみずみずしく伝える一冊。
『博士の愛した数式』(小川洋子/新潮文庫)
私は玄関での問答を新鮮な気持で楽しんだ。自分の電話番号に、電話をつなぐ以外の意味がある事実を確認し、その意味が持つ清明な響きを耳にすると、安心した気分で一日の仕事をスタートすることができた。――『博士の愛した数式』より
シングルマザーの主人公が家政婦として派遣されたのは、80分しか記憶が持たない「博士」の家。数学の天才である博士は、記憶がリセットされるたびに相手の靴のサイズや電話番号を尋ね、その意味を教えてくれる。記憶がもたないということは、過去を懐かしむことも、未来を夢見ることもしないということ。誰とも連続した関係性を結べない。それでも、今目の前にいる人に、自分なりの方法で手を差し出すことはできる。
『進化しすぎた脳』(池谷裕二/講談社ブルーバックス)
自分がまさに〈いま〉に生きているような気がするじゃない?だけど、それはウソで、〈いま〉と感じている瞬間は0.5秒前の世界なんだ。つまり、人間は常に過去に生きていることになる。――『進化しすぎた脳』より
海馬の研究者である池谷さんが、ニューヨークの高校生を相手に「脳の働き」をテーマに講義をした記録。「見えていないものを勝手に解釈してしまう」脳の動き、無意識に泣いてしまうときの脳の状態、見ることと理解することの間にある時差……。思考の指令本部であるはずの脳の仕組みを知っていくと、「今、自分が見えていると思っているものって、本当はなんなんだろう?」と不思議な気持ちになってくる。
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