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日本の中絶

2023.06.06 公開 ツイート

中絶薬はWHOが「安全な中絶」として推奨 世界ではオンライン処方も 塚原久美

100年以上も前の法律でいまだに中絶が基本的に「犯罪」とされる日本。安全な中絶が今や国際的に「女性の権利」とされる中、経口中絶薬の承認や配偶者同意など問題は山積みです。歴史的経緯から日本の中絶問題を明らかにする書籍『日本の中絶』(ちくま新書)より、一部を抜粋してご紹介します。

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WHOが『安全な中絶』で推奨する中絶薬

WHOが『安全な中絶』というガイドラインを出したのは2003年でした。このガイドラインの中でWHOは妊娠の初期と中期以降のそれぞれについて、「安全な中絶」方法を具体的に示しました。その後の変遷を、以下、確認しておきましょう。

スイス、ジュネーブのWHO(世界保健機関)本部(写真:iStock.com/olrat)

2003年の時点では、妊娠初期については吸引法と呼ばれる外科的手段と、妊娠9週までに限って中絶薬(ミフェプリストンとミソプロストールの2種のコンビ薬)を用いる内科的中絶の2つが安全な方法だとされ、拡張掻爬法(D&C)は安全な方法を使えない場合の代替法に位置付けられました。

2012年に改訂されたガイドライン『安全な中絶 第2版』では、D&Cは古く廃れた方法とされ、より安全な吸引法や内科的中絶に置き換えるべきだと位置づけが変わりました。また、このときから中絶薬を使える妊娠週数の制限は解除されました。

 

中絶薬ほど安全性と有効性が詳しく調べあげられた薬はないと言われています。1988年に中国とフランスで最初に解禁された中絶薬ミフェプリストンは、全世界の研究者によって吟味され、知見が積み上げられていった結果、2015年にはWHOの必須医薬品補完リストに入り、2019年には必須医薬品コアリストに収載されるようになりました。

WHOが2018年に発行した『中絶の内科的管理』というガイドラインでは、医療従事者の直接的な監視下でなくても、本人だけで安全に中絶薬を服用することも、中絶後に本人が自分で検査薬を使って妊娠の継続の有無を判定することも可能だとしていました。

COVID-19のパンデミックが発生したとき、「自己管理中絶」に熱い期待の目が注がれたのも自然の成り行きでした。しかし、2020年3月23日にちょっとした事件が起こりました。イギリスで電話や通信機器を使った「遠隔医療」で中絶薬を処方し、女性が自宅で服用する方法が解禁されたというニュースが流れたとき、国の担当者が「誤報だ」として否定したのです。

翌日、英国王立産婦人科協会(RCOG)などが「遠隔医療による中絶薬の自己服用」を求める声明を出し、27日の金曜には世界規模のウェビナーで避妊や中絶に関する専門家たちの話し合いが行われることになり、何千人もの人びとがそれを視聴していました。日本では深夜に行われた話し合いでしたが、私も一体これからどうなるものかと、ハラハラしながらオンラインで観ていました。明らかに中絶薬の遠隔医療解禁を求める意見が優勢でした。すると早くも週明けの3月30日に、国際産婦人科連合は、パンデミック下での中絶薬のオンライン処方と自己管理中絶は感染リスクを減らし医療への負担を減らす方法だとして、推奨する旨を発表したのです。

2020年6月にWHOが発行した「セルフケア・インターベンションの勧め」でも、薬による中絶の自己管理は「非侵襲的」で「コストを下げる」「(倫理的に)許容できる」「自律を高める」方法であるとして推奨されています

「吸引(法)」は看護師や助産師でも十分安全に使える外科的中絶法

一方、WHOが妊娠初期の安全な外科的中絶法としてきたのが吸引(法)です。吸引にはバキュームクリーナーの要領で子宮の中身を吸い出す電動吸引機を用いる方法と、吸い出す力が比較的弱い大型の注射器のような手動吸引器を用いる方法の2つがあります。

電動吸引機は日本でも1970年代頃から一部の医師が導入してきましたが、子宮内部に挿し込むカニューレと呼ばれる管は金属製のものでした。欧米では1970年前後に中絶が合法化された時点で、電動・手動のどちらの吸引法でも先に述べたプラスチック製のカーマン式カニューレが採用されました。

ポッツ博士が「2回もやればマスターできる」と証言していたように、手動吸引法はより簡便で安全な方法なので、取り扱える職種も増えます。国際助産師連盟(ICM)は、中絶薬の処方と手動吸引による中絶は助産師もマスターすべきだとしています。WHOが2022年3月に発行した新『中絶ケア・ガイドライン』では、D&Cは「使わないこと」を奨励している一方で、妊娠14週未満の吸引は電動式、手動式の別なく看護師や助産師でも十分安全に使える方法だとしています。

日本ですでに承認を受けている中絶薬

実は日本でも、ミソプロストールはサイトテックという商品名で胃潰瘍や十二指腸潰瘍の治療薬として承認されています。さらに、2022年3月にWHOが発行した新ガイドラインでは、レトロゾールとミソプロストールを併用する方法も新たに提奨(弱い推奨)されるようになりました。

(写真:iStock.com/MJ_Prototype)

レトロゾールは、閉経後の乳がん治療薬として日本ですでに承認を受けている薬です。もしミフェプリストンが承認されなくても、すでに日本で承認されているレトロゾールとサイトテックを組み合わせることが許されれば内科的中絶を行うことは可能になります。

しかし、日本ではこれらの薬の認可外の使用ができないために、中絶にも流産の後処置にも使えません。ミソプロストールが流産の後処置や、出産後の弛緩出血に有効な薬として海外では重宝されていることを思うと、こうした転用ができないのは非常に残念です。

日本でも、医師の裁量で認可外の用途に承認薬を使用することは可能なのだそうですが、認可外の使用ではトラブルがおきたときに救済手段がないため、医師たちは手を出したがらないようです。日本でも、中絶や流産後の処置を外科手術ではなく薬でできるように検討していくべきではないでしょうか。今後の課題だと思われます。

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この続きはちくま新書『日本の中絶』(塚原久美 著)をご覧ください。

塚原久美『日本の中絶』(ちくま新書)

昨今、中絶をめぐる議論が続いている。経口中絶薬の承認から配偶者同意要件まで、具体的にこの問題をどうとらえればいいのか。かつて戦後日本は「中絶天国」と呼ばれた。その後、世界が中絶の権利を人権として認める流れにあるなか、日本では女性差別的イデオロギーが社会に影を落としている。中絶問題の研究家が、歴史的経緯をひもとき、今後の展望を示す。

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塚原久美 中絶ケアカウンセラー

中絶問題研究家、中絶ケアカウンセラー、金沢大学非常勤講師。翻訳・執筆業での活動を経て、2009年、金沢大学大学院社会環境科学研究科博士課程修了。著作に『中絶技術とリプロダクティヴ・ライツ』(勁草書房)、『中絶のスティグマをへらす本』(電子書籍)、訳書に『中絶がわかる本』(アジュマ)など。

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