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日本の中絶

2023.06.13 公開 ツイート

卸価格700円の中絶薬が10万円に 「ビジネス化」する中絶 塚原久美

100年以上も前の法律でいまだに中絶が基本的に「犯罪」とされる日本。安全な中絶が今や国際的に「女性の権利」とされる中、経口中絶薬の承認や配偶者同意など問題は山積みです。歴史的経緯から日本の中絶問題を明らかにする書籍『日本の中絶』(ちくま新書)より、一部を抜粋してご紹介します。

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アメリカの中絶費用

日本医師会の「医の倫理綱領」には、数々の崇高な理想が掲げられています。たとえば「人類愛を基にすべての人に奉仕する」「生涯学習の精神」「尊厳と責任」「信頼を得るように努める」「社会の発展に尽くす」、そして最後に、「医師は医業にあたって営利を目的としない」。営利とは金儲けのこと、ビジネスのことです。ところが日本の産婦人科医療のうち、とくに妊娠・出産・中絶をめぐる医業はまさに「ビジネス化」しています。

(写真:iStock.com/AndreyPopov)

一般に、何がビジネスになるのかは時代や人々のニーズによって変わってくるものです。かつては鋤(すき)1つもって歩いて土を耕して畑地を作る「耕しや」とか、焚火をたいて暖をとらせる「あたらせや」といった商売もあったそうです。1990年代のバブル崩壊後には、サラ金の取り立てから逃れる「夜逃げ専門引っ越し屋」が登場しました。

ニーズがあれば商売は成り立つ一方で、テクノロジーの進展とともに消えていく職業も少なくありません。30年前、フリーランス翻訳者になった私は、先輩翻訳者から「今に翻訳機械がのしてくる。横のものを縦にするだけの翻訳者は廃業する」と脅されました。おかげで、専門知識をつけようと努力してきた結果、今もかろうじて生き延びています。

 

ビジネスでは需要と供給のバランスで値段が決まります。アメリカの中絶禁止時代には「堕胎ビジネス」が横行していました。

1996年の米テレビドラマ『スリーウイメン この壁が話せたら』の第1話には、中絶が厳禁だった1952年のアメリカで望まない妊娠をした看護婦のクレアが登場します。彼女は不潔で危険な処置を行う堕胎師に現金で400ドル(現在の約50万円)も支払ったあげく、大出血して死に直面するはめになります。金持ちの女性であれば、飛行機代込みで1,000ドル(同125万円)を支払って、プエルトリコで安心・安全な女性の施術師の中絶を受けるという選択肢もあったのです。でも、看護婦の給与7カ月分にあたるその金額は、クレアにとって夢のまた夢にすぎませんでした。

2021年の米ガットマッハー研究所の報告によれば、2014年のアメリカで保険がきかない場合の中絶費用は500ドル強(7万円弱)で、「高い」と評価されていました。同報告では2016年のアメリカの成人を対象とした全国調査を引合いに出し、400ドルの緊急出費の支払い方法を尋ねたところ回答者の4割が「そんな金はない」「借金するか何かを売るしかない」と回答し、さらに4人に1人が前年に高い医療費を支払えず治療を受けられなかったと答えていたとしています。同様に、2011年にアメリカの6州で行われた調査では、中絶患者の41パーセントが治療費の支払いが「やや困難」または「非常に困難」と答えていたそうです。

カナダのフェミニストも、中絶にかかる300カナダドル(約2万9,000円)は「すべての人が支払える金額ではない」として高すぎると述べています(カナダではほとんどの州で中絶は公的医療保険の適用対象ですが、保険未加入などの理由で自己負担になるケースがあり問題になっているのです)。

世界でも高額な日本の中絶費用

それに比べると、日本の中絶費用ははるかに高額です。

世界での卸価格700円台で妊娠9週まで使える中絶薬がついに承認申請され、値段が下がることが期待されていましたが、中絶薬の料金は「従来の中絶手術同様の10万円程度」になるという日本産婦人科医会会長の発言が話題になりました。それにしても、いったいどこから「10万円」という金額が飛び出してきたのでしょう。

(写真:iStock.com/Valeriya)

実のところ、日本において中絶料金について全国調査がなされた事例は、筆者も関わった2010年の調査くらいしかないのです。その調査では確かに妊娠初期の中絶料金は平均10万1,000円という結果でしたが、任意回答のアンケート調査だったので安めに報告されたのではないかと私たちは考えているのです。ちなみに「10万円」発言をした医会の会長(当時)が理事長を務める病院では妊娠初期の中絶は21万円です。

 

そこで現況を知るために、Googleの検索エンジンで「中絶手術」「料金」というタームを用いて調べてみました。トップに出てきたクリニックは、妊娠5週台で諸経費合わせて10万4,500円でしたが、詳しく見ると妊娠6週は約13万円、8週は約16万円、10週は18万円以上に跳ね上がることがわかりました。

ちなみに、妊娠週数というのは前回の月経開始日から数えるものなので、妊娠5週とは規則的に月経が来る人でも「今月は生理が来てないな」とようやく気付けるようなタイミングなのです。気づくのが遅れると、前記のクリニックのようにどんどん中絶にかかる料金は上昇していってしまいます。

 

一方で、妊娠週数を区切って一律料金にしているところもよく見られます。美しい施設の写真を掲げて9週6日まで一律19万8,000円(税込み)の値をつけている4クリニックからなるチェーン・グループもありました。ここでは、年間手術件数4,300件を誇っており、料金と件数をかけると年間8億5,000万円を売り上げていることになります。

逆に「中絶手術」「安い」で検索してみたら、今度は「一律7万円」とか「手術費9万円より」といったことばが出てきました。ロケーションや漫画を使った説明などから、おそらく若い学生などを対象としているのだと思われます。ちなみに、偶然、街角でアニメのキャラクターを描いたようなポップな看板を見かけましたが、周囲の風景に溶け込んでまったく違和感がありませんでした。

 

上記で検索してみつけたようなサイトの広告のほとんどが、リスティング広告です。そうした広告を見るだけでも、安さ、経験の豊富さ、最新の施設や方法を売りにしているところなど様々で、料金もピンからキリまであることがわかります。

医師は自由に価格を設定できる

いずれにしても、医師の好きに価格設定できるのです。検査費用も数千円から数万円までと幅があり、麻酔代が別料金のこともあるのです(麻酔代をけちって払わない人はまずいないでしょう)。また、電話調査では、調査担当者が必要となる料金を細かく聞き出しているため、実際に支払う金額に近い高めの料金が報告されているのかもしれません。そうなると、単に東京だから高いとは一概に言えないかもしれません。

(写真:iStock.com/BernardaSv)

結局、10万円以内におさまりそうなケースはわずかでした。そうなると、先に挙げた医会会長(当時)の言葉の真意を捉えなおした方がいいかもしれません。会長は中絶薬の料金は「従来の中絶手術同様の10万円程度」と言いましたが、この言葉にはなんの縛りもないのです。それぞれのクリニックの実情に従って20万円、30万円になることを否定したわけではないのですから。むしろ中絶薬の料金は、それぞれの施設の「従来の中絶手術同様」にして構わないと会長はほのめかしたのではないかとも受け取れます。

そう考えると、中絶薬の承認申請を行ったラインファーマ社が、「価格」をつけずに申請したことの意味が透けてくるのではないでしょうか。

 

12月6日に厚生労働省と法務省の担当者や議員を招いて参議院議員会館で開いた院内集会で、「薬の価格はどのように審査するのか」と質問した私に、厚労省の担当者は「英米仏独の価格と照らし合わせる」と回答しました。しかし、製薬会社は価格をつけてこなかったのです。つまり、価格についての審査は行われないことになります。

このまま承認されていくのなら、医師たちは大手を振って「言い値」で中絶薬を処方できますし、それを縛る制度も法律も何もないというのが現状なのです。それを食い止めないと、中絶薬という選択肢は絵に描いた餅になってしまうかもしれません。それでは、金銭的に余裕のない女性と少女の中絶の権利はまったく保障されないことになってしまいます。それは社会的に決して公正なことではありません。

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この続きはちくま新書『日本の中絶』(塚原久美 著)をご覧ください。

塚原久美『日本の中絶』(ちくま新書)

昨今、中絶をめぐる議論が続いている。経口中絶薬の承認から配偶者同意要件まで、具体的にこの問題をどうとらえればいいのか。かつて戦後日本は「中絶天国」と呼ばれた。その後、世界が中絶の権利を人権として認める流れにあるなか、日本では女性差別的イデオロギーが社会に影を落としている。中絶問題の研究家が、歴史的経緯をひもとき、今後の展望を示す。

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日本の中絶

100年以上も前の法律でいまだに中絶が基本的に「犯罪」とされる日本。安全な中絶が今や国際的に「女性の権利」とされる中、経口中絶薬の承認や配偶者同意など問題は山積みです。歴史的経緯から日本の中絶問題を明らかにする書籍『日本の中絶』(ちくま新書)より、一部を抜粋してご紹介します。

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塚原久美 中絶ケアカウンセラー

中絶問題研究家、中絶ケアカウンセラー、金沢大学非常勤講師。翻訳・執筆業での活動を経て、2009年、金沢大学大学院社会環境科学研究科博士課程修了。著作に『中絶技術とリプロダクティヴ・ライツ』(勁草書房)、『中絶のスティグマをへらす本』(電子書籍)、訳書に『中絶がわかる本』(アジュマ)など。

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