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お乳は生きるための筋肉です~夜のおねえさんの超恋愛論~

2014.07.16 更新 ツイート

Vol.15

身体を売ったらサヨウナラ鈴木涼美

 皆の衆が、女性器アーティストが逮捕されただとか誰かが誰かに都議会で結婚を勧められただとかいうことに夢中になっている折、私は地味に京都の風俗案内所裁判の控訴審に熱い視線を送っていた、というわけでも別になく、包帯を巻いた脚で着こなせるセクシー路線の服はどんなや?ということの方によほど興味を持っていた。だって逮捕なんていうスキャンダラスな事件は魅力的な女性にはいずれプラスにはたらくのであろうし、結婚しろって言われて傷つくくらいならとっとと結婚したらいいし、風俗案内所はあったほうが便利だけど規制されたらされたでなんかまた新しい手立てが登場するに違いない。

 セックス関係の判決や規制がネットニュースに流れる度に、解放運動系の方々が熱弁を振るうのは日本国民としてはまあまあ心強いのだけど、そういうものって禁止されれば禁止されるほど燃え(萌え)るのもこれまた人間の性。そりゃ風俗嬢ちゃんたちの労働者としての権利が守られれば万歳三唱ですが、だからといって学校のセンセが、キャバクラに入店する時は必ず保証期間(※)の確認をしましょうね、とか、デリヘルの待機場所でトイレに行く時には貴重品を肌身離さず持って行きなさい、とか、生理中のAV撮影の前に海綿をつめてもらう場合には男優さんがきちんと殺菌作用のある石鹸で手を洗ったか確認しましょう、とか言い出したら何か嫌だし、もちろんTVのスポットCMで「ホストの売り掛けは計画的に(❤)」とかやってたらドン引きするんであって、規制は規制として存在しててくれないと、やはりちょっと居心地が悪い(関係ないけどそういえば「都立水商!」って漫画あったな。あれの「手こすり千回!」って言いながらコケシを一斉にしごく朝礼の描写、冴えてたわ)。

 で、だから解放運動に加わる気はないんだけど、かといってもちろん昔ながらのけしからん的な議論をしたり顔でしてるオヤジとか、面倒くさいものをわざわざ禁止してよけい面倒くさい事態を呼び起こすバッジの方々とか、信じられないザマスと言わんばかりの目を向けてくる婆とか、もちろん殺意しかわかないのも事実だ。それは別に、私たちが正しいことしてるからじゃない。悪いことしてないわけでもない。私たちはとっくに、そして十分、罰せられてるからだ。

 SFCの3年だった頃、木曜日の夕方にあったゼミの後、同じ研究室略してオナ室の文化系男子(たしか彼は2浪してたので当時23歳)に湘南台のドトールに呼び出された。呼び出しておきながらそいつはなかなか話し出さなくて、私が4本目くらいのタバコに火を付けたあたりで、「Sさんって知ってる?」と、同じSFC同学年の女性の名前を出してきた。一応知らないふりはしてあげたけれども、Sさんとその男子が男女の仲であったことくらいは、いくら大学の友達が少ない私でも知っていた。
 男子とSさんは、付き合ってもうすぐ1年で、最近藤沢で一緒に暮らし始めたという。藤沢というのがなんともSFCっぽくてしょっぱいのだけれど、Sさんは高校3年の頃、両親と仲違いをして実家を飛び出していたらしく、それ以来大学に泊まったり友人宅や先輩卓を渡り歩いてきて、だから安心して暮らせる部屋があるということは、彼女にとっては他の子よりもさらに重要なことだったらしい。彼女に安心して暮らせる部屋を用意して、若い男子なりの満足感で溢れていたその男子に、まさか恋の悩みという名のうぬぼれを話してくるんじゃねえだろうな、そうだったら迷わずお前を刺す、いや刺さないかもしれないけど少なくともあとコーヒー2杯は奢(おご)ってもらう、と私が中指立てて構えていると、彼の相談というのは、彼女から「ひと月前に、AVの撮影をした。これからあと2本、出演が決まってる」との告白を受けたんだけどどうしよう、という「そんなこと私に聞かれても」感が半端ないものだった。大学生アルアル第69条、彼女がAVに出たの巻。

「だってSさん分かるでしょ? 鈴木さんみたいなタイプと全然違うじゃん。いや俺信じたくなくて」と無自覚に失敬な言葉を畳み掛けてくる彼に私は、いやいやAV女優ってだいたい清純派じゃないか、見た目は、と声に出さずにつっこみを入れながら、少なくとも親身に見える程度には真剣に話を聞いた。しかし彼はなんだか自虐話をする時のように半笑いでずっとしゃべっていて、ああなんかお前もそのへんの文化系男子だな、俺の人生こんなにすごい、と思っていないとやり過ごせないタイプか、と、私はすかして聞いていた。

 しかし私が、「なんていう名前で出てるのかな? 見た?」とつい聞いたら、彼は「彼女は嫌がったけど、無理やり聞き出して、うん、見たよ」と言った後、「ちょっと待って」と言ってトイレに駆け込んでしまった。その時の彼の顔は、文化系男子の自虐ナルシズムという私の嘲笑を激しくつっぱねるものだった。

 そんなに嫌か。私たちの身体が、具体的な札束で取引されるのは。ゲロ吐くほど嫌か。
 彼がトイレに入っている間、シニカルな私もなんとなく言葉を失ってしまって、なんかごめんね、という気分になっていた。席に戻ってきた彼は半笑いの顔を取り戻していて、それは再びわたしの冷笑を誘うものだったけど、数分前に見た彼の拒絶反応を私は、その後何年も何年も、今でも何かある度に思い出す。

 

*入店後、売り上げやノルマにかかわらず、一定の時給が保証される期間のこと。大抵、1~2カ月。特にその土地で初めて水商売をする際には、最初はお客さんを呼んで売り上げをあげることができないため、お給料があまり少なくならないように配慮してもらえる。

 

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鈴木涼美『身体を売ったらサヨウナラ 夜のオネエサンの愛と幸福論』

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お乳は生きるための筋肉です~夜のおねえさんの超恋愛論~

私はお嬢様で東大院卒でFカップで、その他もろもろの経験も豊富で収入もまあまああるのに、全然幸せじゃありません。恋で得たものと、恋で失ったものをひとつずつあげていけば、確実に後者が前者を凌駕する人生を歩んできました。まわりの夜のおねえさん方や昼のおねえさん方を見渡せば、不思議とそんな方々ばかり。恋愛でほんとうに幸せになれるのか。オカネで買えない幸せなんかあるのか。この連載で究めてみたいと思います。

→鈴木涼美さんの新連載『愛と子宮が混乱中――夜のオネエサンの母娘論』はこちら

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鈴木涼美

1983年東京都生まれ。蟹座。2009年、東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。著書『AV女優の社会学』(青土社/13年6月刊)は、小熊英二さん&北田暁大さん強力推薦、「紀伊國屋じんぶん大賞2013 読者とえらぶ人文書ベスト30」にもランクインし話題に。夜のおねえさんから転じて昼のおねえさんになるも、いまいちうまくいってはいない。

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